【21】HOMESTEAD -新たな町へ-
ナイトホークの群れとの小競り合い以降、僕たちの旅で大きなトラブルが起こることは無かった。
グッドランドを出発してから7日目の夕方、ついに最終目的地への中間地点となるホームステッドの町並み――それを囲い込む城壁が見えてくる。
マーセディズやキヨマサはともかく、この世界で目覚めて日が浅い僕にとっては初めて見る光景だ。
「これがホームステッド……!」
グッドランドとは異なる落ち着いた雰囲気の町並みに見惚れていると、背後からポンッと肩を叩かれる。
「急ぐぞ、ジェレミー。早めに宿を確保しないと街中で野宿するハメになる。もうそろそろ柔らかいベッドで寝たいだろ?」
そう言いながらニッと笑うマーセディズ。
確かに、窮屈なテントで寝起きするのもさすがに辛くなってきた。
信頼できる宿屋を見つけるため、僕たちは門限のルールに従い戸締まりを始めていたチェックポイントへと急ぐのであった。
冒険慣れしたマーセディズのおかげで安価且つサービスが良い宿屋の確保に成功し、僕とキヨマサは1週間ぶりにベッドで熟睡することができた。
ちなみに、マーセディズは隣の部屋を借りているはずだが、朝早い時間にも関わらず彼女がいる気配は感じられない。
おそらく、外で素振りやランニングでもしているのだろう。
「ジェレミー、何やら下の様子が騒がしいみたいだ。俺たちも野次馬根性で見に行ってみるか?」
その時、洗面所へ顔を洗いに行っていたキヨマサが、部屋に戻って来るなりこう告げる。
僕は別に野次馬ではないものの、普段冷静なキヨマサがここまで言うのは珍しい。
「そんなに騒がしいの?」
「ああ、結構人が集まっていたな。その中心にいた女性はマギア研究所の関係者のようだが……」
マギア研究所? その名の通り、マギアの研究でもする施設だろうか?
……それはともかく、最低限の身支度を終えた僕はキヨマサと共に宿屋の1階へ下りるのだった。
部屋を出て1階のフロントへ繋がる階段を下って行くと、一人の女性を囲むように十数名の宿泊客や従業員が集まっているのが見えた。
中心部にいる女性は苦しそうに肩で息をしており、何やらワケありの人物らしい。
1階に下りた僕たちは人混みの中からマーセディズの姿を見つけ出し、彼女と合流しながらこの状況に対する説明を求める。
「何がどうなってるの、マーセディズ?」
「ああ……あそこの女性――マギア研究所の上級魔法使いが慌てて飛び込んで来たんだ。どうやら、腕利きで救難捜索をこなせる冒険者を探しているらしい」
「それならギルドに頼み込めばいいんじゃないか? どうして宿屋なんかに――」
キヨマサがごもっともな意見を述べた時、彼の話が聞こえていたのか例の上級魔法使いがこちらへと近付いて来る。
口は災いの元――。
この時はキヨマサ本人以外の誰もがそう思っていたが……。
「あ、貴女は……『スターシアン・ナイツ』の騎士様! しかも、あの高名なマーセディズ様ではございませんか!?」
上級魔法使いの女性はキヨマサを華麗にスルーし、彼の隣にいたマーセディズの右手を感慨深げに握り締める。
「如何にも、私がスターシアン・ナイツの騎士マーセディズだ。しかし……上級魔法使いともあろう方が何を慌てているんです?」
当のマーセディズは初めこそ困惑していたが、すぐに落ち着きを取り戻し上級魔法使いへ事情の説明を求めた。
「はい……私の名前はディアドラ。王立マギア研究所ホームステッド支部所属の上級魔法使いであります。あ……少々長い話になるので、皆さんロビーのほうに移りませんか?」
白髪の上級魔法使い――ディアドラに促され、僕たちを含む十数名の冒険者は長話に適したロビーへと移動するのだった。
10分以上に及んだディアドラの話の内容を簡潔に纏める。
数日前、マギア研究所は定例業務となっているホームステッド周辺のフィールドワークを行うため、十数名のマギア使いを遠征に出した。
彼女らの目的は自然環境やモンスターの生態に関する最新情報を入手し、資料として記録することだ。
遠征隊の調査範囲は極めて広大であり、日数も数回の野営を要するほど長期間に及ぶ。
