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【132】BELIEVE THE FUTURE -未来はそんなに悪くない-

 ヴァル・ログ神殿に足を踏み入れてから何時間経っただろうか……。

リラックに別れを告げ神殿の入り口まで戻ってくると、外はすっかり日が暮れていた。

「あーあ、こりゃ今晩は野宿確定だな。今からアーカディアに帰ってもチェックポイントは閉じられてるだろうし、明日の朝一番にここを発ったほうが良さそうだ」

入り口に数時間近く繋げたままだったユニコーンの頭を撫で、水筒の水を飲ませながら野宿の準備を始めるイレイン。

彼女の表情は先ほどまで短時間死んでいたとは思えないほど清々しく、それでいて少しばかりの(うれ)いを帯びていた。

「オレたちは一応遠征になることを前提で装備を整えてきたが、そっちはどうだ? 飯を余分に作る程度の余裕ならあるぜ?」

「お言葉に甘えさせてもらう。ボクたちは日帰りで済むと思っていたんだが、一泊が必要になるのは想定外だったのでな」

一晩を凌いでから町に帰るべきというイレインの提案を、マーセディズと僕とキヨマサは二つ返事で受け入れるのだった。


 この日の夕食はスカヴェンジャーの面々が予め持ってきていた食材をベースに、マーセディズが10分で狩ってきたモンスターの肉を加えた鍋料理。

町の料理屋で作られるものよりは幾分か大味だが、命懸けの状況を切り抜けた後なので何でも美味しく感じられた。

「なあイレイン」

鉄鍋を囲いながら食事にありついていると、黙々とパンをかじっていたマーセディズが突然話を切り出す。

「何だ?」

「あなたは本当にあの願いで良かったのか? 18年間想い続けた幼馴染ではなく、ついさっき出会ったばかりの神様の幸せを優先して……」

彼女が話題に挙げているのは、イレインがリラックに伝えた「願い事」の内容についてだ。

どういった経緯でそういう考えに至ったかは分からないが、死んでいる間にイレインは考えを改めるほどの経験をしたらしく、最終的には「自分の願い事は叶えなくていいから、その代わりリラックを自由の身にしてほしい」と願った。

あの時はイレイン以外の誰もが「その願い事はさすがに難しいのでは」と思っていた。

しかし、彼女の誠心誠意を込めた「たった一つの願い」は確かに聞き届けられ、リラックを全ての呪縛から解き放つことに成功したのだ。


「……意識を失っていた時、幼馴染と会うことができたんだ。彼女は『失われた者ではなく未来を見つめてほしい』と言っていた。だから、オレは前に進み続けることを決めた」

鍋の外で調理していた肉の串焼きを手に取り、それを食べながら「死んでいた間」のことについて語り始めるイレイン。

「あるいは……『生と死の概念を覆す』という禁忌に触れるのが怖かったのかもな」

どちらが本当の理由なのかは分からない。

どちらの発言も建前なのかもしれない。

だが、一つだけ明らかな事実がある。

それは……彼女が忌まわしき過去を清算し、後腐れ無くこれからの人生を歩んでいけるということだ。

「ジークフリードがオレとアイリスに付けた傷痕は一生消えねえ。でも、ヤツもアイリスもこの世にはいない。傷痕を背負って生きていくのはオレ一人だけでいい」

肉を食べ尽くした串を食器洗い用の桶に放り込むと、気付けの一杯として持って来たブランデーを呷りながらイレインは微笑む。

その横顔は少しだけ寂しそうであった一方、焚き火に照らされる紅い瞳はこれからのことを真っ直ぐ見据えているように感じられた。


 食事を終えた後は後片付けを済ませ、昼間の戦いで疲れていた僕たちはすぐに眠りに就く。

夜はマーセディズとイレインとイーディスが交代で見張り番に当たっていたが、少なくともその時は「夜行性モンスターの縄張り争い」以外に目立った出来事は起こらなかったという。

異変が生じたのは翌朝のことであった。

「ねえねえ! 3人とも起きて!」

寝具が無い僕たちは雨風を凌ぐため神殿内の入り口に近い部屋で眠っていたが、足音を立てながらやって来たソフィの声で目覚めさせられる。

「オコッ!」

「はいはい、叩き起こしちゃってゴメンね。イレインが『すぐに奴らを呼んで来い!』って言ってたから」

無理矢理叩き起こされて不機嫌なルクレールを抱え上げ、彼の頭を優しく撫でるソフィ。

普段は飼い主のシャーロットとその知り合いにしか懐かないルクレールが、初対面に等しい相手に気を許すのは大変珍しい。

やはり、純真無垢な子どもの傍は安心できるということだろうか。


「どうしたんだ? 万引きシスターズの……シャーリーだっけ?」

「違うよ、私は妹のソフィ! よく覚えておいて!」

「おっと失礼……それで、俺たちを呼ばなきゃならない事態って何事なんだ?」

背筋を伸ばしながら即席の寝床から立ち上がり、キヨマサは得物と上着を取りつつシャーリー――ではなくソフィに事情の説明を求める。

「それが……あなたたちの知り合いだっていう女の人が来てるんだって。名前は確か……レガリエルとか言ってたっけ」

「レガリエルだって!?」

突然の来訪者の名前を聞いたマーセディズはすぐさま飛び起き、身だしなみを整えながら賢者がやって来た理由を頭の中で予想する。

「(例の魔神を倒したことと何か関係があるのか……?)」

魔神アラヴィアータとの戦いの時、彼はわずかながら「自分はレガリエルに封印された」という話をしていた。

結果的には何とかなったものの、一歩間違えれば大惨事に至るかもしれなかった行いを咎めに来たのだろうか?

「行くぞみんな。相手はどうか知らないが、ボクたちは賢者様に話したいことがたくさんあるからな」

僕たち3人は身支度を終えると、ソフィやファミリア2匹と共に神殿の外へ向かうのであった。

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