【139】TREASURE -より良いツールを手に入れろ-
「洗礼」を終えた僕たちは時計塔を下っていき、ノウレッジ・パレスの玄関ロビーへとやって来る。
ここで賢者レガリエルと使用人たちに見送られ、帰れるかも分からない旅路に臨む――かと思いきや、レガリエルは屋敷の外へ出てからもなかなか旅立ちの言葉を掛けてくれない。
「そうそう、最後にあなたたちに渡したい物がいくつかあるから、もう少しだけ付き合ってくれるかしら?」
それどころか彼女はまだ旅の準備を手伝ってくれるらしい。
なぜ、そこまでして僕たちに尽くしてくれるのだろうか?
「……邪神を討つ『強さ』と封じられた者を解放する『優しさ』を併せ持つ人間がいるのなら、この世界もまだまだ捨てたものじゃないわね」
また僕の思考を読んできたのか、こちらを振り向くこと無く独り言を呟き始めるレガリエル。
「色々な世界線で永い時を過ごしてきたけど、あなたたちのような強い子に出会ったのは久々のことなの。最後に見たのは……偶然にも私と同じ名前を持つ神様が存在する世界にいた、王族の末裔と呼ばれていた娘かしら」
彼女がどんな人生を歩んできたのかは全く想像できない。
もしかしたら人ならざる者なのかもしれない。
一つだけ分かることは……僕たちに多大なる信頼と期待を寄せ、旅を成功させるために力を貸してくれているという事実だけであった。
レガリエルの案内で連れてこられたのは、以前訪ねた時には全く気付かなかった古びた倉庫。
鉄製の扉を閉ざしている錠前はすっかり錆びついており、長きにわたり使われていないことが一目で分かる。
「うーん、やはり鍵で物理的に開けるのは難しいわね……ならば!」
経年劣化により鍵を回せないことに気付いた賢者はマギアで無理矢理解錠する――のではなく、大きく振り上げた右手で錠前自体を破壊してみせる。
普段の立ち振る舞いや賢者という肩書きからは想像できないパワーだ。
「ま、まあ……私だってたまには力技に頼ることもあるわ」
少しだけ力が入り過ぎたことを恥ずかしがりつつ、これまた重そうな鉄製の扉をゆっくりと開けていくレガリエル。
普通は屈強な女戦士が複数人必要そうな扉だが、彼女は軽く力を加えただけで鉄の塊を動かしてしまった。
「さあ、入って。ここは私が古今東西から集めた武具が眠る宝物庫……あなたたちのような強い決意を持つ者にならば、この武具たちを託してもいいでしょう」
思わず咳き込んでしまうほど大量の埃が舞っている宝物庫――。
その中に保管されていたのは、書物でさえ見たことが無いほど珍しい武具の数々だった。
「ねえねえ! ここにある武器は好きな物を持っていっていいの?」
「ソフィ! 昔みたいに何でもかんでも漁ろうとするのは……!」
好奇心旺盛な子どもにとっては全てが新鮮に映るのか、シャーリーは姉の制止を聞くこと無く宝物庫の奥へと進んでいき、強そうな武器を手に取っては茶色い瞳をキラキラと輝かせる。
「ええ、扱えそうな武具を必要なだけ持って行っていいわよ」
「やったー! おばあちゃん、ありがとう!」
「お、おばあちゃん……!?」
年寄り扱いされてしまったことに少なからずショックを受けているレガリエルを尻目に、自分とソフィでも扱えそうな短剣タイプの武器を探し始めるシャーリー。
この宝物庫には大剣や両手斧といった大型武器も多数保管されているが、これらはよほど屈強な者でなければ持ち運ぶことさえままならない。
体力的な負担を考慮した場合、万引きシスターズがまともに使いこなせるのはやはり短剣――ナイフやダガーといった限界だろう。
「はぁ……ソフィ、あまり欲張って身に余る武器を選ばないようにね」
未だに固まったままの賢者へ何度も頭を下げた後、シャーリーは双子の妹の武器探しに合流する。
体力的なハンデにより選択肢が限られる中、万引きシスターズが選んだ新たなる武器は……。
「うーん……ねえ、お姉ちゃん」
「何?」
大量の武器の山を漁っていたソフィは姉を呼び寄せ、その中から取り出した2種類の短剣を彼女に見せる。
それらは万引きシスターズが普段から使っているナイフとほぼ同サイズであり、短時間の練習でモノにできそうな武器だった。
「このナイフとこのダガー、どっちが欲しい?」
笑顔を浮かべながら妹がこう尋ねてきたのを受け、特に熟考すること無く銀色のダガーを手に取るシャーリー。
「そうね……私はカウンターで隙を突いていくのが得意だから、強いて言えばダガーかな」
容姿がそっくりな万引きシスターズは使用武器こそ同じようなタイプだが、得意とする戦闘スタイルは大きく異なる。
シャーリーは相手に大技を振らせた後、その隙を突いてカウンターで仕留める冷静沈着な戦い方を持ち味としている。
「じゃあ私は投げやすそうなナイフを選ぼうっと! もちろん、予備が必要だからいっぱい持っていくね!」
一方、ソフィは物を狙った場所へ投げる能力に長けており、投げナイフによる搦め手を活かした戦い方で数多くの獲物を仕留めてきた。
必然的に彼女の物となった金色のナイフは刺突・斬撃・投擲・魔力制御の全てに対応できそうな形状をしている。
「もう、ソフィったら……!」
予備という名目で金のナイフを集めようとする妹の姿にシャーリーは少し呆れていたが、言い分自体はごもっともなので珍しく咎めようとはしなかった。
聖短剣「カストル」と魔短剣「ポルックス」――。
この時の万引きシスターズは知る由も無かったが、これが双子の武器とされる金色のナイフと銀色のダガーの正式名称であった。




