【27】DEEP FOREST -深い森の奥へ-
森の中へ入ってからの行動は順調だった。
人の手が加えられていない森は確かに歩き辛かったが、マーセディズやキヨマサ、そして例の女戦士などが切り拓いてくれたおかげで、自分たちの進む道はできあがっていた。
「――そういえば、あたいの名前を教えるのを忘れてたな、ジェレミー」
両手斧で切断した根っこを軽々と放り投げながら、僕に向かって微笑み掛ける女戦士。
「あれ? どうして僕の名前を知っているんですか?」
「例の御者が呼んでたからな。へへっ、こう見えて耳は悪くないのさ」
ああ、例の御者ことキャロルに睨みつけられた時、彼女は僕の名前を呼んでいたような気がする。
ジェレミー、てめぇ……ナメてると潰すぞ!
――こういう威圧的な発言だったと思うが、詳しい内容はもう忘れてしまった。
「あたいの名前はマリリン。まあ……個人的にはあまり好きじゃないから、気軽に『マリー』って呼んでくれ」
マリリン?
しかも愛称が「マリー」だなんて、屈強な女戦士のイメージにはあまり相応しくない気が……。
でも、人の名前をバカにすると殴られるから、表に出しちゃいけないな。
「改めてよろしくお願いします、マリリンさ――」
「マリリンじゃないだろ! マリーって呼べ!」
マズい、「マリリン」という言葉に気を取られて口を滑らせてしまった。
「あ……! すみません、マリリ――じゃなくてマリーさん」
不適切な発言を謝罪と共に訂正しつつ、マリリンの機嫌が直ったのを確認した僕は青空を見上げる。
太陽の位置は最も高いところ――つまり、今は昼間であることが分かる。
先ほどの戦闘で蹴散らしたことで懲りたのか、少なくとも僕たちの頭上にナイトホークの姿は無かった。
鬱蒼と茂った森をしばらく歩いていると、少しだけ切り拓かれた場所へと出てくる。
「ガートルードさん、ここはホームステッドの市民が使っている林道か?」
地面に残っている轍を調べながらガートルードへ尋ねるマーセディズ。
轍や切り株の存在から察するに、ここは人為的に作られた道と見て間違い無い。
「ええ、コマンチ街道が完成するまでは、この林道が王都へ繋がるメインルートだったんです。今は研究所の遠征隊や地元の木こりを除くと、積極的に足を踏み入れる人はほとんどいませんが……」
ガートルード曰く、ホームステッド-リリーフィールド間を繋ぐ「コマンチ街道」ができるまで、二つの町を行き来するには深い森を突っ切るしかなかったという。
僕たちが見つけた林道もその過程で自ずと作られた道の一つであり、コマンチ街道完成から数十年経った今では徐々に本来の姿へ戻ろうとしていた。
「ふむ……この轍はつい最近できたものだな」
その時、丁寧に地面を調べていたマーセディズが一本の轍を指差す。
僕の目には全て同じに見えるが、人によっては区別がつくのだろうか。
「なるほど、こいつを辿って行けば遠征隊の消息が分かるかも――というわけか」
しゃがみ込んで轍をまじまじと観察しつつ、マーセディズへ意図を確認するキヨマサ。
彼の質問に対して銀色の騎士は静かに頷き、森の奥の方を指し示した。
「方角から察するに、つい最近このカーブを曲がった馬車は森の奥地へ走り去ったと思われる。ガートルードさん、遠征隊が最後に目撃されたのはこの辺りでしたよね?」
そう言われたガートルードはすぐに手持ちの資料を確認し、目撃証言が記されたメモをマーセディズに手渡す。
この辺りの手際の良さはさすが研究者と言ったところか。
マーセディズがメモを読んでいるところへ僕も近付き、彼女の横から覗き込むように内容を確かめる。
数日前の夕方、10人乗りサイズの帆馬車が森へ入っていくのを見た。
何かに追われているような様子は無く、その時点では何のトラブルも抱えているようには見えなかった。
――これが遠征隊を最後に目撃した行商人の証言である。
この情報を額面通りに受け取るなら、少なくとも「数日前の夕方」以降のタイミングでトラブルに巻き込まれたと考えられる。
「夕方だと? 奇妙だな、その時間帯には野営の準備を始めないと危険なはずだ。マギア研究所の遠征隊が不要なリスクを冒すとは思えん」
いつの間にか近くに来ていたキヨマサはメモの内容を確認するなり、「夕方に馬車で移動している」という点へ疑問を呈した。
スターシア王国では一般的に「夜間の野外活動は極めて危険である」と認識されており、マーセディズのような腕利き冒険者でさえ不要不急な夜間行動は避けている。
別に夜行性のモンスターが特段強いからというわけではなく、活動時間とモンスターの戦闘力に因果関係は無いらしい。
どちらかと言えば人間が昼行性に近い生物であり、単に夜間行動に向いていないから「夜は危ない」とされているだけだ。
その後、目撃証言を基に周辺の捜索を1時間ほど行ったものの、有力な手がかりは何一つ得られない。
少し遅めの昼食を取りつつ、僕たちは情報交換も兼ねた話し合いを行う。
「そうですか……やはり、森の奥地まで踏み入るしかないみたいですね」
お手製と思われるサンドイッチを食べながら、深刻そうな表情で呟くガートルード。
彼女は遠征隊の落とし物が見つかる可能性に期待していたが、それらしき物を誰かが拾って来ることは無かった。
一体全体、遠征隊は夕方遅くまで何をしていたのか――。
謎はますます深まるばかりだ。
「とにかく、食事が終わったら捜索活動を再開しよう。轍の刻まれている先――森の奥へ」
紅茶を入れている革袋の水筒を片付けつつ、マーセディズは皆に向かってこう告げる。
「トンデモない危険が待ち構えているかもしれないが……確証を持てるまではやらないとね!」
昼食時間を終えた僕たちは、鬱蒼と茂った深い森の中へ入る。
ここから先は何が起こっても不思議ではない。
捜索隊の面々はそれぞれの武器を構え、互いをカバーし合うような陣形で進んで行くのだった。




