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【25】PAINE SHOUTER -痛みを堪えて-

 弓が歪んだショートボウに先ほど買った矢をセットし、僕は矢尻へ魔力を集中させる。

ガートルードに教えてもらった風属性攻撃マギア「ゲイル」は単体使用のほか、矢に魔力を注ぎ込んで範囲攻撃化することもできるのだ。

直接的な殺傷力が増すわけではないが、矢の覆うように風圧を発生させるため、相手の至近距離を掠めればバランスぐらいは崩せるだろう。

とにかく、帆馬車の中に残っているであろうマーセディズたちの安全を確保する時間を稼げればいい。

「これが……弓矢とマギアの合わせ技だ! 大気を射抜け!」

魔力の奔流に気付いたナイトホークが射線上へ割り込んでくる。

しかし、奴諸共撃ち抜くつもりで僕は弦を押さえる右手を放すのだった。


「グァァッ!?」

咄嗟に回避したナイトホークを風圧で吹き飛ばしつつ、魔力を纏った矢は真っ直ぐ突き進む。

予想以上の反動で僕も後ろへ転びそうになるが、すぐに体勢を立て直し2本目の矢を仕込み始める。

「バ、バーカッ!?」

「アホーゥ!?」

馬車の上を通過していった矢の風圧は凄まじく、バランスを失ったナイトホークたちは堪らず上空へ逃げていく。

中には地面に強く叩き付けられ、しばらく動けなくなってしまう個体もいた。

「(鳥型モンスターは風に乗りながら空を飛ぶ――だから、風に裏切られると奴らはどうしようもないんだ!)」

矢が通過していった直後、馬車を覆っている白い帆が宙を舞う。

一瞬だけだったとはいえ、中の人たちの無事な姿がチラリと確認できた。

「今だッ! 真上に向かってマギアを撃て!」

聞き慣れた女性(マーセディズ)の叫び声が聞こえた次の瞬間、帆を突き破るように多種多様な攻撃マギアが天に向かって放たれた。


 風、炎、水、雷、氷――。

色とりどりのマギアは混じり合いながら光の柱と化し、莫大な魔力が発生させる「衝撃波」を以ってナイトホークたちを叩き落としていく。

吹き飛ばされるだけならまだいい。

「グェェェェェェェッ!!」

光の柱に巻き込まれた不運な個体は、文字通り「チリ一つ残さず」消滅することになるのだから。

「(これが、人の魔力が為せる底力か……!)」

たった10人の魔力を結集させるだけで巻き起こるマギアの嵐。

戦闘中であることをすっかり忘れ、僕は美しくも残酷な「破滅の光」に見惚れてしまっていた。


「バーーーッカ!」

その時、先ほど風圧で吹き飛ばしたナイトホークが体勢を立て直し、翼を畳みながら急降下攻撃を仕掛けてくる。

それに気付いた僕はセット済みの矢を素早く放つが、狙いが甘かったのか黒鳥へ当てることはできなかった。

マズい、次の矢をセットする余裕は無い。

ここは攻撃を回避して隙を作らなければ!

