【1】WHO AM I...? -俺は誰だ?-
ここは……どこだ?
俺は……誰だ?
何も……見えない……。
何も……聞こえない……。
暑さも……寒さも……何も感じない……。
そうか……俺の……俺の身体はバラバラになって……。
跡形も無く消えた。
ここが……あの世か。
死後の世界なんて「馬鹿じゃねぇの?」と思っていたが、本当に真っ暗闇じゃないか。
最後の審判はどこへいった?
いや……本当は暗闇さえ存在しないのかもしれない。
……。
…………。
………………?
これは……風か?
次に……植物の匂い。
そして……鳥の歌声。
……!
今……確かに身体に違和感が……!
意識が……意識が引きずり込まれる!
神様の仕業か……?
俺を……どこへ連れて行くつもりだ……!
まぶた越しに差し込む陽の光が眩しい。
その感覚がある意味不快で、僕は目を覚ましてしまう。
「(ここは……どこだ?)」
周囲に広がっているのは見知らぬ森。
森の中でも開けた場所に僕はいた。
「(僕は……誰だ?)」
この森のことは全く分からない。
そして、僕自身の事さえも。
「(……川のせせらぎだ。そういえば、喉が渇いたかな)」
幸い、脱水症状が死に繋がることだけは知っている。
気が付くと、僕は水がありそうな方向へ歩き出していた。
1~2分ほど歩いただろうか。
僕の予想通り、目覚めた場所の近くに小川があった。
まずは飲めそうな水であるかを確かめる。
「(川底までよく見える。これなら大丈夫そうだ)」
小川の水はとても透き通っており、汚れているとは考えにくい。
川岸へ近付いてしゃがみ込み、真っ白な両手で水を掬い取る。
いきなりゴクゴク飲むのは避け、少しだけすすってみた。
「(……うん、美味しい!)」
安全且つ美味であると判断し、僕は満足できるまで水を飲む。
いや、冗談抜きに美味しかった。
ただの水で舌鼓を打つことになるとは……。
「(せっかくだから、ここで顔も洗っていくか)」
少しだけ身を乗り出し、水面へ顔を近付ける。
ここで初めて自分自身の顔を確認することができた。
「(……誰だ、こいつ?)」
鏡のような水面に映っている僕の顔。
真っ白な肌にクリっとした碧眼、透き通るような金色のショートヘア、そして少女にも見える柔らかな顔立ち。
待て、僕は男だ。
胸は平らだし、下半身にはちゃんと付いている。
……付いているよな?
とりあえず顔を洗った僕は、先ほどの場所まで戻り仰向けになる。
「うーん、なんだかなぁ……」
思わず漏れた独り言に自分自身で驚いた。
女の子としても十分通用する声だったからだ。
そんなことを思いながら見上げる、空の果ての色は……ダークブルー。
どれだけ手を伸ばしても届かない場所のはずなのに、とても懐かしい感じがする。
「(コンコルド……)」
コンコルド?
突然脳裏に浮かんだ単語だが、意味はよく分からなかった。
でも、もしかしたら僕が何者なのかを知る手掛かりになるかもしれない。
「(そんなことより……お腹空いたなぁ)」
腹の虫が盛大に鳴る。
そういえば、目が覚めてから胃袋に入れたのは美味しい水だけだ。
あと、日没を迎える前に安全な場所も確保したい。
思い立った僕はゆっくりと立ち上がり、背筋を伸ばす。
「グルルルルゥ……」
「(ん? お腹が鳴る時ってこんな音だったっけ?)」
腹の虫にしては妙に獣っぽいし、そもそも音は背後から聞こえた気がする。
悪い予感がしつつも後ろを振り向くと、そこには自分以外の生命体がいた。
オオカミのようでライガーのような……動物については詳しくないが、仲良くなれそうな雰囲気でないのは確かだ。
「(どうする……? 逃げるべきか……?)」
バケモノの顔を睨みつけながら、僕は右足を後ろへと引く。
――いや、ここで背中を見せたら食い殺される!
何か……何か武器になりそうな物は!?
「(……木の枝か。ええい、使える物は使うしかない!)」
目に留まったのは1本の頼りなさげな枝。
とはいえ、突き刺さったら痛そうな程度の攻撃力はありそうだ。
バケモノから目を逸らすこと無く「武器」を拾い上げ、両手剣の真似事で構えてみる。
僕の戦意を察したのか、低い声で唸るバケモノ。
「グオォォォォォン!」
次の瞬間、バケモノは強靭な脚力で宙に舞い、僕の頭上へ飛び掛かっていた。