【15】BIRD WATCHER -風のマギアに乗って-
マーセディズから「ナイトホーク」の生態を一通り聞き、僕は切り立った岩場を注意深く調べながら森を進んで行く。
ナイトホークはその名の通り夜行性の鳥型モンスターであり、昼間は人間や陸棲モンスターが立ち入れない場所に作られた巣にいるらしい。
気質は比較的大人しいとされているが、巣まで近付いたら話は別だ。
ナイトホークが営巣するような場所は総じて足場が良くない。
そんな所で運悪く襲われた場合、足を踏み外し崖下へ転落する可能性もある。
捕獲しようにも死のリスクが付き纏うため、積極的に狩猟したがる狩人はあまりおらず、幸か不幸かそのおかげで個体数が保たれている。
だが、本職の狩人すら避けるモンスターに僕は挑もうとしていた。
今回の鎧探しのために僕は2つの便利なマギアを教わっている。
「ラスタースキャン!」
まずはサイキック属性の初級マギア「ラスタースキャン」。
これは使用者の周辺を魔力で走査し、その反射を基にモンスターの存在や地形を読み取るマギアだ。
広範囲を走査しようとすると魔力消費も跳ね上がるが、使い慣れれば非常に便利なのは言うまでも無い。
他にも狼煙代わりに使用できる「スターシェル」という炎属性マギアを覚えたが、こちらは後々使う時に説明する。
とにかく、目星を付けた岩場に対しラスタースキャンを使用してみよう。
「(足場は……ルートに気を付ければ上り下りできそうだな)」
目の前に立ちはだかる岩場は険しそうに見えたが、よく調べると僕の身体能力でも行けそうな道があった。
……道と言っても手足を掛けられる出っ張りがあるだけだが。
「(上に行くルートは確保できた。次はモンスターの巣を見つけたいけど……!)」
引き続きラスタースキャンによる走査を進めていくが、魔力消費のせいでさすがに疲れてくる。
このマギアはコストパフォーマンスの悪さでも有名なのだ。
あと10秒ぐらいで切らないと身体に悪影響を及ぼすかもしれない。
「(モンスターは……あっ、見つけた!)」
諦めかけていたその時、魔力の反射パターンが大きく変化した。
反射パターンの読み取り方はマーセディズに予め教えてもらっている。
「(形は鳥型、数は3羽――ん? 金属製の人工物が近くにある……!?)」
間違い無い、彼女の大切な鎧を盗んだ犯人はこいつらだ!
崖登りへ挑戦する前に僕は重要なことを思い出す。
「(そうだ! マーセディズに連絡しないと!)」
鎧探しのために散開する時、マーセディズからこう言われていた。
気になることがあったら必ず「スターシェル」で伝えろ。
一人で無理しようとするなよ。
その言葉を思い出した僕は人差し指を空へ掲げ、魔力を集中させる。
指の上に生まれた光球は少しずつ大きくなり、やがて太陽のような姿へと変わっていく。
「スターシェル!」
程よいサイズになったところで小さな人工太陽を打ち上げると、ゆっくりと降下しながら白い煙を上げ始めた。
魔力注入の仕方を調整すれば本物の太陽のように発光させられるが、今回はそこまでする必要は無い。
マーセディズから視認できる程度なら煙で十分だし、スターシェルも魔力消費が比較的大きいからだ。
この煙を見たら同じマギアで応答するという約束を交わしているが……。
「お……来た来た!」
僕がスターシェルを打ち上げた直後、自分のものとは異なる色の煙が頭上へと流れて来る。
誰のマギアかをすぐに判別できるよう、予め使用する煙の色を分けていたのだ。
僕は白色、マーセディズは灰色を使うように決めている。
そして、頭上を漂う煙の色は……灰色であった。
「(よし、崖登りを始めるとするか!)
