【31】SCHWARZWALD -暗くて黒い森-
「――! 待って、マギアロッドがモンスターの魔力を捉えているわ」
その時、炎属性マギア「スターシェル」を松明代わりにしながら先頭を歩いていたガートルードが立ち止まり、後方の僕たちへモンスターが潜んでいる可能性を告げる。
「ガートルードさん、モンスターの種類は判別できるか?」
「ええ、空中を活発に動き回っているのを見る限り、鳥型モンスター――ナイトホークの可能性が高いと思う」
その報告を聞いたマーセディズはグッとガッツポーズを決め、ガートルードへ先に進むよう促す。
彼女がナイトホークの営巣地を必死になって探すのには、動物学に基づく明確な根拠があった。
「ナイトホークは縄張り意識がとても強い生き物でね。特に同族同士の縄張り争いだと膠着状態に陥ることも珍しくない。そんな時、彼らは状況打開のためにどんな手を使うと思う?」
スターシェルの光に頼らないと先が見えないほど真っ暗な森を進みつつ、僕たちに対しナイトホークの意外な生態を説明してくれるマーセディズ。
「総力戦?」
「いや、代表者を選出しての決闘だな」
マリリンとキヨマサの回答はなかなかに武闘派な答えだった。
いやいや、膠着状態でそんなことをしても更に泥沼化するだけだろう。
同族同士で傷付け合っても何らメリットが無いので、怪我をさせずに絶対的な優劣を決める方法があるはずだ。
とはいえ、縄張り争いを穏便且つ確実に済ませる方法なんて……。
「ねえ、マーセディズ?」
ナイトホークの生態について一つの疑問が浮かび上がり、それがどうしても気になった僕はマーセディズへ尋ねてみた。
「なんだ?」
「ナイトホークって高度な社会性を持つモンスターなの? それ次第で僕は良い答えが出そうなんだけど」
僕が辿り着いた答えはズバリ「人質作戦」である。
敵対する群れの個体を人質として誘拐し、「不審な行動を起こしたらお前の仲間は死ぬぞ」と脅しを掛ける。
もちろん、死にかけの老いぼれや地位が低い個体は「そいつらなら別にいいや」と割り切られる可能性があるので、人質にするのは幼獣や地位が高い個体といった「価値あるもの」だ。
群れにとって価値のある個体を盾にされたら無闇に攻撃を仕掛けることはできず、場合によっては人質解放と引き換えに縄張り争いで譲歩するという選択肢もありえるだろう。
……もっとも、これはナイトホークが高度な知能と社会性を持っていることを前提とした予想なのだが。
「うーん、そうだな……複雑な階層関係や文化の伝播という点では社会性を持っていると言える」
少し考え込んだ後、「学界ではまだ研究中だけど」という前置きをしながらマーセディズは答える。
どうやら、僕の予想通りナイトホークは同族の個体を識別し、価値に応じて取捨選択する能力があるのかもしれない。
「なるほど……みんな、僕はナイトホークが人を襲う理由が分かった気がするよ。長話になるかもしれないけど、ちょっと聞いてくれるかな」
キヨマサ、ガートルード、マリリンの視線をこちらへ向けさせ、僕は「人質作戦」についての説明を行う。
彼らは初めこそ「モンスターがそこまで考えるのか」と訝しげな表情で話を聞いていたが、僕の考えを察したマーセディズが的確にフォローしてくれた結果、最終的には概ね納得できるまでに至ったようだった。
「……俺たちが憎いから、俺たちの同族を襲って報復しているとでもいうのか? だとしたら、ナイトホークはある意味天才だな。なんせ、俺ら人間の悪い面をマネできるんだぜ」
「俺たち? キヨマサ君は何かナイトホークの気に障るような行いをしたことがあるの?」
キヨマサの何気無い一言――「俺たちが憎い」に気が付き、ガートルードがそれに反応してしまった。
「そういや……あたいたちが乗ってた帆馬車が壊された時、ナイトホークどもは少年2人と騎士様をよく狙っていたな。あんたら……恨みを買うようなことをしただろ?」
力自慢の脳筋かと思いきや、じつは意外なほどの観察眼で僕たちのことを冷静に分析していたマリリン。
可能な限り隠し通す努力をしていたのだが、残念ながらもはや言い逃れすることはできないらしい。
「ボクとしては『人の物を盗った奴は相応の報いを受ける』と教えただけだが、とんだ逆恨みを買ってしまったようだな」
これ以上の黙秘は無意味だと判断し、マーセディズはナイトホークが人間を憎むキッカケとなったかもしれない「あの出来事」について語るのであった。
あの出来事――。
非常に大雑把に纏めるならば、「盗まれた鎧を取り返す時に小競り合いで一羽のナイトホークを殺してしまい、そのうえ追撃を受けた際に返り討ちにしたことで収拾が付かなくなった」という話である。
マーセディズからすれば「自分の持ち物を取り返し、盗人へ制裁を下しただけ」にすぎないが、ナイトホークにとっては大勢の仲間を殺された忌むべき惨事なのだ。
