【23】NEW MAGIA -目覚めるチカラ-
ホームステッド西側のチェックポイントを通過した5両の帆馬車はそこから散開行動を取り、それぞれに割り当てられた捜索範囲へと向かって行く。
捜索範囲に到達したら捜索隊を降ろし、彼女らが手分けして遠征隊の痕跡を探すという作戦だ。
これとは別にホームステッドを拠点とするギルドも人員を提供しており、その中には空中から救難捜索を行う鳥型ファミリアも含まれているらしい。
とにかく、マギア研究所が予想した捜索範囲内で「当たり」を引ければ良いのだが……。
僕たちが乗車している10人乗りの帆馬車――D51と呼ばれる車両が向かっているのは、数日前にホームステッドへやって来た行商人が「遠征隊らしき集団を見た」と証言したエリア。
つまり、絶対的な情報量が少ない現状において、最も「当たり」に近いかもしれない場所である。
「ねえ、君……そう、金髪碧眼の君よ」
事前に町の武器屋で購入した矢の確認をしていた時、ちょうど向かい側に座る綺麗な女性が僕へ話し掛けてくる。
マギア研究所のシンボルマークが付いた黒いローブを身に纏っているため、それだけで彼女は優秀なマギア使いであることが分かった。
でも、そのような人が僕に構う理由なんてあるのだろうか?
「僕のことですか?」
「ええ、君が得意としている属性を当てて見せましょうか?」
彼女はただクイズをするために話し掛けてきたのか?
いや、マギア使いは頭脳明晰で聡明な人が多いと聞いている。
きっと何かしらの意図があるはずだ。
数秒ほど考え込むような仕草を見せた後、マギア使いの女性はこう答える。
「……なるほど、君は風属性マギアが得意な弓使いなのね」
「せ、正解です……! どうして分かったんですか?」
弓使いなのは装備を見れば分かるとして、属性まで言い当てられたことに僕は驚きを隠せない。
当然だが、この女性の前でマギアを使ったことは一度も無い。
どうやら、彼女は学者のような観察眼を持っているらしかった。
「マギアの道をある程度究めれば、人やモンスターの周囲を流れる魔力が分かるようになるの」
優しく微笑みながら種明かしを始めるマギア使いの女性。
なるほど、彼女の青い瞳には僕のような素人には見えない「魔力の奔流」が映っているのか。
「奇遇とはこういうことを言うのね。じつは私も風属性マギアが得意で、君がよく使っているであろう『ストリーム』に関する論文を出したこともあるのよ」
ストリーム――最も初歩的な風属性マギアにして、僕が自由に扱える唯一のマギアである。
もうそろそろ新たなマギアを覚えたいと考えているが、どういう方向性で進もうか悩んでいた。
一つの属性を極めるか、様々な属性を一通り扱えるようになるべきか――。
「君……失礼かもしれないけど、風属性以外は伸びそうに見えないわ。個人的には得意な属性を突き詰めるべきだと思う」
「風属性のエキスパート――ですか」
「君が将来何になりたいかは分からないけど、器用貧乏な大人にはならないでね。この国ではそういう人は評価も信頼もされないから」
これまで見せていた笑顔を急に引き締め、マギア使いの女性は僕に向かってこう告げる。
マーセディズ、キヨマサ、ヴァレリー、アナベル――。
確かに、彼女らは「広く浅く」よりも「狭く深く」といったタイプの人たちだ。
目の前の女性も研究者らしいので、やはり「狭く深く」を貫いている人なのだろう。
この人との遣り取りを機に僕は決断する。
風属性マギアと弓矢の道を極めよう。
やはり、剣は性に合わないという直感は間違っていなかったのだ。
「……ありがとうございます、マギア使いの人」
「私の名前はガートルード。君がその気なら風属性マギアを教えてあげられるけど……どうかしら?」
マギア使いの人――ガートルードはニコッと笑う。
その道のプロからマギアを教わる貴重なチャンスである。
何より、彼女の厚意を無駄にするわけにはいかなかった。
