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【20】JINGI -帰ってきた男-

「バーカッ!!」

たった一羽だけ取り残されたナイトホークは恐怖に屈していた。

先ほどまではあんなに威勢が良かったのに、今は情けない鳴き声を上げながら逃げる「チキン」と化している。

「逃がすかよ……!」

「落ち着け、キヨマサ。戦意を失った奴は放って置け」

臆病者を追撃しようとするキヨマサに対し、マーセディズは彼の右肩を掴みながら戦いは終わったと諭す。

そうしている間にナイトホークの姿はどんどん遠ざかり、気付いた時には見失ってしまっていた。


「キヨマサ……! どういう風の吹き回しだ?」

彼が戻って来て援護してくれたことは素直に嬉しい。

だが、僕の口から最初に出た言葉は「ありがとう」ではなく、キヨマサの真意を問い質す追及であった。

「フンッ……ナイトホークどもがやけに騒がしいから、様子を見に来ただけだ。お前たちと再会したのは単なる偶然にすぎん」

黒髪の少年は僕から視線を逸らし、頭を掻きながらそう答える。

「……嘘だな」

人間が嘘を()く時に目を逸らすことぐらい、僕だって知っている。

「お見通しってわけかよ。そうだな、自分の卑屈さに気が付いた――これでいいか?」

別にそこまで責めているわけじゃないが……。

「……ああ、満足だよ」

とにかく、今生の別れにならなくて本当に良かった。


 返り血を浴びた衣服や防具の掃除で忙しいジェレミーに代わり、マーセディズが鎧を取り返すまでの経緯をキヨマサへ説明する。

本当なら落ち着ける場所で身体を休めながら話したいところだが、キヨマサが他の冒険者に荷物を預けているため、彼女らを待たせないうちに回収しなければならない。

そして何より、少年たちを危険な目に遭わせた分の「詫び」をマーセディズは入れたかったのだ。

そのため、彼女はジェレミーの掃除が終わり次第すぐに出発するつもりでいた。

可及的速やかに目的地へ連れて行くことが、最高の償いだと判断したからである。


「――まったく、マーセディズさんもジェレミーも随分と無茶をするもんだ」

話を一通り聞いたキヨマサの反応は「呆れ」以外の何物でもなかった。

確かに、客観的に見ればマーセディズたちの行動はかなり無謀であった。

風属性マギアで空を飛んだり、モンスターの巣穴へ不法侵入するというのは序の口。

そして、鎧を取り返すためだけに10羽近いナイトホークを惨殺――控えめに言ってもメチャクチャだ。

「ああ、我ながらそう思うよ。でも……大事な鎧を諦めていたら、後悔していたかもしれない。ジェレミーのおかげで『鎧を取り返す』と決断できたんだ」

そう語るマーセディズはニッコリと笑っていた。

私物を取り戻せたからなのか、それともジェレミーとの共闘が楽しかったのか。

その答えを彼女が明かすのは、もっとずっと先のことである。


 後片付けと準備を終えた僕たちは、当面の目的地であるホームステッドへ向けて歩み始める。

マーセディズも町に野暮用があるということで、そこまで同行してくれるのはかなり心強かった。

「なあ、ジェレミー」

カイオワ街道と黙々と歩いていた時、突然キヨマサから声を掛けられる。

「どうしたの?」

「見直したぜ、お前のこと」

唐突に褒められた僕は「そんなことあったっけ」と言わんばかりに黒髪の少年を見返す。

すると、彼は微笑みながら僕の疑問に答えてくれるのだった。


「鎧を取り返す――他人のトラブルに自ら首を突っ込むとは、なんて大バカ野郎だってあの時は思ったさ」

キヨマサの言う「あの時」とは、おそらく「人助けをするか否か」を巡って対立した時のことだろう。

あれに関しては僕も少し言葉が過ぎたと反省していた。

