【29】RESUSCITATE -命の灯は消させない-
「うっ……何だこれは!?」
衝撃的な光景を見た僕は思わず足を止め、目の前の惨状に戦慄を覚える。
「こいつはひでぇ……」
「ッ……誰がこんなことを!」
マリリンとキヨマサもこの状況には啞然とするしかなかった。
「医療知識がある者はトリアージを頼む! まずは人命救助を優先する!」
誰もが呆然と立ち尽くす中、マーセディズは助かる見込みがある者を救うために指示を出し、自らも近くで倒れている怪我人へ応急手当を施し始める。
「……やるぞ、ジェレミー。俺たちもできる限りのことをするぞ!」
彼女の懸命な姿に後押しされたのか、そう言いながら僕の左肩を叩くキヨマサ。
「ああ、分かっている……!」
こうしている間にも苦しみ、力尽きそうな人がいる――。
キヨマサの言葉で落ち着きを取り戻した僕は、すぐに最も近い負傷者のもとへ駆け寄るのだった。
僕とキヨマサが最初に見つけ、応急手当を施そうとした冒険者は……上半身が馬車と地面に挟まれていた。
「……」
僅かな隙間に手を突っ込んだりして生存確認を行うキヨマサだったが、彼は首を横に振りながら両腕で×マークを作って見せる。
……どうやら、この人は既に手遅れだったらしい。
「息を全くしていないし、脈も確認できない。残念だが、素人の俺たちじゃ手の施しようが無い……」
自らの無力さを悔やみ、肩を落として項垂れるキヨマサ。
「君は悪くないよ……死んでいる人を生き返らせることはできない」
落ち込む姿を見かねた僕はキヨマサの右肩に手を添え、自分なりの言葉で彼を励ます。
この人がいつから挟まれていたのかは分からないが、いずれにせよ既に亡くなっていることは確かだ。
キヨマサのせいではない。
ただ、運が悪かったと割り切るしかなかった……。
助けられなかった人へ黙祷を捧げた後、僕とキヨマサは馬車から離れた所でうつ伏せに倒れている、ボロボロの黒いローブを纏ったマギア使いらしき女性へと近付く。
地面に残された血痕が彼女の傷の深さを物語っていた。
死人の姿を見てしまった以上、今度こそは命だけでも助けたいが……。
「酷い傷だ……出血しているのお腹からか?」
夥しい量の流血に僕は思わず顔をしかめる。
ところで、僕たちはこの人にどこか見覚えがあった。
頭部からの出血で所々紅く染めたみたいになっているが、本来の髪色は白色だと思われる。
……ん?
白髪のマギア使いには最近会ったばかりの気するが……まさか!?
「なあ、ジェレミー……この人、今朝宿屋に来てたマギア使いじゃないか?」
キヨマサの一言で僕は完全に思い出した。
そうだ、この白髪の女性は僕たちが泊まっていた宿屋を訪れ、遠征隊の窮地を伝えに来た人だ。
えーと、名前は確か……。
「!? ディアドラ!」
その時、壊れた馬車の中を調べていたガートルードがこちらの様子に気付き、心配げな表情をしながら駆け寄って来る。
どうやら、彼女は白髪の女性――ディアドラとは知り合いのようだ。
「ディアドラ、生きてるのなら返事をして! ねえ! しっかりしてッ!」
ガートルードが肩を叩きながら耳元で声を掛けているにもかかわらず、一向に目を覚ます気配の無いディアドラ。
意識がある程度ハッキリしているのならともかく、昏睡状態に陥っている人を助ける術を僕たちは持たなかった。
「ジェレミー君、キヨマサ君! この娘を仰向けにするから手伝って!」
だが、ガートルードはまだ諦めていない。
彼女はディアドラの身体を仰向けに寝返らせ、何かしらの回復マギアを施すつもりらしい。
「わ、分かりました!」
「ああ、確信を持てるまではやる――ということですね」
僕とキヨマサも命を救うために最善を尽くすことを決め、ガートルードの手伝いへと加わる。
「いい? 乱暴に動かすと容態が急変するかもしれないから、慎重に慎重を期すのよ。女性の身体の扱い方は分かっているわね?」
彼女の意味深な発言に少しドキッとするが、今はそんな邪なことを考えている場合では無い。
僕たちはすぐにディアドラの傍へしゃがみ込み、うつ伏せになっている彼女をゆっくりと起こしてあげる。
「……ッ!」
次の瞬間、傷の深さを目の当たりにした僕は思わず視線を逸らすのであった。
「出血量で覚悟はしていたが……こりゃ予想以上に重傷だな」
こういう状況にある程度慣れているであろうキヨマサでさえ、ディアドラの怪我を見て顔をしかめている。
どう表現すべきか困るが……簡潔に言えば「グロ注意」だ。
腹部を中心にかなり酷い怪我を負っており、素人目に見ても回復マギアではどうしようもないように思える。
えーと、この赤いのは……飛び出してたらマズいヤツじゃないか?
