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【26】LEADERSHIP -人々を導く者-

「フフッ、背中が痛いと言ってる坊やは君かしら?」

白いローブを纏った治療士(ヒーラー)の女性――ルシールは妖艶な笑みを浮かべ、僕の左肩に優しく右手を添える。

凛々しいマーセディズとはベクトルが異なる美貌を目の当たりにし、思わずドキリとしてしまう。

「脈拍数が上がったわね……そういう素直な子、嫌いじゃないわよ」

それを知ってか知らずか、クスクスと笑いながら僕の背後へ回り、慣れた手つきで背筋を丁寧に調べていくルシール。

「……ゴホンッ」

何気無くマーセディズへ視線を移すと、彼女は露骨な咳払いをしながら目を逸らす。

……ひどい、別に僕は何も悪いことはしてないのに。


 じつを言うと、僕が治療を受けているのは馬車のすぐ近く――。

つまり、他の冒険者たちの注目が全て集まる状態だ。

これがとにかく恥ずかしい。

気を利かせて背中を向けてくれる人もいるが、まじまじと治療の様子を眺めている人も少なくない。

おそらく、傍から見たら僕の顔は真っ赤に染まり、白い湯気が噴き出していることだろう。

「……」

「ま、まあ……男の子だから仕方ありませんよ、ね?」

「ボクが応急手当をした時は、もっと反応が薄かったのに……!」

ガートルードやマーセディズから突き刺さる視線が少し痛々しい。

「本当は服を脱がせて触診したいんだけど……ここじゃ無理そうねえ」

そして、そんなことなど御構い無しに艶やかな声で話し掛けてくるルシール。

彼女に治療してもらっている間、僕は顔を伏せて我慢するしかなかった。


「――お疲れ様、これで治療完了よ。背骨に少しひびが入っていたから、回復マギアで骨の自己修復を促進しておいたわ。あと、サービスで身体の歪みも矯正しておいたからね」

背中の痛む部分へ回復マギアを掛けた後、ルシールはウインクをしながら治療終了を告げる。

「あ、ありがとうございます……」

試しにゆっくりと背筋を伸ばしてみたところ、焼け付くような痛みが和らいでいることが確かに実感できた。

マーセディズには悪いが、彼女の回復マギアは本当に「痛み止め」程度の効果しか無かったようだ。

とにかく、これでようやくいつも通りの動きができるようになる。

「人間の……いや、生き物の身体って凄いのよ。本来は薬や手術に頼らずとも自己回復してくれるの。私たち医者は怪我や病気の予防に努め、必要であれば回復の手助けをするのが仕事ね」

