【122】LAST STANDⅠ -18年前の悲劇を越えて-
「イーディス……」
ジークフリードとの一騎討ちに臨む直前、イレインは仇敵に視線を据えたまま金髪のメガネ美人へと話し掛ける。
「何だ?」
「オレ様――いえ、私に何かあった時はスカヴェンジャーを引き継ぎなさい。そこから先は貴女の判断に任せます」
「盗賊ギルドのリーダー」として最後になるかもしれない指示を出すイレイン。
しかし、イーディスはその指示を受け入れることをハッキリと拒んだ。
「……嫌だね、そんなしおらしい話し方をされても困る。スカヴェンジャーにはアンタがいないとダメなんだ。アタシは人を率いるのが苦手だからさ」
「フフッ……」
それを聞いたイレインは少しだけ笑うと、両手に持ったダガーをクルクル回しながらファイティングポーズを取る。
「とにかく、結果がどうであろうとこれを最期の戦いにするつもりよ。だから――」
かつて、純粋に騎士を夢見ていた少女はもういない。
今、ここにいるのは……。
「――オレ様のラストダンス、しっかりとその目に焼き付けておけよ!」
イレインとイーディスが話している隙はジークフリードにとって絶好のチャンスだったはずだが、彼は余裕をかましているのかその遣り取りを静かに見守っていた。
「クックック……女友達との別れの挨拶は済んだようだな」
「ああ、思い残すことは無い。一つあるとすれば……まだ貴様を倒せていないことだ!」
武器をしっかりと構え、互いに最初の出方を窺おうとするジークフリードとイレイン。
「ジークフリード……覚悟ッ!」
先手を取って動き出したのはイレインの方だった。
彼女は残像が見えそうなほど不規則且つ鋭敏な動作で一気に間合いを詰め、ダガーによる連撃で落第騎士へと襲いかかる。
二刀流の利点を活かした華麗な連続攻撃は素人――少なくとも僕には避けられそうにないほど素早いが、それに晒されているジークフリードは余裕の表情を浮かべていた。
「なかなかにやるじゃないか、お嬢ちゃん。俺じゃなきゃ対応できないレベルの攻撃ではあるぜ」
「チッ、見れば見るほど憎たらしい顔をしている男だ!」
「『憎まれっ子世に憚る』って言うからな!」
彼は禍々しい姿に変貌した愛剣「ニーベルンゲン」で全ての攻撃を受け止めると、頃合いを見計らい反撃へと転ずる。
体格差や使用武器の違いから、パワーでは明らかにジークフリードに分があった。
「(パワーがある上にガードも堅いか……さて、どうやって切り崩せばいい?)」
馬鹿正直な戦い方では単純に押し負けてしまうと判断し、イレインは後ろに下がって一度仕切り直す。
対ジークフリード戦における彼女の強みは、元々の身体能力と軽装備に起因するスピード――そして、仇敵に対する底無しの敵意だ。
それらを活かせる立ち回りをしなければ彼女に勝ち目は無い。
「(ここの地形は少々シンプル過ぎる……ならば!)」
戦いの舞台である「封神の間」は人工的に掘られた地下空間であり、祭壇や崩落防止用の石柱を除くと障害物は無きに等しく、面積も決して広いとは言えなかった。
単純且つ狭いフィールドはスピードタイプのイレインの長所を活かしづらく、相対的にジークフリードに有利となってしまう。
「大地よ、怒り狂え……『ストーンエイジ』!」
バック転を繰り返しながら大地属性マギアの詠唱準備を終えていたイレインは、壁際まで後退し切ると同時にダガーを地面へ突き刺す。
その直後、膨大な魔力を流し込まれた影響で地面が次々と隆起していき、「封神の間」はまるで岩場のような風景へと変貌するのだった。
「うわぁー!」
「きゃあッ!」
イレインが起こした地形変化は僕たちが見守っている場所まで及び、ちょうど隆起する部分に立っていた万引きシスターズは一瞬だけ宙に舞ってしまう。
「君たち、大丈夫かい!?」
尻餅をついて痛がっていた二人の少女に手を差し伸べつつ、僕は改めて「ストーンエイジ」によって地形が一変した「封神の間」を見渡す。
これではまるで……。
「くッ、地形を変えるとは神様気取りのつもりか?」
僕が思っていたことをほぼそのまま代弁してくれるジークフリード。
大剣と盾と鎧で身を固めている彼にとって、足場が悪く上下に動かなければならない地形はかなり厳しいだろう。
逆に身軽なイレインは地形変化のデメリットを受けづらく、相手の動きを制限しながら戦いを進めることができるのだ。
「魔神に憑りつかれた男が何を言う!」
自身のマギアで生み出した岩場を軽業師のように飛び移っていき、ジークフリードに対し2回目の攻撃を仕掛けるイレイン。
正面から攻撃しても盾で防がれてしまう可能性が高いため、今度は防御できない死角から強襲するつもりらしい。
「俺はアラヴィアータ様の御加護を……正真正銘の『神の力』を授かっているのだ! お前のような『神様気取り』とは違うんだよッ!」
そう叫びながらイレインに向けて闇属性マギアらしきモノを放つジークフリードだが、正直なところ彼が「人智を超えた力」を発揮しているとは思えない。
人間の肉体ではポテンシャルを引き出せないのか、それともまだ手加減しているのか――。
とにかく、戦局を見守っている僕たちは「戦いはここから更に熾烈になる」ということしか予想できなかった。




