【144】FARAWELL TRAVELERS
「……妹さんとのお別れは済んだかい、騎士様?」
シャーロットと医者兄妹に別れを告げてきたマーセディズが診療所から出てくると、玄関の横で壁にもたれ掛かっていたイレインからこう尋ねられる。
「ん? 妹の存在については教えていないはずだが」
「ジェレミーとキヨマサから聞いたのさ。まさか、オレたちにジェレミーを売り渡そうとしたのがアンタの妹だったとはな」
「……」
真相をしってしまったイレインの言及に対し、無言のまま俯くことしかできないマーセディズ。
「今更追及はしねえよ。彼女は自分の過ちに気付き、改心して少年たちを庇った――そういうことだろ?」
だが、イレインに姉妹を糾弾する意図は無かった。
彼女は銀色の騎士の左肩を軽く叩き、自分たちを厄介事に巻き込んだシャーロットを決して恨んでいないことを伝える。
「……ありがとう」
そう言われたマーセディズは感謝の言葉と共にイレインの右手を握り返し、最後にもう一度だけ診療所の方を振り返るのであった。
「(シャルル……達者で暮らせよ。ボクは……騎士としての務めを果たしに行ってくる)」
水属性マギア「ミクスレスト」で発生させた濃霧が晴れ始めている中、賢者レガリエルはマーセディズを含む全員を集めて転移マギアの準備を開始する。
「みんな、転移マギアでもう一度別の町へ跳ぶわよ」
次の目的地はアーカディアの遥か北に位置しているカクリコンという村。
理由は不明だが、レガリエルは最終目的地である「空の柱」に向かうことができないらしい。
そのため、僕たちはカクリコンの村で海を渡ることが可能なファミリアを借り、直接「空の柱」が建っている島へと上陸する必要があった。
「あなたたちのためにマギアを行使できるのもこれが最後。だから、転移先のカクリコンには最後の旅に役立つ道具もついでに届けておくわ」
寂しげな笑みを浮かべた後、それを振り払うように表情を引き締めながらお馴染みの転移マギア「スキマー」を詠唱するレガリエル。
「空間を跳躍せよ……『スキマー』!」
この声を聞くのも、この姿を見るのも今回が最後だ。
彼女が授けてくれた力と期待への感謝を胸に、僕たちは最果ての村へと跳躍する……!
「(行きなさい、あなたたちが信じるままに。未来はそんなに悪くない……悲観的にならなければ、自ずと希望が射し込むはずよ)」
真っ白に塗り潰された視界が元に戻った時、レガリエルの姿はどこにも無かった。
丘の下に小さな村が見えることから、僕たちはどこかの高台にいることが分かる。
吹きつけてくる風はとても冷たく、体感温度は夏に差し掛かる季節とは思えないほど低い。
「ここは……?」
「肌寒い風に群青色の海、そしてあの田舎っぽさ……間違い無い。ここはカクリコン――スターシア王国最北端の村だ」
腰に巻き付けていた上着を着込みながら僕が独り言を呟くと、それを聞いていたマーセディズは眼下に広がる村こそがカクリコンだと答える。
確かに、僻地且つ寒冷な気候であることを考えれば妥当な規模の村かもしれない。
「オコーン!」
「ピッピリッピッピー!」
村へ向かうために一歩踏み出そうとしたその時、僕とキヨマサとマーセディズにとっては聞き覚えのある鳴き声と共に近くの草むらから二つの影が飛び出し、まずは片方の影がマーセディズの足元へと歩み寄る。
「ルクレール! アスカ! そうか……お前たちも賢者様に転移させてもらったんだな!」
影の正体が置き去りにしてしまっていたルクレールであることに気付いたマーセディズは彼を抱きかかえ、短時間とはいえ放置していたことを謝りながら頭を撫でる。
「ピィッ!」
「悪い悪い、まさか賢者様にあちこち連れ回されるとは思ってなくてな……」
もう片方の影――アスカは主人であるキヨマサの左肩に止まり、不機嫌そうな表情をしながら自分に構うよう要求するのだった。
僕がこれまでの旅で訪れた町々とは比べ物にならない。
カクリコン村には一本の大通り以外の街路が存在せず、全ての建物が大通り沿いに軒を連ねている。
「村役場に宿屋、酒場、道具屋、住宅が数軒――なるほど、こりゃ迷わないな」
イレインが指摘している通り、この村にあるのは自治体としての最低限の機能だけだ。
それ以外の余計な建物――たとえば娯楽施設のようなものは一切存在しない。
「どうする? 『空の柱』へ行くにはワイバーンを借りなきゃいけないらしいが、牧場がどこにあるのかは聞いてないぞ」
そして、海越えが可能なワイバーンを飼育しているという牧場らしき施設も全く見当たらない。
イーディスは村の中をキョロキョロと見渡しているが、少なくとも見える範囲内に牧場は無いようだ。
「ああ、冒険者の基本は『町について分からないことは役場で尋ねろ』だ。村人の姿も見えないし、役場に行くのが確実だろう」
「イレインの言う通りだ。まずは村役場でワイバーン牧場の場所について教えてもらおう」
イレインの意見にマーセディズも同意し、満場一致の賛成で村役場へ向かうことを決定する。
「そういえば、道具を買うお金やワイバーンのレンタル料は大丈夫なの?」
ところが、シャーリーの一言で僕たちは重要な問題の存在に気が付いてしまう。
そう、お金だ。
「……いざとなったらいらない道具を売って工面するしかないな」
マーセディズは頭を掻きながら現実的な解決策を述べているが、果たしてこんな村の道具屋が不用品を買い取ってくれるのだろうか?




