【126】LAST STANDⅤ -終わり無き苦闘-
「(アクタイオン……それほどの善き心を持ちながら、なぜお前は畜生に転生した……?)」
自らの命と引き換えに魔剣を浄化したアクタイオンの死を悼みつつ、その産物である真新しい大剣を地面から引き抜くマーセディズ。
先ほどまで「ニーベルンゲン」と呼ばれていたそれからは完全に邪気が消え去っており、例えるならば武器屋に陳列されている新品の剣と同じ状態だ。
「イレイン……この剣はお前に託す! 彼も……アクタイオンもそれを望んでいるはずだ!」
「待てよ! そんな大剣なんか使ったこと無いぞ!?」
「昔、騎士になるための訓練を積んでいたんだろう? その時のことを思い出せばいい!」
イレインが答えるよりも先にマーセディズは「無名の剣」を投げつけ、彼女がそれを使いこなしてくれる可能性に期待を懸ける。
「クソッ、そんな昔のこと……!」
自分の近くに飛んできた大剣を拾い上げると、イレインは新たな得物の剣先を目の前の落第騎士へ向けるのであった。
「……奴の裏切りは想定外だったが、それはいい」
奴――アクタイオンの離反については想定の範囲外だったと認めるジークフリード。
しかし、自分も度々行ってきた裏切り行為は許せても、大切な愛剣であったニーベルンゲンを道連れにしたことは許せないらしい。
「俺にとってニーベルンゲンは何よりも信頼できる物だった。正しい使い方をしている限り、武器は人を裏切らないからな」
落第騎士の男は苦楽を共にしてきた大剣に対する強い愛着を語る。
その表情だけは剣を振るう者に相応しいものであった。
「ま、失くしちまったもんは仕方ねえ……」
それに気付いた彼はいつもの憎たらしい飄々とした顔に戻り、拳を組んでポキポキ鳴らし始める。
「ニーベルンゲンだったその無名剣を取り返させてもらう。だが、俺はニーベルンゲン以外の剣を握る気にはなれん」
どうやら、ニーベルンゲンに並々ならぬ愛着を持つジークフリードは素手で戦うつもりのようだ。
「悪行の限りを尽くし、人々から様々なモノを奪い取ってきた男が何を言うッ! 貴様は奪い取られる側の気持ちを思い知ってから……死ねッ!」
慣れない大剣を構えつつ何とか体勢を整え、先制攻撃を仕掛けるべく駆け出すイレイン。
一騎討ちは第3ラウンドにまでもつれ込もうとしていた。
剣と素手――。
一見すると前者が明らかに有利だが、現実には両者の戦いは拮抗状態のまま進行している。
「クックック……あれだけの啖呵を切っておきながら、その無名剣を使いこなせてないように見えるなぁ?」
「チッ……!」
イレインが剣技を学んでいたのは18年以上も前のことだ。
その時の彼女は年端もいかない少女だったはずなので、子どもでも何とか扱える短剣のレクチャーしか受けていないと考えられる。
大人なら片手でも使いこなせる短剣と両手持ちがほぼ必須の大剣では、求められる体力と技術が全く異なるのだ。
ダガー使いのイレインが短時間で大剣を使いこなせるわけがない――。
悔しいがジークフリードの指摘は的を得ていた。
「反応速度は悪くないが、振り切った後の戻り方が遅い! それに懐がガラ空きなんだよ!」
弱点を見抜いた彼はわざと攻撃を空振りさせた後、次の動作へ移るまでの隙を突いて一気に間合いを詰める。
「さっさとその剣を手放しな!」
そして、大きく開いた右手でイレインの頭部を鷲掴みにすると、手の平から魔力を放出し彼女を数メートル以上離れた壁面まで吹き飛ばすのだった。
「……くッ、ダガーに慣れ切ったせいで大剣は手に馴染まねえ……」
壁面に背中から叩きつけられ、内臓を痛めたことで吐血を強いられてもイレインは「無名の剣」を手放さなかった。
だが、彼女のダメージは外野の僕たちが一目で分かるほどに蓄積しつつある。
このままでは本当に殺されてしまう。
何か……何か策は無いのか……?
「そうか……なるほどな」
「? マーセディズさん、何か分かったんですか?」
その時、僕と同じく戦いを見守っていたマーセディズが何かに気付いたらしい。
「彼女が剣を使いこなせていない理由は単純明快だ。スキルはあるが筋力が無い」
それを踏まえたうえで改めて戦いを観察してみると、確かにイレインは大剣を振るうためにかなり身体を酷使していることが分かる。
彼女の肉体はダガーを用いた高速戦闘に最適化されており、大きく重たい両手剣を扱うのには向いていなかったのだ。
「ダガーのような軽い武器を長時間振り回す持久力はあるが、両手剣を一気に振りかざすだけの筋力が足りないと見た。ジェレミー、両手剣を扱うにはこれぐらいの筋肉が無いとダメなんだ」
そう指摘しながら自らの右腕を見せてくれるマーセディズ。
適度に鍛え上げられたその右腕はある程度の太さを持ち、とてもじゃないがイレインの細い右腕とは全く比べ物にならなかった。
身体強化系マギアによる疑似的な筋力増強――。
その解決策は僕も思いついたが、同じ考えに辿り着いたマーセディズは否定するように首を横に振る。
「身体強化系マギアを使えば多少は筋力を補えるだろう。だが、今の彼女はおそらく魔力で負傷した身体をカバーしている。マギアの詠唱に回す余力は無さそうだ」
イレインは傷だらけの身体に魔力で鞭を打つことで何とか立っていた。
消耗し切った体力だけでは意識を保てず、残りわずかな魔力で強引に自分を動かしているのだ。
無理にマギアを使おうとしたら倒れて衰弱死してしまう可能性が高い。
「そんな……僕たちはただ見ていることしかできないんですか……!?」
「……彼女は自らの意思で一騎討ちに臨んだ。どのような結果に終わったとしても、自ら選んだ運命は受け入れるしかあるまい」
だが、僕の問い掛けに対する返答とは裏腹にマーセディズは唇を噛み締めている。
「泣き顔のまま骸にされる――そんな運命など、ボクもアイツも受け入れられるわけがあるまい……!」
「え?」
小さな声でボソボソと何か呟いた次の瞬間、彼女はキヨマサの方を振り向きながら大声で指示を出すのであった。
「キヨマサ! 君のマギアバングルをイレインに投げ渡せ!」




