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【16】MUTUAL TRUST -信じることは、信じてもらうこと-

 ナイトホークに足蹴にされ、岩場から突き落とされてしまった僕。

猫型モンスターなら柔軟な着地ができるだろうが、あいにく人間にそのような能力など無い。

しかし、僕にはマギアというチカラがある。

ストリームで落下速度を遅くすれば……!

「すぅ……ストリームッ!」

大きく息を吸い込み、僕は使い慣れたマギアの詠唱を始めた。

だが、何かがおかしい。

「(あれ? 良い風が吹かないぞ?)」

先ほどまでは(てのひら)から強風が吹き荒れていたのに、今回はそよ風レベルの風量しか発生していない。

まさか……このタイミングで魔力切れ!?

「(万事休す、か……)」

魔力管理が甘かった自分を恨み、そして迫り来る死を受け入れる。

残念だが、僕の冒険は記憶を取り戻す前に終わってしまったようだ。


 ……どうやら、僕には真実を知る義務があるらしい。

緑色の大地が近付く中、視界の端に人影のような何かがチラリと映った。

「マーセディズ……!?」

「間に合えぇぇぇッ!」

地面まで残り数メートルというところで、ようやく黒い人影の正体が分かる。

彼女は僕が落ちてくる場所を予測し、腰を低く下ろして受け取り体勢を整えていた。

「(痛いかもしれないな。でも、地面に叩き付けられてミンチになるよりはマシか)」

ここからはマーセディズに任せるしかない。

僕は可能な限り全身の力を抜き、受け止められた際の衝撃を和らげる準備を行う。

体重はそこそこ軽いと思うが、風切り音が耳元で聞こえるほどの落下速度だ。

受け止める側のマーセディズにも相当の負荷が掛かるだろう。

「間に合った……! そのまま落ちて来いッ、ジェレミーッ!!」

力強く叫ぶ彼女と目が合い、僕は風圧に逆らいながら頷いて見せる。

次の瞬間、骨が砕けそうなほどの衝撃が僕の身体を襲うのだった。


 全身――特に首と背中の激しい痛みが落ち着いた後、僕は恐る恐る目を開ける。

受け止められる寸前ぐらいから目を閉じていたため、空の明るさに眩惑されそうになる。

よかった、とりあえず命拾いはしたようだ。

「腕が痺れそうだ……下ろすぞ!」

「あ、ありがと――いてッ」

瞬間的ながら100kg以上の力に耐えてみせたマーセディズの両腕だが、さすがに酷使し過ぎたらしい。

下ろすぞと言った直後に彼女の腕が限界を迎え、支えを失った僕は尻餅を付いてしまう。

とはいえ、直接地面に叩き付けられるよりは遥かにマシと言えた。

「大丈夫か……この、大バカ野郎ッ!」

腰をさすりながら立ち上がった時、マーセディズから放たれたのは心配の言葉と――本気の平手打ち。

そう、「修正」を食らうまで僕は彼女の悲しそうな表情に気付けなかったのだ。


 実を言うと、マーセディズの平手打ちはあらゆるモンスターの攻撃よりも痛かった。

物理的なダメージはもちろん、精神的には母親に叱られた時のような感覚を抱いたからである。

彼女の立場から冷静に状況を分析すれば、「修正」をしてまで咎めたくなる理由も分かった。

「キヨマサの言った通りだな……! 表向きは大人しそうだが、その実態は周りの気持ちが分からない大バカ野郎だ!」

人をバカ呼ばわりするな!――と、反論する資格は僕には無い。

マーセディズの言葉で初めて僕は自分自身に向き合い、欠点を自覚することができたのだ。

「ったく、自分の命の価値を考えろ。お前はこの世界では孤独な境遇かもしれないけど、何かあった時に悲しんでくれる人がいるはずだ」

武器屋の店主にヴァレリー団長、アナベル、マーセディズ――そしてキヨマサ。

そうだ、たった数日間で僕は様々な人たちと知り合い、言葉を交わしていた。