救急箱を片付けながら自らの持論を語るルシールであったが、彼女の赤い瞳は黒髪の少年――キヨマサを完全に捉えていた。


「ねえ、君……どこか痛いところとか無いかしら?」

「無いです」

ずいっと迫り来るルシールに対して即答し、彼女を近付けまいと必死の抵抗を見せるキヨマサ。

もしかして、僕よりもキヨマサのような男のほうが好みなのだろうか。

「お前な……煩悩が見え見えなんだよ」

そんなことを思っていると、しびれを切らしたマーセディズがルシールの襟首を後ろから引っ張り、キヨマサから強引に引き離そうとしていた。

「(あの人、綺麗だけどヤバいな。まるで飢えた狼みたいだったぜ)」

貞操の危機から解放されたキヨマサはすぐに僕の右隣へ近付き、耳打ちでその時の恐怖を語り出す。

だが、更に驚くべきは襟首を掴まれているルシールの表情だ。

「(うん、マーセディズは傍から見ても分かるぐらい怒ってるのに、ルシールさんはめっちゃ笑顔だよ。こわっ……!)」

僕たちの冷たい視線が突き刺さる中、彼女は相変わらずの笑顔を浮かべていたのだから。


 マーセディズがルシールに対して「淑女のマナー」を説いている間、僕たちはガートルードや他の冒険者と今後の方針について話し合うことになった。

「――とにかく、ここから先はあたいたちの足で行動するしかねえな」

大きな両手斧を担いだ女戦士の言う通り、車輪がバラバラになるほどのダメージを受けた馬車はもう使えない。

「だったらお前らだけでどうにかしろ。あたしはピエールの看護をしなくちゃいけない」

しかし、怪我をしているユニコーンを置き去りにすることはキャロルが許さなかった。

彼女にとっては最も重要な仕事道具であり、それと同時に心を開けるパートナーであったからだ。

「遅かれ早かれ死ぬ奴の面倒なんか見るのか?」

だが、女戦士はキャロルの考え方にあまり共感できなかったらしい。

「あぁ? てめぇ……ファミリアをそこら辺の野良モンスターと一緒にすんじゃねえよ」

別に大人しくスルーしておけばいいのに、反射的に噛み付いてしまうキャロル。

「二人とも、少し落ち着いて……静かにしなさいッ!」

一触即発の危機が迫る中、進行役のガートルードは普段の様子からは想像できない大声で両者を一喝するのだった。


 周囲の時間が完全に止まる。

あのガートルードが怒鳴り声を上げるなど、誰一人として考えていなかったのである。

もちろん、本人でさえも……。

「……ご、ごめんなさい! つい熱くなっちゃって……」

恥ずかしさのあまり顔を伏せてしまうガートルード。

その姿を見た僕は居ても立っても居られなくなり、動揺するキャロルと女戦士の間に割って入る。

「二人とも、大人げないですよ! 口喧嘩をするためにここへ来たわけじゃないのに……!」

彼女らの間に立ったことで初めて気付いたのだが、この二人はかなり身長が高い。

まるで巨人に見下ろされているかのような感覚を抱く。

「ジェレミー、てめぇ……!」

「ガキが……あまりナメた態度をしてると……!」

凄まじい威圧感に足が竦みそうになるが、僕は怖気付くこと無く二人を睨み返していた。


「他人を尊重できないのなら、今すぐ立ち去ってください! そんな人間がいても迷惑なだけです!」

自分でも驚くような言葉が出てしまった。

そして、これが女戦士の逆鱗に触れてしまったらしい。

「生意気な小僧は『修正』してやらねぇとなぁ……!?」

白い歯をギラつかせ、お世辞にも穏やかとは言えない笑顔を見せつける女戦士。

「子どもは正論なんか言わず、黙って大人の言うことを聞いてればいいんだよぉッ!!」

彼女は担いでいた両手斧を投げ捨て、右の拳に闘気を込め始める。

……ヤバい、これは本気(マジ)で殴ってくる合図だ。

「子どもに正論を言われるような大人がおかしいんです!」

それでも、僕は女戦士の「鉄拳」から顔を背けることはしなかった。


 眼前に迫り来る魔力を纏った拳。

だが、その拳は僕の目と鼻の先でピタリと止まる。

何事かと思って女戦士の顔を見上げると、彼女は暑苦しい――失礼、とっても熱い笑顔で僕のことを見つめていた。

「……へへッ、あたいの負けだよ。気に入ったぜ、小僧!」

次の瞬間、女戦士はガッシリとした右手で僕の頭をわしゃわしゃと撫で始める。

「お人形さんみたいな見かけによらず、随分と肝が据わってるじゃないか! あたいの鉄拳にビビらなかったのはご師匠様以外じゃ初めてだな!」

「そ、それはどうも……」

ついさっきまで鬼のような形相を浮かべていたのに、今はドン引きするぐらい上機嫌に笑っている女戦士。

……この人もルシールとは別の意味で「ヤバい人」のようだ。


 その後、女戦士は「勇気ある者には最大限の敬意を示す」ということでキャロルとの仲直りに応じたばかりか、「お前が助けを必要とする時は駆け付けてやる」と約束してくれた。

「お前、人の心を動かす才能があるな。親が政治屋でもやっているのか?」

「ええ……まあ、そんな感じです」

キャロルからの質問は適当に受け流し、僕はガートルードへ話し合いの続きを行うよう促す。

「ジェレミー君、もしかしたら君のほうがリーダー向きかもしれないわ」

しかし、今の一件で彼女は自信をすっかり失ってしまったらしい。

「僕に役目を押し付けないでください。この捜索隊はマギア研究所主導で集まったチームなんですから、主導した組織に属する貴女がリーダーを務めるべきです」

別にリーダーをやりたくないわけではなかった。

むしろ、納得のいかない意見へ無理に従って後悔するぐらいなら、自分が先導したほうが良いとさえ思っている。

でも、今回の捜索活動は僕が始めたことではないのだ。

捜索活動の主導者――つまり、マギア研究所の関係者(ガートルード)が率先して行動することで、初めて皆が従うだけの説得力を生み出せるのだと僕は確信していた。


 僕が後押ししてあげた結果、それ以降の話し合いはガートルードを進行役として順調に進み、最終的に「数人は馬車に残って後続を待ち、残りが本格的な捜索活動を行う」という案が満場一致で採用された。

チーム分けはキャロル及びルシールを含む3人が居残り組、ガートルードをリーダーとする他の面々が捜索活動組だ。

本来なら治療士のルシールを捜索活動組に入れたかったが、彼女は僕(とキヨマサ)の貞操に危機を及ぼしかねないため、やむを得ず外すことになったのが悔やまれる。

「それでは……皆さん、最適の健闘を期待しています。以上、解散!」

ガートルードの一声を合図に各チームは行動を開始。

居残り組が見送ってくれる中、僕たち捜索活動組はキャロルが気にしていた森の奥地を目指すのであった。


 昼間なのに薄暗い、鬱蒼と茂ったホームステッドの森――。

その奥には一体何が待ち受けているのだろうか……?

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