【136】BAPTISM -聖域にようこそ-
現在、王都リリーフィールドでは国王直々の命令による箝口令が敷かれている。
その一方で最近は行方不明者が続出しているともいう。
「……! まさか、体制側は自分たちに不利な証言を潰すために口封じを……?」
暗に示された「事実」に気付いたイレインは眉をひそめ、その怒りからかフォークを持つ左手を震わせている。
「そう、そのまさかよ。そして……彼らのブラックリストには既にあなたたちの名前も追加されているはずよ」
「何だって?」
「あなたがジェレミーを攫ったのは国のエージェントの仲介があったからでしょう?」
「ど、どうしてそのことを知っているんだ……!?」
現場には居合わせていなかったはずのレガリエルからの指摘に対し、イレインは思わずそう聞き返すしかなかった。
「賢者には何でもお見通しなのよ。まあ、冗談はともかく……ジェレミーの身柄を未だに受け取っていない特殊業務課はあなたが仕事を果たしていないと判断し、あなたの周囲に探りを入れているはず」
ようやく自分の席に戻って腰を下ろすと、レガリエルは現時点で判明している特殊業務課の動向をイレインに伝える。
「あなたがジェレミーたちを匿っていることがバレたら、スカヴェンジャーの全員がお尋ね者扱いされる可能性も否定できないわね。現にこれまでの旅でジェレミーたちと関わってきた人々は、全員何かしらのカタチで特殊業務課にマークされている」
ヴァレリー、ガートルード、ディアドラ、ノーマン、ノエル、シルヴィア、ルシール、ヒューゴー、ジュリエット、ローレル――。
これまでの冒険において何かしらのカタチで僕たちを助けてくれた人たちが、そのせいで危機に瀕しているかもしれないというのだ。
これほどの事態に発展することは想像していなかったとはいえ、厄介事に巻き込んでしまったような気がして申し訳なく思う。
「『座して死を待つよりも戦いに生きる』――私の故郷に伝わる言葉よ。特殊業務課の監視に怯え続けるぐらいならば、いっそのことジェレミーたちと行動を共にするほうが安全かもしれないわね」
「集団防衛というヤツですな。ふむ……」
レガリエルから思い切った提案を受けたイレインは皿の上のおかずを平らげつつ、それを受け入れるべきか慎重に考え込む。
「(オレ様がジェレミーたちを匿っていることは既に察知されているだろう。アジトに調査の手が及んでいる可能性も高い。確かに、少しでも気を抜いてたら後ろからバッサリ消されるかもしれねえ。盗賊の死なんていくらでも偽装できるからな)」
自身とスカヴェンジャーの仲間たちの安全を考慮した結果、彼女は賢者の言葉通り「戦いに生きる」ことを決めるのであった。
「いいでしょう……オレは『プランB』に賭けることは嫌いじゃない。あいつらが降り掛かる火の粉を自分で払えるのならば、連れて行ってもいい」
とりあえず、「空の柱」へと向かう旅路の仲間にイレイン、イーディス、万引きシスターズの4人を加えることが決まった。
怪我が回復していればシャーロットも連れて行けるだろう。
「ごちそうさま……みんな朝食を平らげてくれたようで何よりだわ。まあ、ウチの使用人の料理は絶品だから当然のことよね」
僕たちの皿が空っぽになっているのを見渡したレガリエルの言葉を受け、彼女の後方に控えていたハツユキとセヴリーヌは静かに一礼する。
「あ、食後のティータイムは控えさせてもらうわ。今日は彼女たちの旅の準備を手伝うために忙しくなりそうだから」
紅茶が注がれたティーカップを配膳しようとしていた使用人たちを止め、ナプキンで口元を拭きながら席から立ち上がるレガリエル。
「みんな、今から『洗礼』を授けるための聖域に案内するけど……お手洗いとかは大丈夫? 聖域は一度入ると儀式を終えるまで出られないから、今のうちに済ませておいたほうが良いわよ」
途中退出が許されないほど神聖な行事である洗礼――。
それをこの身に授かった時、僕たちはどれほどの力を身に付けることになるのだろうか?
朝食を終えた僕たちは各々でお手洗いを済ませた後、賢者レガリエルを先頭にノウレッジ・パレスの廊下を進んでいく。
ひたすら階段を登っていくこのルートは前回の訪問時は全く通らなかった道だ。
「賢者様、ここは屋敷のどの辺りなんですか?」
それが気になった僕がこう尋ねると、賢者は前を向いたまま次のように答える。
「時計塔――厳密には『時計塔だった区画』の下の方ね。私がこの屋敷を買った時には時計塔は既に動いてなかったから、修復せずに儀式の間として再利用しているのよ。地上から遠く離れているほうが何かと便利なのよね」
そういえば、この屋敷には住み心地が悪そうな高い建物があったことを今更ながら思い出す。
数字盤が取り外されていたので気付かなかったが、高い建物の正体は正確な時間を知らせるための時計塔だったのだ。
下界との結びつきが薄く、それでいて寸分の狂いも無く時を刻んでいた場所――。
確かに、人智を超えた儀式を行うには相応しい空間かもしれない。
「はぁ……疲れたぁ! お姉ちゃん、おんぶして!」
「キツイのはみんな同じなんだから我慢しなさい。あと私の背中に寄りかからないで」
身体を鍛えているマーセディズやイレインでさえ息が上がるほどの階段だ。
年端もいかない万引きシスターズにとっては過酷な道程だろう。
「ごめんなさいね。本当は『エレベーター』という上下移動に適した乗り物を設置する予定なんだけど、私の設計を完璧に再現できる職人が見つからなくて……」
ソフィとシャーリーの遣り取りを見守っていたレガリエルは苦笑いしながら詫びを入れると、延々に続くかと思われた階段の終点を右手で指し示すのだった。
「……まあ、それはともかくここを登り切ったらゴールよ。もう少しだけ頑張りましょ?」
階段を登り始めてから15分ほど経っただろうか。
レガリエルが言っていた通り、最後の数段を登り切るとようやく階段が無い平坦な通路が現れる。
「ここから先は下界から隔絶された神聖な場所。畏まる必要は無いけど、あまり騒がないようにね」
彼女は通路の壁にある燭台へマギアで火を灯しつつ進んでいき、聖域を守る鉄製の扉の前へと辿り着く。
「********、*********************」
僕たちには聞き取れない謎の言語で呪文を唱えた次の瞬間、鉄の扉が重々しい音と共に開かれる。
「ようこそ、この世よりもあの世に近い場所――『聖域』へ」
賢者に促され恐る恐る足を踏み入れると、そこには時計塔内部を活用した巨大な空間が広がっていた。