そう思い手近な出っ張りへ足を掛けようとした時、僕の動きがピタリと止まる。
「(待てよ……? 風属性マギアで自分を飛ばせばいいんじゃないか?)」
簡単に行くとは思えないが、物は試しだ。
崖登りを僅か1mで中止し、僕は一番使い慣れている風属性マギア「ストリーム」の詠唱準備を開始する。
当然、発動させる方向は自分の足下である。
計算通りなら反動と風圧で上に吹き飛ぶはずだが、果たしてどうなることやら。
「ストリーム!」
次の瞬間、僕の小柄な身体は自ら巻き起こした風で宙を舞うのだった。
空は最高だ。
理由は分からないが、まるで高い所こそが自分の居場所のように思えてくる。
……しかし、僕は最も肝心なことを考えていなかった。
「(あっ! このままじゃ真っ逆さまに落ちるだけじゃないか!)」
上へ飛ぶだけなら確かに簡単だ。
だが、ストリームによる推進力を失ったら元の位置へ落ちるハメになる。
それを避けるには運動エネルギーを横方向へ変換し、眼前の岩肌にしがみ付かなければならない。
人間に翼は無いが、風属性マギアで無理矢理推進力を得れば……!
「ストリーム!」
両腕を後ろに突き出しながら、僕は何ら躊躇う事無くマギアを唱える。
その直後、降下へ移りつつあった身体にストリームの力が加わり、動きを制御できないまま僕は岩壁へ突き刺さってしまった。
傍から見たらさぞかし情けない光景だろう。
「イテテ……予想以上に勢いが付くから……!」
岩肌に埋まった状態から復帰し、僕は痛みが残ったままの頭をさする。
結構凄い勢いで叩き付けられたはずだが、幸運にも打撲程度で済んだようだ。
事実、それ以外に特に目立つ怪我は無かった。
中性的な外見のわりに頑丈なこの身体には感謝しなければ。
「(あの窪み……あそこから反応がある!)」
左の方を向くと、いかにも野鳥が営巣に用いそうな窪みを見つけることができた。
雨風は問題無く防げるうえ、日当たりも決して悪くない。
何より、陸棲の天敵が簡単に近寄れない断崖絶壁である。
仮に自分がモンスターだったら、一等地として真っ先にマーキングする場所だろう。
頭の痛みはとりあえず置いておき、僕は岩壁にしがみ付きながら慎重に進んで行く。
もう少し……あとちょっとで窪みの中の様子が見えるぞ!
「(もしもーし、誰かいますか……?)」
窪みのすぐ近くまで来たところで、僕は更なる追究のために状況を窺う。
自分以外の生き物の気配を感じたからである。
死角から薄暗い内部をチラチラ見ていると……やはりいた。
「(こいつがナイトホーク! デカい……なんて大きさだ)」
夜空をそのまま身に纏ったかのような黒い体色に器用そうな嘴――そして、ハンティングに特化した形状の趾。
「(鎧は……あっ! あった!)」
巣穴の奥の様子を探っていると、光沢を放つ物体が無造作に置いてあった。
おそらく、これらは目の前で眠っているナイトホークの「コレクション」だろう。
そして、その最前列には一際目立つ銀色の鎧が飾られていたのである。
間違い無い、ぐうぐう寝ているこいつらが鎧を盗んだ犯人だ。
目的のブツは見つけることができた。
さて、ここからどうやって回収しようか。
それなりに重量がある鎧を抱えながら下りるのは難しいし、そもそも僕の筋力では持ち上がらない可能性すらあり得る。
また、色々やっている間にナイトホークが起きてしまう事故も否定できない。
「ん? マーセディズ、ここまで来れたん――は?」
岩肌へ張り付いているのに背後から肩を叩かれ、それをマーセディズだと勘違いした僕は頑張って後ろを振り向く。
「バーカ!」
人をバカにするような鳴き声を上げ、一羽の巨大な黒鳥が僕のことを睨みつける。
あ……寝ている奴の家族でしたか。
「ええと……これには事情があって……うぎゃッ!?」
「バーーーカッ!」
不法侵入を謝ろうとした時、文字通り足蹴にされた僕は岩場から突き落とされてしまう。
眼下に広がるのは自然豊かな森。
軟らかそうな地面はどこにも無かった。
マズい、このままじゃさすがに転落死するぞ……!?
【サイキック属性】
相手の脳波を受信したり直接触れることなく物体に干渉するなど、現実世界では「超能力」と呼ばれるもの。
異世界スターシアにおいてはマギアの一種として扱われているが、習得可否の個人差が大きいのが特徴。