「そのままナイトホークどもに食い殺されていたら、お前は永遠に大バカ野郎だった。だが……お前は自らのすべきことを果たし、ここに立っている」

そして、キヨマサは僕の左肩を叩きながら言葉を続ける。

1~2時間前の皮肉交じりのモノとは異なる、とても力強くて暖かい右手。

「……決めた。これから先、お前がどんな情けない姿を見せたとしても、もう大バカ野郎とは言わない。そうならないように俺がサポートしてやるからだ」

そう決意するキヨマサの表情はとても凛々しくて……そして、少しだけ優しい笑みを浮かべていた。


 一方その頃、凶暴な人間どもから辛うじて逃げおおせたナイトホークは営巣地へ戻り、群れの仲間たちに今回の惨劇を報告していた。

「グアー!(チクショウ……みんな無残に殺されちまったんだ! 人間のクズ野郎どものせいで……!)」

「バーカ……。(落ち着けよ……とにかく、長老に事情を話そうぜ)」

群れの雰囲気がおかしいのを察したのか、生き残りのもとへ老成した雰囲気の黒鳥が歩み寄って来る。

この個体こそが長老――30年以上生きたナイトホークだけがなれるとされる、群れのリーダー「ブラックバード」であった。

「オホーゥ。(我々は可能な限り人間には関わらぬようにしてきた。じゃが、奴らが我々の仲間を虐殺した以上、黙って泣き寝入りするわけにもいかぬようだ)」


 かつて、ナイトホークを含むモンスターと人間の活動領域は全く異なっていた。

人間がモンスターの強大な力を恐れ、安全な草原地帯で生活を営んでいたからだ。

しかし、文明発達と共に人間は森林や山間部まで足を踏み入れ、道具やマギアの力を以って自分たちへ都合が良いように大自然を切り拓いていく。

生息地を破壊されたモンスターの中には生きるために「リスク」を冒すものもいたが、彼らの多くは「害獣」として一方的に処理されてしまうことになる。

やがて、モンスターは限られた環境下で繁栄する術を覚え、「百害あって一利なし」な人間への関与を避けるようになっていった。

対する人間も近代的な農業を確立したことで、死の恐怖が付き纏うモンスター狩りから離れていくが……。


 営巣地にいる全てのナイトホークの視線が、中央の切り株に立つブラックバードへと注がれる。

この群れの今後の方針をリーダーである彼が発表するからだ。

「ホホーゥ!(諸君! 今日、我々は大切な仲間を多数喪った! それは何故じゃ!?)」

静寂に包まれる営巣地。

しばしの沈黙の(のち)、ブラックバードは仲間たちの姿を一瞥(いちべつ)しながら「演説」を再開する。

「ホーゥッ!!(人間どもの無思慮な抵抗の前に果てたのじゃッ!!)」

「アホーッ!(そうだ!)」

「バーカッ!(人間め、ひでぇことしやがる!)」

リーダーの言葉に感化された若鳥たちが声を上げ、営巣地は徐々に熱狂の渦へと呑み込まれていく。

もちろん、この反応はブラックバードが狙っていたものであった。


「ホーッ!!(この悲しみを――惨劇を忘れてはならぬ! 悲しみを怒りに変え、立ち上がるのじゃッ!!)」 

ブラックバードによる「演説」はクライマックスを迎え、営巣地のテンションは最高潮に達していた。

「ホァーッ!!(残虐非道な人間に裁きの鉄槌をッ! それを、惨たらしく殺された全ての仲間への手向けとするッ!!)」

深い森の中に湧き上がる歓声。

スターシア王国が唯一絶対の指導者によって統治されているのと同じく、ナイトホークの群れも一羽のカリスマ的リーダーが率いていたのである。

この世界にはまだ「共和制」や「民主主義」といった概念は存在しないのだ。


 怒り、嘆き、悔やみ――そして憎しみ。

それは、全ての心あるモノが持つ感情。

人間もモンスターも平等に……。

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