【133】WISE MANⅡ -賢者との再会-
僕たちが昨晩鍋を取り囲んでいた場所へ戻ってくると、そこではイレインと何やら見覚えのある女性が話し込んでいた。
「よう! おはようさん、昨日はちゃんと眠れたか?」
こちらの姿に気付いたイレインは朝の挨拶を交わしつつ、少し不満げな表情を浮かべながら僕たちに質問を投げ掛ける。
「お前らの事情はこの賢者様が教えてくれたぜ。ったく、そういうことなら先に相談してくれればよかったのによ」
「ボクたちが向かうべき場所は帰って来た者がいない禁断の地だ。必要以上の人数を連れて行くわけにはいかない」
それに対してマーセディズは客観的事実だけを述べるが、イレインに近付くと彼女の肩を叩きながら笑顔を浮かべる。
「でも、今のあなたなら信頼に足る『5人目』として共に旅するのも悪くない――かもね」
信頼できる者として認めていることを改めて強調すると、今度は見覚えのある賢者様――レガリエルに自分たちの所へ出向いてきた目的を尋ねるのだった。
「ボクたちに何か御用ですか、賢者レガリエル様?」
普通の旅人に扮していたレガリエルは帽子を脱ぎ、僕たちの姿を見ながら優しく微笑む。
「久しぶりね。数か月前に会った時よりも随分と逞しくなったように見えるわ」
王都リリーフィールドでロイヤル・バトルに参加したり、なぜかお尋ね者にされて逃避行を繰り広げたり、イレインの復讐に付き合ってこんな最果ての地まで足を運んだり――。
ノウレッジ・パレスでレガリエルと会った後の数か月間、今更ながらスターシア王国の色んな土地を様々な事情で巡ってきたものだ。
当初はここまで壮大な旅路になるとは思っても見なかった。
「遥か昔、ここに縛り付けておいた問題児の封印が解かれたのを察して様子を見に来たのだけれど……どうやら、その必要は無かったみたいね」
レガリエルの言う「問題児」とは魔神アラヴィアータのことだろう。
彼が賢者に封印されたという話は本当だったらしい。
「ごめんなさいね、あの悪ガキの始末までさせることになってしまって」
人智を超えた力を持っていた魔神を悪ガキ呼ばわりしつつ、自らの不始末が原因でトラブルに発展したことを謝罪するレガリエル。
「あ、頭を上げてくれよ賢者様! 元はと言えば勝手に『ヤスマリナのランプ』を持ち出そうとしたヤツが悪いんだからさ……」
それを見たイレインはバツが悪そうに両手を振り、全責任を最初にランプに触れたジークフリードへと擦り付ける。
死者に鞭を打つのは少しだけ可哀想な気もするが……。
「ありがとう。貴女、口は悪いけど根は良い子みたいね」
脱いでいた帽子を再び被り直し、レガリエルは自分のことを気遣ってくれたイレインをそう評する。
僕たちはイレインの人間性を知るまで少し時間が掛かったが、賢者の観察眼を以ってすればたった10分で相手を知ることができるらしい。
「さて……肌寒い野山で立ち話をするのも何だし、もうちょっと暖かい場所に移動しましょうか」
とはいえ、さすがの賢者も今日の寒さは堪えるようだ。
彼女は僕たちを一か所に集めると、今まで聞いたことが無いマギアを唱え始める。
……よくよく考えたら、暖かい場所に「移動」するマギアとはどういうことだろうか?
「空間を跳躍せよ、『スキマー』」
謎のマギアの詠唱が終わった次の瞬間、僕たちの視界は真っ白な閃光に覆い尽くされる。
一体どこに連れて行かれるんだと思っていると、わずか数秒後には突然尻餅をついたかのような衝撃が奔る。
まるで椅子に無理矢理座らされたかのような感覚だ。
それに朝方の寒さが無くなり、屋内にいるかのように暖かい。
「(眩しさで眩惑される……視力が回復しないと状況が分からないな……)」
キヨマサやマーセディズの声が聞こえる。
とりあえず全員無事且つ危険な場所ではないと判断し、僕はゆっくりと目を開けるのだった。
目を開けて真っ先に飛び込んできた物は、真っ白なテーブルクロスとその上に並べられた暖かい食事。
僕たちは大部屋であるグレート・ホールに連れてこられたようだが、この建築様式には明らかに見覚えがある。
「おいおい、アーカディアの東から一気にノウレッジ・パレスまで転移するなんて冗談じゃないぜ」
右隣に座っているキヨマサでさえ目を丸くしており、向かい側の万引きシスターズに至ってはキョトンとした表情のまま思考停止している。
「ノウレッジ・パレス……名前だけは聞いたことがあったが、まさか生きているうちにここへ招待されるとはな」
「あの賢者様はジェレミーたちの知り合いなんだろ? どうしてアタシたちまで連れて来られたのさ?」
初対面に等しい賢者の屋敷に招待され、その真意を図りかねているイレインとイーディス。
レガリエルが特殊な転移マギアを用いてまで僕たちを屋敷に連れて来た理由とは一体……?
「質問には一つずつ答えてあげるわ。さあ、遠慮せずに暖かい朝食を味わってちょうだい。あなたたちには万全の状態で『空の柱』に臨んでもらいたいからね」
使用人のハツユキとセヴリーヌのことを簡潔に紹介すると、屋敷の主である賢者は唐突に朝食会の開始を宣言する。
聞きたいことはいくつかあるが、彼女は一つずつ答えてくれるとのことなので、とりあえず僕たちは暖かい朝食にありつくのであった。