同胞を喪った事件に怒り、嘆き、悔やみ――そして憎しみを抱くことなど想像に容易い。
「クソッ……お前らの過剰防衛が全ての元凶じゃねえかッ!」
事情を知ったマリリンは僕たちを元凶だと断じ、飄々とした態度を取り続けるマーセディズへ物凄い剣幕で詰め寄る。
マズい、このままでは本当に殴り合いへ発展するかもしれない。
「(ジェレミー君、二人の喧嘩を止めてあげて。君の正直な言葉なら素直に従ってくれるはずよ)」
その様子を見かねたガートルードは僕の隣に近付き、耳打ちで仲裁を頼み込んでくる。
……悲しそうな表情で見つめられたら拒否できない。
僕は気合を入れるように深呼吸を行い、マーセディズとマリリンの間へ割って入るのだった。
「マリーさん! 僕が悪いんです! 自衛のためとはいえ、僕がナイトホークを殺してしまったから……!」
マーセディズの襟首を掴んでいたマリリンの両手を引き剥がし、僕は数日前に起こった出来事について正直に話し始める。
「ジェレミー、本当か? この女のことを庇ってるんじゃないだろうな?」
「それもあるかもしれません……でも、ナイトホークの巣に忍び込もうとして最初に恨みを買ったのは僕なんです」
マリリンは信じられないといった様子で見つめてくるが、僕は嘘はついていない。
巣に忍び込んだことも、身を守るためにやむを得ず命を奪ったことも、全部本当の話だ。
マーセディズの鎧を取り返すためだったとはいえ、僕たちは少し派手にやり過ぎたのである。
その後、追っ手として現れた十数羽の群れを返り討ちにしたことで「人間は同胞を傷付ける存在」というイメージを植え付けてしまい、種族全体の方針として人間へ敵意を向けるようになったのだろう。
僕たちはここまで深刻な事態に発展するとは予想していなかった。
……人間とナイトホークの関係に修復不可能な溝を作り、どちらかが絶滅するまで終わらない戦いを起こしてしまうなんて。
僕の長話を静聴してくれた後、マリリンは自らの見解について述べる。
「――そうだな、理由はどうであれお前たちの行為が『宣戦布告』として受け取られたことに変わりは無い。いくらなんでもやり過ぎだ」
単刀直入な指摘と非難が僕の心に深く突き刺さり、それを聞いていたマーセディズも申し訳なさそうに項垂れていた。
身長190cmはあろうかという大柄な女戦士がゆっくり近付いて来る。
鉄拳制裁を覚悟した僕は歯を食いしばり、どんな罰でも受け入れるつもりだったが……。
「よしよし、正直に言ってくれてありがとな。馬車が壊された時から奇妙だとは思ってたが、お前から話を切り出してくれるのを待ってたんだ」
暑苦しい――いや、明るい笑顔を見せながら僕の金髪をガシガシと撫でるマリリン。
しかし、この人の意外なまでの観察眼にはつくづく驚かされる。
何から何までお見通しというわけか。
「情けないなぁ、スターシアン・ナイツの騎士様。こんな青臭い子どもに弁護してもらうなんてよぉ?」
マリリンは僕のことを高く評価してくれた一方で、マーセディズに対しては失望感を露わにしながらこう吐き捨てる。
「……言い訳のしようがない。お前の言う通り、ボクは情けない女だ」
力無く首を横に振った後、僕を含む全員に向かって頭を下げるマーセディズ。
騎士が全面的に非を認めて謝罪することは珍しいためか、彼女の情けない姿を見たキヨマサとガートルードは驚いていた。
もちろん、僕もその中の一人だ。
「……ま、あたいだって昔は騎士に憧れてたからな。今回の件はこの5人だけの秘密にしてやる。みんな、それで異論は無いな?」
これ以上の責任追及は避け、マーセディズの名誉を守るよう僕たちへ促すマリリン。
キヨマサとガートルードの心中は知らないが、僕の答えはもちろん……。
「良いですよ。もし、彼女が助けてくれなかったら僕はこの世にいませんでしたから」
一悶着の危機を乗り越え、僕たちはガートルードの「スターシェル」を頼りに暗い森を進み続ける。
「さっきはありがとう、ジェレミー……ああいうのを見せられると――」
「え?」
マーセディズから感謝の気持ちを伝えられたのはいいが、後半部分は草木がざわめく音で上手く聞き取れなかった。
「――いや、何でもない。もうそろそろ営巣地が近いはずだ。先を急ごう」
あまり大事なことでは無いのか、彼女はハニカミながら発言内容をはぐらかす。
一方、僕の隣を歩くガートルードは何か察したらしいが、こちらも「お口にチャック」のジェスチャーをするばかりで何も教えてくれなかった。
ホームステッドの町を出発してから約半日。
僕たちはついに森の奥地の開けた場所へ辿り着く。
雨風をしのげそうな小さい洞穴がいくつもあり、「これはナイトホークの営巣地だ」と言われれば確かに納得はできる。
そして、ここで僕たちは信じ難い光景を目の当たりにするのだった。




