【120】ACTAEON -罪を背負いし獣-
「よいしょっと……ま、こんなもんかな」
僕たちがスカルプチャーを誘導しながら戦っている間、イレインの指示を受けたイーディスは足で地面に印のようなものを描き続けていた。
彼女の反応を見る限り、ようやくその作業が終わったらしい。
「魔法陣ができあがったのか?」
「ああ! みんな、この魔法陣の中に骸骨どもを集めてくれ!」
イーディスがずっと描き続けていたのは巨大な魔法陣。
魔法陣は強大な魔力をコントロールするために一番効率の良い方法であり、今回彼女が描いていたのは魔力循環を高効率化することで効力を高める「エクスパンション」と呼ばれるものだ。
「でかしたぞイーディス! 次の段階はオレ様に良い考えがある!」
次にやるべきことは魔法陣の中に敵を集めるという、一番大事だが面倒な作業。
イレインの言う「良い考え」とは一体……?
「(スカルプチャーは人間が死してなお動き続けている姿。『魔神』の指示を聞いているというより、安らかな眠りを求めて彷徨っていると表現するのが正しい。あの男は人の意思を操れると勘違いしているようだが……)」
スカルプチャーに限らずアンデッド系モンスターは出没が不規則なため、生態調査が進んでおらず具体的な性質はよく分かっていない。
ただ、貴重な観察結果から「生前の意思に従って行動している可能性がある」ということは判明している。
スカルプチャーが彷徨い求めているものさえ分かれば、その行動を誘導することができるかもしれない。
「(良い考えがあるとは意気込んだものの……ここから先は博打だな)」
そう思いながらイレインが道具袋から取り出したのは、手の平にギリギリ収まるサイズのガラス玉のような物体。
透明な球体の中心部では小さな太陽が光り輝いている。
「なあ、そんなマジックアイテムいつの間に用意してたんだ?」
「フッ、まあ見てろって!」
謎のガラス玉について尋ねるイーディスに向かって微笑むと、イレインは問題のマジックアイテムを魔法陣の中央めがけて投げつけるのであった。
彼女が放り投げたガラス玉は地面へぶつかると同時にパリンと割れ、中に収められていた「小さな太陽」がより明るく光り輝き始める。
「……!」
「……!?」
「……?」
僕たち人間にとっては何の変哲も無い光であったが、スカルプチャーたちには何かしらの大きな影響を及ぼしたらしい。
次の瞬間、8体の骸骨戦士はまるで「小さな太陽」へ導かれるように魔法陣の中央へと集まっていく。
「何だ……? 一体何が起こっているんだ?」
その挙動を不気味に感じたキヨマサは武器を構えて警戒を強めたものの、スカルプチャーたちは彼を相手にすること無くただ進んでいく。
「そうか……あの光に釣られているのか」
キヨマサが状況をよく飲み込めていない一方、アクタイオンは骸骨戦士たちが「小さな太陽」へ誘引されていることに気付いていた。
「盗賊の小娘が使ったガラス玉に収められていたのはただの光ではない。あれは『安らかな光』とでも呼ぶべきものだ」
「俺と同じ異界人なのに詳しいんだな、あんた」
「フッ、君とは人生経験が違うのだよ。前世で何年生きていたのかは知らないがな」
マジックアイテムについて妙に詳しいことを訝しむキヨマサに対し、解説をしながらいかに自らが博識であるかを誇示するアクタイオン。
ところが、そのマウントをきっかけに話題は思わぬ方向へと逸れ始める。
「アクタイオンって言ったっけ? あんた、前世について覚えているのか?」
「む? 俺は『前世で犯した罪』と『畜生に転生させられた理由』をハッキリと覚えているが……君は違うのかね?」
キヨマサとアクタイオン、そしてジェレミーは別の世界から転生してきた「異界人」という共通点がある。
だが、キヨマサとジェレミーには転生前の記憶は全く無い。
……ならば、なぜアクタイオンは前世のことを覚えているのだろうか?
「……俺は前世ではギリシャで猟師をしていた」
「ギリシャ?」
「この世界で例えるならパルテノンみたいな国だ」
アクタイオンの生まれ故郷は「ギリシャ」という国。
当然、この世界にそのような名前の国は存在しないが、似たような国を挙げられれば何となくイメージは湧く。
おそらく、古代文明の遺構が数多く残されている国なのだろう。
「猟師っていうのは野生動物を狩ることで食っていく仕事なんだが、あの頃の俺は必要以上に生き物を殺めていた」
天を見上げながら前世の記憶――ギリシャ人の猟師アクタイオン・デュカキスについて述懐するアクタイオン。
神話の狩人と同じ名前を授けられたその男の末路が、狩るべき対象であった「オオカミ」のような姿への転生とは何という皮肉だろうか。
しかも、前世で積み重ねた罪の記憶を残したまま……。
「でもよ、狩人なんてスターシアにもたくさんいるじゃないか。それなのにあんただけ罪人扱いとは可哀想だな」
アクタイオンの境遇に少なからず同情したキヨマサは彼の頭をポンっと叩く。
ジークフリードはともかく、モンスターに変えられてしまったこの男は悪人には見えなかったからだ。
「時代が悪かったのさ。俺が狩りをやってた頃は動物愛護運動が世界的なブームになっていて、少しでも動物に危害を加える行為は全て悪と見做されていた。当然、野生動物の命を奪う猟師は完全に悪役扱いだったんだ」
「狩りをしないでよく資源を調達できるな。それに、個体数調整を行わないと害獣が増えちまうんじゃないのか?」
狩猟採集が当たり前の世界に生きる者として当然の疑問を投げかけるキヨマサ。
仮にスターシア王国で狩猟禁止令が施行された場合、1~2週間ほどで物流に悪影響が出始めるだろう。
万物を植物質や人工物に置き換えられるほどの技術はまだ存在しないのだ。
「さあな……それは専門家の『詳しい意見』を参考にしてくれたまえ」
そう答えるアクタイオンは考えることをやめてしまった目をしていた。
キヨマサとアクタイオンが話し込んでいる間にもスカルプチャーの誘導は順調に進み、8体の骸骨戦士たちはお行儀良く魔法陣の中に入ってくれていた。
「こんなもんかな……よし! ジェレミー、お前の光属性マギアとやらを見せつけてやれ!」
一通りの準備を終えたイレインに促され、僕は魔法陣の外縁部を踏みしめるように立つ。
スカルプチャーたちは「小さな太陽」に夢中になっており、こちらを気にしている様子は無い。
「すぅー……はぁー……!」
深呼吸で魔力を放出する態勢を整え、右手首にはめているマギアバングルへ力を込める。
そして……!
「光よ、彷徨える魂を浄化せよ……『スターフラッシャー』!」




