【121】EROSION -魔神に呑まれた者の末路-
「スターフラッシャー」――。
ロイヤル・バトルに向けた修行の中で学んだ光属性マギアを詠唱した次の瞬間、魔法陣から太い光の柱が出現しスカルプチャーたちを飲み込んでいく。
「……!」
「……!?」
「……?」
だが、光の柱に飲み込まれた骸骨戦士たちは苦しんでいるようには見えない。
彼らは持っていた武具を床に落とし、まるでリラックスするかのように力を抜いている。
「……!!」
「……!?!?」
「……??」
やがて、スカルプチャーたちの身体から光の粒子のようなものが現れ、骸骨戦士の姿が徐々に見えなくなっていく。
これが……アンデッド系モンスターを救済する「浄化」なのだろうか?
光の柱が消滅した時、魔法陣の中にいた8体のスカルプチャーの姿はどこにも無かった。
そこにあるのは彼らが遺していった武具だけであり、光の粒子以外に骸骨戦士の痕跡はもはや存在しない。
「はぁ……」
「ジェレミー! 大丈夫か……!?」
魔力を放出し切ったことで疲れが押し寄せた僕は倒れそうになるが、駆け寄って来たマーセディズが支えてくれたおかげで何とか体勢を立て直す。
まさか、スカルプチャーを全て一斉に浄化できるとは自分でも想像していなかった。
「あの少年……魔力が飛び抜けているわけではないが、光属性を扱えるだけの真っ直ぐな心を持っているようだな」
「な? オレ様の見込んだ通りだったろ?」
「気になるな、彼の前世が何者であったのか……」
その様子を見守りながら何やら話し合っているアクタイオンとイレイン。
ともかく、これで一件落着――というわけではなさそうであった。
「さーて、どこにいるんだい『魔神』さんよぉ? さっさと出てきたらどうだい?」
愛用するロングブーツの汚れを拭いながらイーディスが叫んだ次の瞬間、まるで彼女の挑発へ答えるかのように禍々しい紫色の煙が立ち込め、その中から例の「魔神」が姿を現す。
「クックック……いやはや、ここまで手際が良いとは想像していなかったよ」
ゆっくりと手拍子しながら自らの予想を超えていたことを認める「魔神」。
だが、余裕の言動とは裏腹に表情はとても険しかった。
心の中では苦虫を嚙み潰したような顔をしているに違いない。
「まさか、異界人でありながら光属性マギアを扱える者がいたとはな……」
そう言いながら一瞬だけ姿を消すと、次に「魔神」は僕の目の前へと出現する。
この男、やはり瞬間移動が使えるらしい。
「その力、お前の手には余ろう。我が脅威となる前に……ここで死ね!」
「魔神」の右手が振り上げられたかと思うと、目にも留まらぬ速さで突然僕の顔に襲いかかる。
マズい、これはさすがに捉え切れない……!
「ッ……!」
「魔神」の右手が僕に振り下ろされようと――いや、よく見るとその右手はダガーが刺さった状態で上に留まっている。
「ほう……我が手の甲に正確に投擲してくるとはな……!」
右手の甲に刺さっているダガーを左手で抜き、その場に投げ捨てながら持ち主の方へと視線を移す「魔神」。
「魔神だか何だか知らないが……オレ様の邪魔をするのならば神であろうと容赦はしない。貴様を倒して『ヤスマリナのランプ』を手に入れさせてもらうぞ」
常人離れした投擲技術で僕を助けてくれたイレインは残りのダガーを構え、本来の目的を果たすために「魔神」と戦うつもりでいるらしい。
「面白い……盗賊の小娘よ、我に歯向かうその勇気は気に入ったぞ」
彼女の強い決意を感じ取った「魔神」は不敵な笑みを浮かべると、先ほどと同じ瞬間移動でイレインの正面に立ちはだかる。
「お前が我に勝つことができたら、お前の願い事を3つ叶えてやろう……ただし!」
条件を提示しながら「魔神」は自らを紫色の煙で覆い、戦闘に適した姿へと変化させていく。
「お前が負けたらその魂を頂き、身体をタップリと愉しませてもらうぜ……お嬢ちゃんよぉ!」
禍々しい煙が消え去った時、そこに立っていたのは「魔神」に乗っ取られたはずのジークフリード本人であった。
「クックック……アラヴィアータ様に乗っ取られた時はどうなるかと思ったが、これほどの力が手に入るのならもっと素直に受け入れればよかった……!」
僕たち目の前でそう語っているのは確かに落第騎士のジークフリードだが、彼は魔神――アラヴィアータの人智を超えた力にすっかり魅入られていた。
「最高にハイな気分だ! 今ならば誰が相手だろうと絶対に負ける気がしねえ!」
魔神に憑りつかれた影響で変質した愛剣を力強く振り回し、ギラギラとした目つきで僕たちの姿を見つめるジークフリード。
その瞳には光が無く、歪んだ笑顔を浮かべる彼が狂気に飲み込まれていることは明らかだ。
「一騎討ちでも団体戦でも構わないぜ? どうせ俺が勝つんだから、せめてもの情けとしてお前らに有利な条件を呑んでやるよ」
この状態のジークフリードの実力は未知数だ。
人柱になることを覚悟の上で一人をぶつけてみるか、それとも7人+1匹で最初から袋叩きにするか――。
「堕ちるところまで堕ちたか……ジークフリードッ! いっそのこと地獄まで叩き落としてやろうか!?」
愛用のダガーを二刀流スタイルで構え、自らの人生を狂わせた元凶を迎え撃つつもりでいるイレイン。
……ここは彼女の復讐を肯定し、全てを託してみることにした。