「お願いします、ガートルードさん」
「ここだと実践はできないから、座学で教えるだけになるけど――」
ガタゴトと揺れる馬車の中、僕は一流マギア研究者による「講義」を受けるのであった。
「――とまあ、座学で教えられるのはこれぐらいね。あとは屋外で実践しながらコツを掴んでいくといいわ」
ガートルードが教えてくれた風属性マギアは二つ。
一つは「ストリーム」とは特性の異なる攻撃マギア、もう一つは風圧のバリアを形成する防御マギアだ。
魔力の制御方法など理論は一通り教えてもらったので、技術として確立できるかはこれからの僕の努力次第である。
「素質があるわね、君――あ、そういえば名前は何と言うの?」
「ジェレミーです」
清楚な容姿からは想像できないぐらいお喋りな人だなぁと思いつつ、僕は自らの名前を名乗る。
記憶喪失の中でもこの名前だけは覚えていたのだが、「レガリエル」という賢者に会えばこの謎も解けるのだろうか。
初対面ながらすっかり打ち解けた僕とガートルードは目的地へ着くまでの間、他愛のない世間話で時間を潰していた。
「お前……年上の女性によく好かれるな」
その時、僕の右隣に座っていたキヨマサが突然小声で話し掛けてくる。
「そうかな?」
「ああ、お前が初めてグッドランド冒険団に来た日は、お前の話題で持ち切りだったからな。スターシアじゃ男自体が珍しいってのもあるだろうが……」
「確かに君以外の男にはまだ会ったことが無いけど、そんなに珍しいものなの?」
この世界で目覚めてから1週間以上経っているが、実を言うとキヨマサ以外の男を見たことは一度も無い。
スターシア王国はどこを見渡しても女性ばかりなのだ。
最近は「キヨマサも本当は女で、男なんてものはこの世に存在しないんじゃ?」とさえ疑っている。
……いや、昨日公衆浴場へ一緒に身体を洗いに行った時は、確かに「付いている」のを見たけど。
「今のスターシアは人口増加の傾向にあるが、それでも男の新生児は年に50人程度だからな。その中で成人になるまで生きられるのは半分以下だ」
「半分以下? まさか、いくら赤ちゃんでもそんなに病弱なわけは――」
僕の楽観的な発言を遮るように、スターシア王国が抱える「闇」について語り始めるキヨマサ。
「この国……いや、この世界はそもそも男が極めて少ない。んで、世の中には珍しいモノが好きな輩がいる。そいつらにとって若い男は下手な宝石よりも価値があり、どんな手を使ってでも手に入れたがるのさ」
「これはあくまでも噂だけど、人身売買の世界では私たちじゃ想像できないほどの高値で取引されているそうよ」
彼の話になぜかガートルードまで加わり、二人して僕の恐怖心を煽ってくる。
出発時から黙り込んでいるマーセディズも同意するように相槌を打っていた。
というより、裏社会の事情をなぜ彼らは知っているんだろう?
「お前さんみたいなガキは特に気を付けたほうが良い。金髪碧眼の少年は最高級品扱いされていて、毎年何人も行方不明になっているからな。数年後に見つかった時には調教済みだったなんて話も……」
僕をガキ呼ばわりしている御者のキャロルですら、悪い輩には気を付けろと警告してくる。
口が悪い彼女も含め、この世界は何だかんだ言って良い人ばかりのように思えるが……。
「……チッ、厄介な出迎えが来やがった。おい、ガキ! 弓使いなら頭上のナイトホークどもを追い払ってくれ!」
その時、上空を見上げながら忌々しげに叫ぶキャロル。
弓を扱う「ガキ」に該当するのは僕だけだが、いい加減ガキ呼ばわりされるのも嫌になってきた。
「ガキじゃないです! 僕にはジェレミーという名前があります!」
「んなこと知るかよ! 弓矢を持ってこっちに来いッ!」
キャロルの言動には明らかに火が点いている。
これ以上言い返したら馬車から放り出されそうなので、僕は渋々ながら彼女の右隣へと移動する。
そこで僕が見たのは、青空を黒く覆い尽くさんとするナイトホークの大群であった。