この中の誰か一人でも欠けていたら、今ここに僕は存在していなかっただろう。

冒険は一人ではできない。

たとえ一人旅だったとしても、知識や経験は他の誰かが教えてくれたモノなのだから。


「……ごめんなさい」

何か気の利いた謝罪をしたかったが、僕のボキャブラリーから引き出せる言葉はこれぐらいだった。

それでも、マーセディズは優しい表情で微笑み返してくれた後、僕が落ちてきた方向を見上げる。

「ほう、珍しいな。ナイトホークが人目に付く所に営巣するとは」

「落とされる前に鎧が置いてあるのを確かに見たよ。でも、あの警備体制じゃ突破は……」

侵入者が現れたことで警戒態勢に移ったのか、先ほどまで眠っていた2羽のナイトホークも飛び起き、巣の周りを見張るように飛び回っている。

隙を突いて岩壁を登って行こうにも、万が一気付かれてしまったら鋭い(あしゆび)で蹴り落とされるに違いない。

悔しいが、僕の知識では悠々と飛ぶ黒鳥たちをやり過ごす手段は思いつかなかった。


 一方、3羽のナイトホークたちをマーセディズは静かに観察している。

何か策でもあるのだろうか。

「あの高さならモンスターを踏み台にして巣穴へ飛び込み、素早く鎧を回収して戻れそうだ」

あれ? 今、さらりと耳を疑うようなことを言っていた気が……。

そして、次の発言で僕の疑問は確信へと変わる。

「よーし、ちょっとだけ『マギアの本気』を見せてあげるよ。すぅ……!」

そう言いながら息を大きく吸い込み、マギア詠唱の準備を始めるマーセディズ。

僕でさえ分かるほどの魔力の奔流が彼女へと向かっていく。

「バベル!」

初めて聞く名前のマギアが詠唱された直後、銀色の騎士は凄まじい垂直ジャンプで空を翔け上がるのだった。


 ナイトホークたちが思わず見上げるほどの高さまで跳んだマーセディズ。

当然、勢いが失われた彼女はそのまま落ちてくることになる。

「(良い位置にいるな。あいつを踏み台にすれば……!)」

上昇から下降へと転じたら、風属性マギアを掌から噴き出し「踏み台」と重なるよう姿勢をコントロールする。

目標は巣穴に近くを飛んでいる個体の背中だ。

「(よし、軌道に乗ったぞ!)」

黒い影を完全に捉えたところで、間違って蹴り落とさないよう徐々に減速していく。

相手はようやくマーセディズの意図に気付いたようだが、もう遅い。

地上にいるジェレミーが見惚れていると、彼女は軽業師のような動きでナイトホークの背中に飛び乗っていた。


「悪いね、お前を踏み台にさせてもらうよ!」

「ファッ!?」

情けない鳴き声を上げるナイトホークへ少しだけ詫びを入れつつ、マーセディズは彼(?)の背中をジャンプ台として利用する。

踏み込んだ時に「ボキッ」という嫌な音がしたが、たぶん大丈夫だろう。

とにかく、ナイトホークの背骨を犠牲に巣穴の中へ飛び込むことができた。

「(鎧は……見つけた!)」

無造作に置かれていた自分の鎧を素早く回収し、すぐに開かれた空の方へと駆け出すマーセディズ。

騎士用の鎧は着るのに少し時間が掛かるため、状況が落ち着いてから着用したほうがいい。

事実、外では侵入者を排除すべく2羽のナイトホークが待ち構えていたのだ。


「バーカ!」

「アホーウ!」

翼を折り畳みながら突撃を仕掛けてくる黒鳥たちをかわし、マーセディズは鎧を抱えたまま巣穴から身を投げる。

「マーセディズ!!」

地上ではジェレミーがシリアスな声で叫んでいるが、心配する必要は無い。

「バベル!」

ジャンプ力強化のマギアを再び唱え、銀色の騎士はそのまま地面へと叩き付けられた。

着地点を覆い隠すほどの砂煙が巻き上がる。

果たして、あの高さから落ちたマーセディズは無事なのだろうか……?

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