【141】SILVER ARROWⅡ -シルバーアローⅡ-
「あの……僕も新しい弓矢が欲しいんですけど……」
失礼かもしれないとは思いつつそう尋ねると、賢者レガリエルは珍しく少し困ったような表情を浮かべる。
「ああ、ごめんなさい。あるにはあるんだけどね……」
反応を見る限り弓矢はあるようだが、彼女が宝物庫の奥から引っ張り出してきた「それ」は弓矢と呼ぶには巨大過ぎるシロモノであった。
「こういうロングボウしかないのよ。あなたみたいな小柄な少年には上手く使いこなせないかもしれない」
問題のロングボウの全高は成人女性2人分ほどに達しており、僕じゃなくとも普通の人間に使いこなせそうな物ではない。
「……とまあ、本当は調節機構があるからショートボウのように扱うこともできるんだけどね」
しかし、幸いにもリム部分には全高を変える調整機構が備わっているらしく、レガリエルはお茶目に笑いながらロングボウをショートボウ形態に切り替え、その状態で僕に手渡してくれる。
ロングボウ形態の大きさを考えると相当重いはずだが、不思議なことに実際の重量感は普段使っている名弓「シルバーアロー」とほとんど変わらなかった。
「それは魔力を通しやすい希少金属『リリニウム』で作られた、世界で唯一『射手の魔力で矢を生成できる弓』よ。武器としてはあらゆる面で既存の弓矢を上回るけど、矢を射るたびに魔力を消耗していくのが最大の欠点と言えるわ」
僕に渡してくれた調節機構付き弓の特徴について簡潔に説明するレガリエル。
矢を必要としない弓というのは非常に画期的だが、これまで以上に魔力管理が厳しくなるのは懸念事項かもしれない。
とはいえ、魔力の矢がどれほどの威力を発揮するのか分からないため、今のところは何とも言えないというのが実情だ。
「じつはその弓には名前が付いていないの。だから、新たな所有者であるあなたが好きな名前を付けてちょうだい」
聖剣「ストライダー」や烈火刀「ヨリヒメ」などと異なり、この調節機構付き弓には特定の名前がまだ存在しないらしい。
レガリエルは所有者となった僕に名前を付けろと勧めるが、そう言われてもすぐには思い浮かばない。
「好きな名前と言われても……」
調節機構付き弓と入れ替わるカタチでお役御免になりそうな「シルバーアロー」を眺めつつ、僕は一つの考えに至る。
今後同時運用することは無さそうなので、いっそのこと名前を引き継がせてしまおう――と。
「……いや、決めました。この新しい弓も名前を引き継いで『シルバーアローⅡ』と呼ぶことにします」
魔力式可変型名弓「シルバーアローⅡ」――それがこの弓の新しい名前だ。
「フフッ、良い名前だと思うわ。これで全員分の新しい装備が揃ったみたいね」
僕が極めてシンプルな発想で付けた名前を称賛し、全員に新たな装備が行き渡ったことを伝えるレガリエル。
「あ、そうそう……最後の仕上げにこれも渡しておかないと」
その直後、彼女は突然思い出したかのように埃を被っている棚へと近付き、そこに置かれていた金属製の腕輪をスカヴェンジャーの面々に向かって投げ渡す。
「マギアバングル……!」
ヴァル・ログ神殿の戦いで同じような物を借りたことがあったイレインは、その腕輪の正体がマギアバングルであることに気付く。
「もしかしたらジェレミーたちから聞いているかもしれないけど、それは魔力のコントロールに役立つマジックアイテムよ。『洗礼』で高まった魔力を有効活用するためには必須と言えるわね」
投げ渡したマギアバングルの使い道について説明すると、レガリエルはパンパンと手を叩くことで自らに注目するよう促す。
「さて、私にできることは次が最後ね。みんな、一度外に出てもらえるかしら」
賢者との別れの時は刻一刻と近付いている。
そして、彼女が言う「私にできる最後のこと」とは一体……?
「みんな……最後に一つだけ尋ねるけど、やり残したことは無いわね?」
宝物庫の扉を再び固く閉ざし、僕たちに対してそう尋ねるレガリエル。
「……一つだけあります」
僕を含むほぼ全員が頷くことで肯定する中、マーセディズだけは首を横に振って否定する。
「最後に妹と会わせてください。彼女の容態を確認してから『空の柱』に向かいたいんです」
僕は間接的にしか事情を聞いていないが、僕がスカヴェンジャーと出会うキッカケを作ったシャーロットはその後キヨマサたちと合流し、突然暗殺者に襲われた彼を庇い重傷を負ったらしい。
幸い命に別条は無かったものの、当分の間は冒険ができる状態ではないとのことだ。
あの時、なぜ僕を見捨ててスカヴェンジャーに捕えさせたのかは分からずじまいだが……。
「構わないわよ。ただし、今のあなたたちはお尋ね者で誰かに通報されたら大変だから、手短に済ませてちょうだい」
「ありがとうございます……!」
マーセディズの妹を想う気持ちを汲み取ったレガリエルは「用件を手短に済ませること」を条件に寄り道を認め、シャーロットが療養しているアーカディアの診療所へ向かうことを約束する。
「それが終わったら『空の柱』に最も近い村へと直接転移し、そこからワイバーンで海越えを行います。私が同行できるのはそこまでよ……それより先はあなたたちの力で突き進んでね」
一定範囲内の人間を転移させる特殊マギア「スキマー」を使用するため、レガリエルは詠唱準備をしながら座標をマーセディズが思い浮かべている場所に合わせる。
本来は座標合わせが難しい「スキマー」だが、賢者の能力を以ってすれば相手の思考を読み取ることなど造作も無いのだ。
「さあ、行きましょう! 空間を跳躍せよ……『スキマー』!」
レガリエルによる詠唱と同時に僕たちの視界は真っ白な閃光に覆い尽くされる。
視力が戻ってきた時、目の前に広がっていた光景は……。