スケジュールが若干遅れることは決して珍しくないので、マギア研究所側も1日遅れ程度ならさほど気にしていなかった。
だが、2~3日経っても音沙汰が無いことから、遠征隊が致命的なトラブルに巻き込まれた可能性が浮上し、マギア研究所の上層部はついに腰を上げる。
職員の中から数十名を捜索隊メンバーとして選抜したものの、遠征隊が消息を絶った可能性のある範囲をカバーするには全く足りない。
そこで、マギア研究所はホームステッドに本部を置くギルド、次いで冒険者が集まるいくつかの宿屋へと別の職員を派遣し、情報提供及び捜索隊への助力を呼び掛けていたのである。
「捜索隊の出発は今から約2時間後です。協力してくれる方はそれまでにマギア研究所前に集合してください。では、私も捜索に参加するための準備が必要なので……これにて失礼します」
わざわざ長話に耳を傾けてくれた冒険者たちへ一礼し、ディアドラは足早に宿屋から出て行く。
初めはディアドラが本当にマギア研究所職員なのか疑う者もいたが、彼女は正式な上級魔法使い資格証を見せることで自らの身分を証明した。
少なくとも、権威ある組織の名を騙る詐欺師ではないことは確かだろう。
「どうする? あんたたちは捜索隊に協力するのか?」
「うーん、体調が悪いから遠出は遠慮させてもらうわ。その代わり、バックアップとしてサポートしたいけど……」
「オレは行くぜ! 困っている人を放っては置けねえからな!」
マギア研究所からの要請に応じるか否かは冒険者の自由だ。
ある者は体調不良を理由に捜索活動への参加は見送り、またある者は積極的な協力を名乗り出る。
「ジェレミー、キヨマサ、お前たちは無理に参加しなくてもいいんだぞ。子どもをわざわざ危険な状況へ連れて行くわけにはいかない」
先日の一件で散々な目に遭ったためか、2人の少年を思い留まらせようとするマーセディズ。
しかし、彼らはその程度の説得で考えを変えるほど「良い子」ではなかった。
「心遣いには感謝するが、俺たちも捜索隊に協力させてもらうぜ。相棒が見て見ぬふりを許さない性分なうえ、一度決めたら梃子でも動かない性格なんでな」
そう言いながら僕の方を見てニヤリと笑うキヨマサ。
彼の物言いに対しては不服を唱えたいが、真っ向から否定することもできない。
でも、これだけは言える。
「キヨマサの言う通りだよ、マーセディズ。あなたから見れば子どもかもしれないけど、見て見ぬふりを決め込む『ロクデナシ』にまでなった覚えは無い」
ディアドラという女性――。
あの人の目は、本当に困っている人の眼差しだった。
彼女と直接話したわけではないが、僕は本能的にそう感じていたのだ。
じっくりと僕の碧い瞳を覗き込むマーセディズ。
そして、彼女は微笑みながら僕に対してこう告げる。
「子ども扱いして悪かった。お前とキヨマサの覚悟……認めざるを得ないな」
この言葉を聞く限り、どうやら僕たちが捜索隊に協力することを認めてくれたらしい。
「そうと決めたら、もうお前たちを甘やかさないぞ。ボクは先にマギア研究所で情報収集を行うから、そっちも準備が整い次第来てくれ。遅れたら置いて行くからな」
「大丈夫だ、マーセディズさん。集合時間の10分前には必ずこいつを連れて来る。頑固者の相手にはもう慣れた」
キヨマサからの扱いが少々雑なのが気になるが、今の僕なら笑って受け流すことができた。
この瞬間、僕とキヨマサとマーセディズの関係は「女騎士とオマケの少年2人」から「対等な戦友」へと変わったのである。
【門限】
闇夜に紛れて不審者が侵入しないよう、チェックポイントのゲートは日没を以って閉ざされる。
そのため、門限を破った場合は夜勤の兵士たちに監視されながら一夜を明かすハメになる。
【スターシアン・ナイツ】
王都リリーフィールドに拠点を置くスターシア最強のギルド。
かつて王族の護衛を担っていた近衛騎士団の一派が独立した組織であるため、メンバーの大半は騎士で構成されている。
【マギア研究所】
マギアの研究や作成などを統括する「王立マギア委員会」の研究施設。
本部は王都リリーフィールドの郊外に構えているほか、ホームステッドを含めた各地に支部がある。




