【12】LONG JOURNEY -長い旅が始まる-
アナベルらしき人物は僕の姿に気付くと、右手を振りながらこちらへ駆けて来る。
「おはよう、ジェレミー。彼は……まだ来てないのかい?」
「アナベルさん! 仕事で王都に行くって……」
質問に質問で返すのは失礼だが、僕はそうせざるを得なかった。
なぜならば、「アナベルは急用が入って見送りには来れない」とキヨマサが嘆いていたからだ。
「ああ……じつを言うと、それは半分嘘だったんだ。王都まで足を運んだのは本当だけど、目的は仕事じゃない」
そう言いながら背中に携えた鞘を取り外し、僕へと手渡すアナベル。
「これを受け取りに行ってきたんだ。息子への餞別にね」
有無言わさずに押し付けられた鞘の中身を確かめる。
「剣……いや、カタナだ」
反りが入った独特な刀身は陽の光を反射し、美しい銀色に輝いていた。
武器に関しては素人の僕でも分かる。
このカタナはとても良い名刀だ。
「そのカタナの銘は烈火刀『ヨリヒメ』。異邦人の刀匠が鍛え上げたとされる、スターシアに10振りもない貴重な武器だ。キヨマサには大切に使うよう――」
ふと後ろを振り向いたアナベルの話が途切れる。
彼女の視線の先には旅支度を整えた「息子」が立っていた。
「アナベル……王都に行ったんじゃなかったのか?」
キヨマサも僕と全く同じ反応を示している。
「急いで仕事を片付け、なんとか見送りに間に合わせたんだ。たった今グッドランドに戻って来たところだよ」
アナベルは半分ほど嘘をついているが、彼女のために知らんぷりで誤魔化しておく。
「……ありがとう」
頭を掻きながら感謝の言葉を述べるキヨマサ。
彼の嬉しそうな表情は初めて見た気がする。
「3年前、お前との運命的な出会いが私を変えた。実の息子――亡き妻の忘れ形見だったガトーを喪い、絶望に沈んでいた私の心に……希望の炎を灯してくれた」
「息子……? 初耳だ、あなたに家族がいたなんて」
僕とキヨマサの疑問へ答えるように、アナベルは自らの過去を簡潔に語り始めた。
かつて、アナベルにはニナという美しく優しい妻、そして彼女との間に息子のガトーがいた。
元々病弱だったニナは出産から数年後に亡くなり、それからは幼い息子を自分一人で育てていく。
父の背中を追うように剣士となったガトーは優れた資質を持っていた反面、血の気盛んで無茶をしがちなきらいがあった。
彼は自らの欠点を克服しようと努力はしていたが、結果として死を招く要因になってしまう。
10年前、北の大陸より来たりし最大最強の怪物「テューポーン」との戦いが勃発。
七日七晩に亘る激しい死闘の末、スターシア王国は強大なバケモノを討ち取ることに成功する。
戦いの最終局面においてガトーは乾坤一擲の攻撃を仕掛け、人類側の勝利へ貢献した。
……自らの命と引き換えに放つ、最強の上級マギアと必殺技を以って。
かくして、スターシア王国は「星獣事件」と呼ばれる試練を乗り越えた。
しかし、当時「王国最強の剣士」と称されていたアナベルは息子の死をキッカケに引退し、故郷グッドランドであまりにも早い隠居生活へと移る。
それから数年後のある日、現役時代に何かと世話を焼いていた後輩のヴァレリーが訪れ、「ウチのギルドに来てほしい。契約金はいくらでも出す」と復帰を持ち掛けてきた。
最初は「もう私に剣を振るう気力は無い」「金で何でも買えると思ったら間違いだ」と拒否するアナベルだったが、「若い冒険者たちを育ててほしい」という後輩の懸命な説得に折れ、教育係という立場で久々に表舞台へ復帰。
そして、記憶を失った少年――キヨマサとの運命的な出会いを経て今に至る。
「他人の空似とは思えないぐらい似ていてな……髪の色は全く違うけど、顔立ちや性格は本当にそっくりだった――」
そう呟きながらアナベルは「息子」の肩を強く抱き締める。
「――キヨマサ、一度ならず二度も息子を喪うのは嫌なんだ」
「……大丈夫、俺には信頼できる友がいる。彼と一緒なら、どんな試練でさえ乗り越えられる――そんな気がする」
今、キヨマサが僕のことを初めて「友」と言ってくれた。
「そうだな……彼のことは信頼できる」
僕に向かって優しげに微笑むアナベル。
そこまで言うのなら彼女の期待に応えるしかあるまい。
「入団テストの時、キヨマサには何度も助けられました。今度は僕が彼へ報いる番です」
おそらく、烈火刀「ヨリヒメ」を預けてくれたのは、アナベルなりに僕のことを信頼できると判断したからだろう。
記憶を取り戻せた時は彼女やヴァレリー、そしてマーセディズへ真実を話さなければならない。
僕たちがどこで生まれ、どこへ往くべきなのかを……!
チェックポイントを通過し、僕とキヨマサは長い旅の第一歩を踏み出す。
「ジェレミー、忘れ物は無いか? 取りに帰るなら今のうちだぞ」
「大丈夫、私物なんて殆ど無いから!」
「そういえばそうだな。数日前にこの世界で目覚めた以上、寝る場所すら無かったか」
朝日の出が僕たちの旅立ちを祝福してくれる。
これから先の冒険でどんな試練が待っているか――それは分からない。
だけど、二人の力を合わせれば記憶を取り戻し、真実を知ることができるだろう。
そして、真実の先で僕たちを待ち構えているものは……。
【北の大陸】
スターシア王国とは「ランドグリーズ海峡」を挟むカタチで相対する、寒冷な気候の大陸のこと。
正式名称は「オリエント超大陸」であるが、この名前で呼ぶスターシア人は少ない模様。




