【22】SEARCH PARTY -捜索隊出発-
ジェレミーとキヨマサが消耗品の調達を行っていた頃、マーセディズは一足先に王立マギア研究所ホームステッド支部へ赴き、遠征隊遭難事故について情報を得ようとしていた。
所属ギルド欄に「スターシアン・ナイツ」と記されている冒険者免許証を提示すれば、いとも簡単にアポイントメント無しで上層部と話ができるのだ。
……もちろん、それは本物だと証明できる免許証を持っている場合に限るが。
ここはマギア研究所1階のロビーにある応接スペース。
普段はインテリ派の職員たちが行き交う落ち着いた空間だが、今朝はいつもより物々しい雰囲気に包まれていた。
「――残念ですが、遠征隊の消息に関する情報は今のところ何も……」
黒いローブを纏った女性は申し訳なさそうにマーセディズへ頭を下げている。
彼女の名はガートルード。
王立マギア研究所ホームステッド支部に所属する魔術師であり、風属性マギアの研究を専門としている。
多くの職員が非常事態への対応に追われる中、自身も忙しいはずなのに率先して来客対応を行っていたのだ。
「頭を上げてください、ガートルードさん。対策本部が設置されたのは昨晩なんでしょう? 情報が集まらなくても無理はないですよ」
そう言いながらマーセディズはガートルードを励まし、頭を上げるよう促す。
ここで慌てても何にもならない。
遠征隊の無事を祈りつつ、できる限りの情報収集と捜索隊の準備に注力するしかなかった。
「(ここに居座っても有益な情報は得られそうにないか。仕方ない、ボクも捜索隊への参加受付に――)」
わざわざ対応してくれたガートルードと握手を交わし、椅子から立ち上がろうとするマーセディズ。
「あら? あのファミリアは……?」
その時、書類を整理していたガートルードが客人の後方――正面玄関を指差す。
ファミリアとは益獣として使役されるモンスターのことであり、大雑把に言えば人間に懐いているモンスターは種族問わずファミリア扱いされる。
だが、種族にもよるが大抵のファミリアは命令されない限り、飼い主の近くから決して離れないはずだ。
単に迷い込んでしまったのか、それとも明確な理由があってマギア研究所に来たのか。
残念ながらガートルードには分からなかったが……。
「ッ!? ルクレール! お前……そんなボロボロになってどうした!?」
どうやら、マーセディズはキツネ型ファミリアのことをよく知っているようであった。
椅子から立ち上がるや否や、すぐに「ルクレール」と呼んだファミリアのもとへ駆け寄り、怪我を負っている彼を優しく抱きかかえるマーセディズ。
「命に別条は無いとはいえ、酷い怪我だな……そうだ、シャルルはどうした!? 彼女に何かあったのか!?」
「コーン……!」
銀色の騎士の問い掛けに対し、ルクレールは悲しそうな鳴き声で答える。
益獣とはいえ元がモンスターなので言葉は通じないが、彼の訴えたいことをマーセディズはすぐに理解できた。
ルクレールの飼い主――ボクの妹が絶体絶命の危機に陥っている、と。
「あなた、その子を知っているの?」
マーセディズが手持ちの回復薬でルクレールに応急手当を施していた時、その後ろからガートルードが声を掛ける。
「知っているも何も……彼はボクが子どもの頃に飼っていたファミリアです。妹のシャルル――シャーロットに懐いていて、普段は一緒にいることが多いんですが……」
「シャーロット……!?」
それを聞いたガートルードは思い出したかのようにポンッと手を叩く。
シャーロット――マギア研究所所属の魔術師である彼女のことはよく知っていた。
なぜならば、ガートルードとシャーロットは同じ部署に務める先輩と後輩だったからだ。
ガートルードの脳裏をよぎっていたのは、数日前――遠征隊の出発前日にシャーロットと交わした会話の内容。
「先輩、遠征隊に参加予定だった人が体調不良でダウンしたので、急遽私が代役を務めることになりました」