「馬車が事故っただけでこんな怪我をするとは考えられん。この傷口……まるで鳥型モンスターに啄まれたみたいだ」
「啄まれたって……」
「大きな鳥型モンスターに食い殺された獲物はこういう傷痕が残るのさ。フォックスバットみたいなタイプは顎の力で肉を噛み千切るから、傷跡もまた違う形になる」
口元を手で押さえつつ、ディアドラの傷口から得られた情報を冷静に分析するキヨマサ。
気を抜いたら先ほどの昼食を吐き出すかもしれないのに、自分ができることへ勤勉に励む彼の姿勢には頭が下がる。
それに対して僕はゲロを堪えるので精一杯だ。
「大丈夫か? 吐きたいんなら森の中に行ってこい。ここでばら撒かれたら後処理に困るからな」
結局、キヨマサの厚意に甘えるカタチで近くの茂みへと駆け込み、僕は文字通り「リバース」してしまうのだった。
ジェレミーがゲロを吐いていた頃、ガートルードはディアドラに対し心肺蘇生を試みていた。
幸いにもガートルードの両親は共に医者であり、幼い頃から親の仕事を手伝っていた彼女は基本的な救命処置をこなすことができる。
本職のルシールなら更に高度な応急手当を行えるだろうが、呼び出せない人間を頼っても仕方ない。
「まだ死んでいないのなら最善は尽くす……!」
意識が戻らないディアドラの衣服を脱がし、心臓マッサージを開始するガートルード。
現代では一般市民でもできる心肺蘇生法だが、この当時のスターシア王国では有効性が実証されたばかりの新しい医療技術であった。
「キヨマサ君! 誰かもう一人呼んできて! 誰でも良いから早くッ!」
心臓マッサージを施しながらガートルードは強い口調でキヨマサへ指示を出す。
「分かりました! すぐに人を連れて来ます!」
それを聞いたキヨマサは力強く頷き、一番近い所にいた冒険者のもとへ駆け出した。
「(命の灯を消させるわけにはいかない……!)」
助っ人が来るまでの間、ガートルードは後輩の意識回復を願いながら懸命に蘇生を続けるのであった。
ゲロを吐き切った僕が何とか戻って来た時、目の前ではキヨマサがガートルードに代わり心臓マッサージを行っていた。
彼らの補佐をしている冒険者曰く、女性に免疫の無いキヨマサはディアドラの素肌に触れることを躊躇ったが、ガートルードの「個人的な理由で人を見殺しにするの!?」と一喝されたため、それで己の言動を恥じて今に至るという。
「キヨマサ……僕が代わろうか?」
「いえ、その必要は無いわ」
僕の声に答えたのは心臓マッサージに夢中なキヨマサではなく、その隣でディアドラの負傷箇所に回復マギアを掛けていたガートルードだった。
回復マギアと言っても彼女が使用している「ステライザー」は殺菌を主目的とするものであり、治療効果はあまり高くない。
正確には「傷口の腐敗を抑え、感染症などの発生リスクを低下させる回復マギア」と言えよう。
「気道確保や人工呼吸も試みたけど、それでもダメだった……」
心肺蘇生を手伝ってくれたキヨマサを労い、心臓マッサージを止めさせるガートルード。
「そんな……僕たちじゃどうしようもないんですか……!」
彼女は諦めてしまった――。
この場にいた誰もがそう思ったが、肝心のガートルード自身はまだ「最終手段」を残していたのだ。
「……やりようはある。マギアで止まった心臓を無理矢理動かせば!」
そう、ガートルードは決して諦めていなかった。
次の瞬間、彼女はステライザーの使用を止め、その代わりとして両手に青緑色の電流を纏わせる。
「みんな離れて! 感電するわよ!」
そんなこと、明らかにヤバそうな電流を見れば分かる。
心臓が動き出すどころか、逆にトドメを刺しそうな気もするが……。
「(我慢してね、ディアドラ……! 荒療治になるけど、意識を取り戻せばなんとか治してあげられるから……!)」
僕たちが安全そうな距離まで離れたのを確認し、ガートルードは電流を纏った両手をディアドラの胸へかざすのだった。
「……!!」
強烈な電気ショックを受けたディアドラの身体が跳ね上がり、一瞬だけだが呼吸するような仕草を見せる。
果たして、これで止まっていた心肺機能を復活させられたのだろうか……?




