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【32】HIDDEN NIGHT -宵闇の敵陣突入-

「やはり、この時間帯は他の場所で餌漁りをしているな。巣には幼鳥と年老いた個体しかいない」

木々が途切れるギリギリの所まで近付き、革製の道具袋からガサゴソと何かを取り出すマーセディズ。

中はゴミばっかり……というわけではなく、真面目な彼女らしく道具袋の中身はキチンと整理されていた。

「それは……双眼鏡?」

「おお、よく知ってるな。そう、最近冒険者の間で話題の『ビノーキュラス』だよ」

自慢げに答えたマーセディズが持っているのは、鏡がはめ込まれた木筒を平行に連結した不思議な器械。

……ビノーキュラスという大層な名前が付いているが、簡単に言えば双眼鏡である。

当時は双眼鏡が実用化されたばかりの時代であり、私物として所持できるのはマーセディズのような一流冒険者や王立研究所の研究者に限られていた。


「王都の眼鏡職人が宣伝していたのを自費で買ったんだが、今までは使う機会が無くてな。とにかく、これで360バックナムが無駄にならずに済むことを願おう」

使い方が記載されたメモを見ながらレンズ部分を調整し、マーセディズは試しにビノーキュラスを覗き込んでみる。

ちなみに、360バックナムという価格は僕の装備一式よりも少し高い。

「どうだ、マーセディズさん? その双眼鏡に360バックナムの価値はあるか?」

「ああ、よく見えるぞ! 遠くにいるナイトホークの一挙一動が丸分かりだ!」

「俺にも貸してくれよ。360バックナムの代物から見える世界が知りたいんだ」

マーセディズの嬉々とした様子が気になったキヨマサは彼女から双眼鏡を借り、同じように木筒の中を覗き込む。

正直、この手の物にはあまり期待していないキヨマサだが……。

「ほう……これは良い物だ。もっと広く普及すれば、天体観測や戦争が一変するかもしれないな」

そう、彼を感心させるほどビノーキュラスは完成度が高く、それと同時に限り無い将来性を秘める器械だったのだ。


 その後、ビノーキュラス(360バックナム)はガートルード、マリリン、そして僕へと回され、最終的には持ち主であるマーセディズの手元に帰って来る。

「さすがに光源が無いと見辛いな……ん?」

真っ暗闇の中でも懸命に営巣地の様子を探っていた時、彼女は一羽のナイトホークの動きに着目する。

暗いせいで遠目からは分かり辛いが、かなり大きな獲物を嘴で引き摺っているらしい。

「(奇妙だな、咥えたまま飛び立てないほどの獲物はその場に置き去りにするはずだが)」

巣穴の衛生状態を清潔に保つためか、ナイトホークは餌を巣穴までは持って行かず、狩りをした場所に残しておくことが多い。

にもかかわらず、マーセディズが注視している個体はこれまでの観察結果には報告されていない、極めて珍しい行動を取っていた。


 もはやビノーキュラスが役に立たないほど暗くなっているため、マーセディズは双眼鏡を道具袋へ戻し次の一手を講じる。

「このまま遠巻きに眺めていても埒が明かないな。さて、どうするべきか……」

「マーセディズさん、こいつのギルド入団テストの時に使っていた『ステルス』は今も使えるか?」

顎に手を当てて考え込む彼女に対し、僕の肩を叩きながら隠密マギア「ステルス」の使用可否について尋ねるキヨマサ。

ステルスは僕がグッドランド冒険団の入団テストを受けた時、秘かに監視していたマーセディズやヴァレリーが気配を消すために使っていた上級マギアだ。

使用者次第では幅広い応用が利く反面、魔力消費も激しいのか入団テスト以来マーセディズが使っている姿は見たことが無い。

……まあ、気配を消すマギアを見破られていたら意味が無いのだが。


 ところで、なぜキヨマサは今更になって隠密マギアのことを気にし出したのだろうか?

「『ステルス』が使えるのなら、それを掛ければ巣穴までバレること無く近付けるかもしれない」

なるほど、彼は宵闇に紛れての潜入作戦を考えているらしい。

ナイトホークは魔力の逆探知や反響定位で周囲の状況を探る能力を持っているので、マギアで気配を消せば被発見率はぐっと下がるというわけだ。

姿を見られたらさすがにバレてしまうかもしれないが、それは物陰を利用して動けば何とかなるだろう。

ようは「見つかった時のリスクが大きすぎるかくれんぼ」だと思えばいい。

「使えると言えば使えるが、ボクの魔力では自分自身を含めて2人にしか掛けられない。それ以上はボクの身が持たないと思う」

キヨマサの質問に対しては前向きな回答を示しつつも、「有効範囲は自分と誰か1人だけ」と釘を刺すマーセディズ。

だが、潜入作戦が実行できると分かったキヨマサは珍しく笑顔を浮かべていた。


 最終的に決定した作戦は次の通りだ。

まず、嵩張る荷物は全てここに置き、目立たないように岩場を下って営巣地へと向かう。

巣穴の近くには低木が多く生えているため、それを利用すればかなりギリギリまで近付くことができる。

ある程度の所まで近付いたらマーセディズが「ステルス」を掛け、彼女と誰か1人で隠密行動による巣穴の調査を行う。

これで何か手がかりを得られれば御の字と言える。

一方、「ステルス」の効果を受けられない残り3人は陽動役として営巣地へ飛び込み、大立ち回りを演じてナイトホークたちの注意を惹き付ける。

その間にマーセディズたちが手早く調査を済ませ、回収できるものがあれば最優先で持ち帰るというわけだ。


 さて、作戦内容自体はこれで確定した。

次はマーセディズと行動を共にする者を決めなければならない。

「キヨマサ、お前を連れて行く。防御マギアを使えるガートルードさんは陽動役のディフェンダーにしたいし、ジェレミーは何をしでかすか分からないからな」

「そうだな、俺が行こう」

彼女の発言を聞いたキヨマサが同意するのは良い。

だが、ガートルードやマリリンも納得したかのように頷いているのはどういう意味だろうか。

「……決まりですね。皆さん、準備が出来次第作戦を実行しましょう。少しでも遠征隊の痕跡を得るために……!」

僕の疑問など御構い無しに他の4人の顔を見渡し、作戦決行の強い意志を皆へ伝えるガートルード。

彼女に促された僕たちは円陣を組み、気合を入れてから敵陣中央への「特攻」を開始する。


 こうして、僕の人生で一番長い夜が始まるのだった。

【反響定位】

音の反響によって周囲の状況を知る能力のこと。

現実世界ではコウモリの事例が有名である。

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