「バーカッ!!」

「くッ、お前のエサになってたまるか!」

間一髪のところで黒い影をかわし、何とか矢をセットし直すだけの時間を稼ぎ出す。

だが、執拗に攻撃されている中で弦を引くのもなかなか難しい。

何か「キッカケ」があればいいのだが……。


「グェァ!?」

そんなことを考えていた次の瞬間、僕にしつこく纏わり付いていたナイトホークが壮絶な断末魔を上げながら地面へ落ちる。

奴の身体には銀色の聖剣が突き刺さり、傷口からは深紅の液体が流れ出ていた。

「この剣は……ストライダー!」

僕の視線はモンスターの亡骸ではなく、その命を奪い取った刀剣に注がれている。

散々見慣れた剣だ、見間違えるハズが無い。

「おーい! 大丈夫か、ジェレミー!」

馬車の方から一人の女騎士――マーセディズが手を振りながらこちらに駆け寄ってくる。

彼女はナイトホークの死体から聖剣を抜き取りつつ、僕の左肩へ優しく手を置くのであった。


「石畳の道に叩き付けられたのに平然としているとは……どうやら、随分と頑丈にできているようだな」

馬車から放り出された後の経緯について説明したところ、そう言いながら怪訝そうに僕のことを見つめるマーセディズ。

彼女の視線が原因なのか、さっきまで戦いに夢中で忘れていた背中の痛みが突然ぶり返してきた。

「イテテッ!」

「困ったな……ボクの回復マギアじゃ痛み止めが限界だよ」

「この際痛み止めでもいいよ……! 痛すぎてなんか麻痺してきた……」

その様子を見かねたマーセディズは右手の人差し指と中指に魔力を込め、まるで塗り薬を塗り込むかのように僕の背筋を優しくなぞる。

「んあッ……!」

別にやらしいことをしているわけではないのに、少しヘンな声が漏れてしまう。

「どの辺りが痛い? ここか? この辺か?」

「ん……そこ! そこが一番痛い!」

僕が一番痛がっている部分――俗に言う「ウェヌスのえくぼ」へ重点的に回復マギア「ネクター」を掛けるマーセディズ。

本人は「痛み止めが限界」と言っているが、その回復効果は必要十分なものであり、気が付くと我慢できる程度にまで痛みは治まっていた。


 応急手当として回復マギアを処方してもらった後、僕はマーセディズと共に横転したままの馬車へ戻って来る。

投げ出された時に「あれはダメかも」と思われていたらしく、無事な姿を見るなり拍手で迎えてくれる冒険者もいた。

……頭から落ちていたら確かにヤバかったかもしれないが、だからといって勝手に殺すのは勘弁してほしい。

「この中に治療士(ヒーラー)治療師(フィジシャン)はいないか? こいつが背骨を傷めてるみたいだから、しっかり治してやりたいんだ」

そう尋ねながらマーセディズは同じ帆馬車に乗っていた面々を見渡す。

「(ガートルードさんはマギア使いでも攻撃寄りだからな……うーん、どいつもこいつも戦闘職ばかりじゃないか)」

回復職の人数自体が少ないこともあり、生憎この馬車には誰も乗り合わせていなかったらしい。

今は我慢できるし問題無い――。

こう割り切ろうとする僕だったが……。


「治療士を探してるのか? いるぞ、ここに一人な」

その時、横転事故で負傷したユニコーンを介抱していたキャロルが声を上げる。

「いや、あんたは御者だろう? ファミリアの治療はできるかもしれんが……」

彼女の主張に対し当然の如く首を傾げるマーセディズ。

こう言うのは大変失礼だが、僕もマーセディズと同じ考えだ。

キャロルが回復マギアを扱う姿は想像できな――。

「お前らな……人の話を最後まで聞け」

そんなことを思っていたところ、いつの間にか目の前にいたキャロルに思いっ切り右頬をつねられてしまう。

「ッく、少し早とちりしただけなのに……!」

そして、僕の右隣ではマーセディズも同じように左頬をつねられていた。


「……それはともかく、あたしが指してるのはあの人のことだよ」

制裁を下して満足したのか、僕をつねっていた右手の親指で背後を指し示すキャロル。

その先にいたのは苦しそうにしているユニコーンへ寄り添う、白いローブを纏った女性。

「今はピエールの治療してるが、本来は人間を診る医者だそうだ。治療士としての腕も悪くないぜ」

あの傲慢不遜なキャロルが珍しく他人を褒めてる――。

おそらく、ピエールとはもう一体のユニコーンの名前なのだろう。

そういえばマックスという個体もいたはずだが……。

「……マックスは残念だった。ナイトホークに首筋を引き裂かれ、打つ手が無かったのさ」

一瞬だけ(うれ)いを帯びた表情を見せた後、キャロルは例の医者を呼び出す。

「おーい、ルシール! 怪我人がいるぞ!」


 ルシールと呼ばれた治療士は「怪我人」というワードに敏感なのか、ユニコーンの頭を優しく撫でてあげた後、すぐに僕の方へとやって来るのだった。

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