【18】BIRDCAGE -絶対包囲網-
僕たちの頭上を円を描くように飛ぶ、12羽のナイトホーク。
「アホーッ!」
そのうちの一羽が鋭い鳴き声と共に翼を折り畳み、マーセディズに向かって急降下攻撃を仕掛ける。
「マーセディズッ!」
「フッ、この程度の速度なら見切れる!」
僕の叫び声に対し余裕の表情で答えるマーセディズ。
黒鳥が目の前で嘴を開いた瞬間、銀色の騎士は最小限のサイドステップで攻撃をかわす。
彼女の自信に噓偽りは無かったのだ。
「奴を追い掛けろ、アイスニードル!」
ナイトホークとすれ違った直後、マーセディズは振り向きながら得意の氷属性マギアを唱える。
指先から放たれた氷柱は上昇しようとしていた黒鳥を捉え、そして背中を貫いていく。
「グェェェッ……!」
撃ち落とされたナイトホークは呻き声を上げて悶え苦しんだ末、力尽きたのかピクリとも動かなくなった。
ハッキリ言って痛ましい最期だったが、今は感傷に浸っている暇は無い。
とにかく、これで1羽は片付けることができたのだった。
「グォォォォォ!」
「くッ、仲間を殺されてムキになったか!」
弔い合戦と言わんばかりに突っ込んで来た別のナイトホークは、一撃離脱戦法ではなく大きな翼と鋭い趾を活かした格闘戦でマーセディズに勝負を挑む。
翼による手刀や鉤爪を用いたキックはなかなかに見応えがあるが、正直言って近付きたくはなかった。
というより、他の個体と応戦している僕はそちらの相手で精一杯だ。
「しつこい鳥め! 死にたくなかったら離れろ!」
黒鳥の素早い連続攻撃に防戦一方の戦いを強いられるマーセディズ。
だが、僕が思っている以上に彼女は余裕を持っていたらしい。
攻撃ばかり続けていて疲労が溜まったのだろう。
ナイトホークの動きから目に見えてキレが無くなり、マーセディズへ一転攻勢のチャンスを作る時間を与えていた。
「でやぁッ!」
彼女は僅かな隙を見つけてシールドバッシュを繰り出し、自分に付き纏っていた黒鳥を仰け反らせることに成功する。
地面に落ちたナイトホークはすぐに飛び立とうとするが、ここで見逃してやるほど銀色の騎士は甘くない。
そう、騎士道は甘さではないのだ。
「捕まえた! 言っても分からないのなら……望み通り、仲間のところへ逝かせてやる!」
「ファッ!?」
空へ戻ろうとしていたナイトホークを背後から羽交い締めで拘束し、その首元に聖剣「ストライダー」の剣先を突き付けるマーセディズ。
人間の言葉を理解しているのかは分からないが、黒鳥は命乞いをするような鳴き声でそれに答える。
しかし……彼(?)の最期の要求は叶わなかった。
次の瞬間、鮮血を撒き散らしながら「何か」が地面へと転がり落ち、真っ赤な水溜りを作っていたのである。
まるで家禽の殺処分を思わせる手際の良さを目の当たりし、僕は感心よりも先に戦慄を覚えていた。
ショートボウを扱う僕はマーセディズのように相手を一閃する戦い方はできない。
その代わり、矢の射程を活かしたアウトレンジ攻撃で有利な位置から攻めることはできる。
「うわッ!? 危ない!」
ナイトホークたちのしつこい急降下攻撃を間一髪でかわしつつ、僕は背中がガラ空きの個体へ狙いを定めた。
奴はまだこちらに気付いていない。
やはり、モンスターといえど死角からの攻撃は有効なようだ。
「もらったッ! 射抜いて見せる!」
今更振り返っても遅い。
黒鳥と目が合った瞬間、僕はすぐにショートボウの弦を放す。
若干無理な角度で撃った矢はさすがにクリティカルヒットとはいかず、ナイトホークの翼の付け根へ刺さるだけにとどまった。
実質的に片翼を失った状態となり、苦しみながら飛行を続けるナイトホーク。
そこへ追い打ちを掛けるようで申し訳ないが、トドメは刺せる時に刺す必要がある。
「(速度は遅いから、周りのヤツが黙ってくれれば上手く狙えるんだけど……!)」
マーセディズがそれなりに片付けてはいるものの、戦力差で言えばまだ相手のほうが優勢だ。
少しでも気を抜いたら、後ろからバッサリと食われてしまうだろう。
周囲を飛び回る別個体の動向に注意を払いつつ、僕はショートボウの弦を引き絞る。
「お前たちの相手はこっちだ!」
その時、あえて大声を上げることで黒鳥たちの気を惹くマーセディズ。
くだらない挑発に乗った数羽が僕の近くから離れていく。
今のファインプレーは正直言ってありがたかった。
ナイトホークたちが散開している間に僕は手負いの個体へ狙いを付ける。
周りが静かになるだけで随分と集中し易くなった。
「今だ! 貫けぇッ!」
こちら側に相手が背中を見せた瞬間、弦を押さえていた右手を放す。
放たれた矢は黒鳥の未来位置に向かって飛び、その背中へ見事突き刺さってみせた。
「グァァァァァ……ッ!」
致命傷を受けたナイトホークは断末魔を上げながら地面に落ち、空へ戻ること無くやがて死ぬ。
かなり手こずったが、これでようやく1羽を倒すことができた。
あと何羽撃ち落とせばこの状況から抜け出せるのか……!
着実に敵の数を減らしていく僕とマーセディズ。
最初は絶望的な戦いだと思っていたが、彼女のおかげで予想以上に善戦している。
しかし、そうと分かるとつい慢心してしまうのが人間の性で……。
「その隙を逃がすものか!」
今になって振り返ると、この時の僕はあまりに油断していた。
七面鳥撃ちに夢中になるあまり、周辺――特に頭上と後方の警戒を怠っていたのだ。
「バーカー!」
「アホーッ!」
視線の先で必死に逃げ惑うナイトホークを矢先で追っていた時、別の個体が死角になる方向から僕へと襲い掛かる。
「ジェレミー! 後ろだッ!」
それに気付いたマーセディズが叫んでくれたものの、僕が反応して振り返った時には少し遅かった。
目と鼻の先に迫るナイトホークの嘴。
ここまで近すぎると回避も防御もできない。
もうダメだ、おしまいだ……!
【ナイトホークの性別】
外見から即座に見分けることは不可能なため、彼らは別の方法で判断していると考えられる。




