【130】LIRAC -古の罪と罰-
……。
何も聞こえない……何も見えない……。
そうか……私は死んだんだ……。
クソッ、死後の世界って……思っていた以上に暗くて寒い世界なんだな……。
本当にこれでアイリスと会うことができるのか……?
この先にあるのは……いや、もしかしたら天国も地獄も無いのかもしれない……。
意識が……どんどん遠のいていく……深淵に堕ちていく……のか……。
「――イン、イレ――……!」
……!
今のは……とても懐かしい声だ……。
少しだけ……世界の暗さと寒さが和らいだ気がする……。
もう聞くことは叶わないと思っていた、愛おしい声……。
「イレイン、あなたはまだ『こちらの世界』に来てはいけないわ」
ああ、まだ死ぬには若すぎると自覚しているけど……でも、もう疲れたんだよ……。
私は復讐のために……君の無念を晴らすために戦ってきた……そして、それは果たされた。
復讐を終えたらすっかり燃え尽きて……もういいかなって思ったんだ……。
イーディスや万引きシスターズ、それにジェレミーたちには悪いんだけどね……。
「やり残していることがきっとあるはずでしょう?」
やり残したことだって……?
「あなたがどれだけ願っても私は戻ってこない。生と死の概念を覆すことはできないのよ」
……そんなこと、君に言われなくたって知っていたよ。
ただ、わずかな可能性に賭けて「ヤスマリナのランプ」を探し続けていたんだ。
もっとも……あのマジックアイテムはとんだデタラメだったみたいだけど。
「そう……だから、失われた者のために願うのではなく……あなたの目の前にある『未来』を見つめてほしいの」
ま、待ってくれアイリス!
死人として時が止まった私の「未来」って何なんだ……!?
もう……もう私の前から消えないでくれアイリスッ!!
「ありがとう……そして、ごめんなさい。本当は私もあなたと一緒に居たいの……でも、死者と生者が共に歩むことはできない」
そんな……!
ならば、私も死者になればいい!
そうすれば永遠に君と一緒に居られるのに……!
「ダメよ! 18年前に死んだ私のことは忘れ去られているけど、あなたのことを待っている人はたくさんいるんだから……!」
アイリス……アイリスッ!
ああ……世界に光が満ちていく……!
なのに……君の姿は遠くなっていくなんて……。
「イレイン……私は何百年でも待っていられるから。だから……いつか『星の海』で会いましょう。その時は冒険の思い出をたくさん聞かせてね」
ヤスマリナのランプ自体が姿を変えるカタチで現れた金髪碧眼の美しい少女――。
エキゾチックな衣装を身に纏う彼女の第一声は感謝の言葉であった。
悪人では無さそうだが、如何せん正体が分からないので警戒を解くわけにはいかない。
「君は……何者だ? 『ヤスマリナのランプ』の中にいたというのは本当か?」
この場にいる者たちを代表し、聖剣「ストライダー」の柄に手を掛けながらこう尋ねるマーセディズ。
「はい、その通りです。私の名前はリラック。この世界が創られるよりも遥か昔に犯した大罪を償うため、ランプの中に魂を封印された者ですわ」
リラックと名乗る少女は自らが古代の罪人であり、それが理由で「ヤスマリナのランプ」に閉じ込められていたと語る。
「立て続けに質問して申し訳ないが、もう一つだけいいだろうか?」
「答えられるものであれば」
「君が姿を現す前にそのランプから出てきたのはとんでもない邪神だった。君と邪神には何か関係があるのかな?」
マーセディズが気になったのは「一つのランプにリラックと魔神アラヴィアータが両方封印されていた」という事実だ。
アラヴィアータが大暴れしていた時、リラックはランプの中で一体何をやっていたというのだろうか?
「いいえ、あのランプに封印されていたのは元々私一人だけでした。しかし、ある時外の世界から魔神がやって来て、私を暗くて狭いランプの隅っこに追いやったのです」
「ヤスマリナのランプ」から魔神が先に出てきた理由について簡潔に説明するリラック。
「そういえば、例の魔神はランプから出てきた時に『賢者レガリエルに封印された』と言っていたな」
「ええ、そのレガリエルという方は私の存在に気付かずランプを封印場所として選んだのでしょう」
例の魔神ことアラヴィアータは賢者レガリエルに封印されたことを恨んでおり、その復讐として彼女に会ったことがある僕たちを真っ先に狙おうとしていた。
その時はイレインのおかげで難を逃れ、結局彼女が魔神を倒してしまうことになるが……。
「……とにかく、勇気ある方が魔神を打ち倒してくれたおかげで私は再び外に出ることができました」
そう言いながらリラックは丁寧にお辞儀をすると、二度と覚めない眠りに就いているイレインの隣へそっと跪く。
「愚かな私を助けてくれた勇気ある御方……貴女を新たな『マスター』と認め、3つの願いを叶えましょう」
自身を解き放ってくれたイレインの胸に左手を添えつつ、もう片方の手で額を擦りながらリラックは聞き取れない呪文を唱え始める。
次の瞬間、僕たちはリラックの……封印されし者の「人智を超えた力」を目の当たりにするのであった。