遠征隊メンバーの一人が突然感染性の風邪を拗らせたため、彼女と親しいシャーロットが代わりに遠征隊へ参加することとなった。
急なメンバー変更だったためか、参加名簿の修正などが出発当日に間に合わず、書類上は風邪で倒れた人物の名前がそのまま残されていた。
また、シャーロットと彼女の友人の事例以外にもメンバー変更を行っていたらしく、「書類上のメンバー」と「実際に参加したメンバー」に少なからず食い違いがあったという。
その結果、メンバーの安否確認に支障が発生し、マギア研究所は不必要な混乱に陥っていたのである。
「……ガートルードさん、この子のことを頼みます」
話を聞いたマーセディズはルクレールの頭を優しく撫でた後、彼をガートルードへと受け渡す。
自分が捜索活動に参加している間、療養も兼ねて誰かに預かってもらわねばならない。
「あら、あらあら……?」
ファミリアにあまり触れたことが無いのか、嫌がるような動きを見せるルクレールに困惑顔を浮かべるガートルード。
「クオーン……♪」
だが、彼女が悪い人間ではないと判断し、ルクレールはすぐに落ち着きを取り戻した。
「それは構いませんが……私も捜索隊に参加するので、この子の面倒は別の者に任せますよ」
「貴女が信頼する人ならば問題ありません」
「ありがとうございます。では……私が乗る予定の『D51』という馬車の席を空けさせておくので、また1時間後にお会いしましょう」
そう言いながらガートルードは丁寧に頭を下げ、両腕に抱えたルクレールと共に研究所の奥へと向かっていく。
「ああ、できればあと2席確保してもらえるとありがたい! どうしても連れて行きたい仲間がいるんだ!」
思い出したかのように声を上げるマーセディズに対し、黒いローブを纏った魔術師は補助マギア「エンサイン」で○を描いて快諾するのだった。
ディアドラがホームステッド中の宿屋を駆け巡ってから約2時間後。
マギア研究所前の広場にはチャーターされた馬車が複数台停められ、第2次捜索隊を出発させる前の最終チェックを行っていた。
ちなみに、研究所職員だけで構成された第1次捜索隊は1時間前に出発しており、今頃は森の中へ入っているはずだ。
「C31、チェック完了しました! いつでも行けます!」
「よし、お前が先頭を行け! 後続車両が追い付くまでチェックポイント前で待機しろ!」
「了解! ルイス、バルテリ、出発するわよ!」
担当官から出発の許可を得たC31の御者は2頭のユニコーンの名を呼び、手綱を引いて指示を出す。
「「ヒヒーンッ!」」
力強い嘶きと共にユニコーンたちはゆっくりと動き出し、スムーズな加速で10人乗りの帆馬車を牽引していく。
「A18、B29、C62も準備が整い次第発車を許可する!」
他の馬車もそれに続くように順次動き始めるが、最後の1両――D51だけは諸事情によりもたついていた。
「なあ……あんたの連れのガキは本当に来るんだろうな、スターシアン・ナイツの騎士様?」
「キャロル! 口の利き方に気を付けろ! また反省文を書きたいのか!」
D51の御者――キャロルは優れた運転技術を持つ反面、勤務態度に問題を抱えるくせ者である。
今回も遅滞に対する苛立ちからマーセディズへ不満を述べたところ、それが担当官に聞こえてしまい大目玉を食らっていた。
「はいはい、以後気を付けますよっと……」
「返事は1回だけだッ! 大体、お前という女はユニコーンと馬車の扱いに長けてるからって――」
不遜な態度を取るキャロルに我慢できなくなったのか、とうとう公開説教を始める担当官。
それを見かねたマーセディズは聖剣「ストライダー」を鞘から抜き、その刃を両者の間へと突き出す。
「騎士の前で口論を繰り広げるとは、とんだ礼儀知らずもいた者だ。おい、御者! お前の言う『ガキ』たちがやって来たぞ」
キャロルと担当官を黙らせるため、あえて尊大な振る舞いを演じるマーセディズ。
彼女が顎で示した先には、大急ぎで馬車へ駆け寄って来る少年2人の姿があった。




