【118】SUPERVILLAIN -人智を超えた魔神-
「気をしっかり保てジーク! そんな得体の知れないモノに乗っ取られるなッ!」
アクタイオンの必死の呼び掛けがジークフリードへ届いているようには見えない。
「クックック……」
例の禍々しい煙はいつの間にか消え去っていたが、先ほどまでそれに顔を覆われていた落第騎士の様子は明らかにおかしい。
まるで、人ならざる何かに憑りつかれているみたいだ。
「この男の魂はたった今潰えた。人間の心など脆いモノよ……」
いや、彼は明らかに変なヤツに憑りつかれている!
「それはどういう意味だ!? 貴様……ジークに何をしたッ!?」
牙を剥くアクタイオンの質問に対し、ジークフリードの身体を乗っ取った「何か」は次のように答えるのだった。
「我はお前たちが『ヤスマリナのランプ』と呼ぶマジックアイテムに封印されていた者なり……!」
とにかく、こいつがもはやジークフリードでは無いことは分かった。
「こいつが……こんな禍々しいヤツが『人智を超えた魔神』とでも言うのか……」
ランプのことを「願いを叶えてくれる便利な宝物」程度に考えていたイレインは愕然とする。
これは……もしかしたら危険なシロモノだったのかもしれない。
だから、先人たちはテンプルの地下深くに厳重に封印していたのだろう。
「うむ、3200年前に我を封印した賢者レガリエルもそう言っていた。『お前は人間の手に余る力を持っている。だから、誰にも迷惑を掛けぬよう永遠に眠らせる』――とな」
「レガリエルだって……!?」
賢者レガリエル――それは僕たちが向かうべき場所を教えてくれた人物。
彼女が3000年以上の時を生きていたこと、「ヤスマリナのランプ」に関わっていたこと。
その全てが衝撃の事実であった。
「この中にはレガリエルの加護を受けている者もいるようだな……フンッ、丁度いい。お前たちの首を賢者への反攻の象徴にしてくれるわッ!」
ジークフリード……いや、彼の姿をした「魔神」は大きな咆哮と共に魔力を放出し、僕たちの戦意を挫こうとしてくる。
「我の魔力を受け止めるにはいささか力不足だが、どうなるか見てみようではないか……」
そこに立っていたのは禍々しいオーラを全身から放つ、人の形を借りたバケモノそのものだった。
「さて、まずはお前たちの力を試させてもらう。我に弱者をいたぶる趣味は無いのでな」
不敵な笑みを浮かべながら「魔神」は右手を天に掲げ、そこに魔力を一点集中させる。
彼からある程度離れている僕や万引きシスターズでさえハッキリと感じ取れるほどの魔力だ。
あんなモノをまともに食らったらひとたまりも無い。
「出でよ、我が傀儡たちッ! その怨念を力に変えて、立てよ古の戦士!」
次の瞬間、空中へフワッと浮き上がった「魔神」は魔力の塊を床へ叩き付け、「傀儡」とやらの召喚儀式を開始する。
魔力が叩き付けられた所から光の柱が伸び、その中には人影のような姿が確認できる。
しかし、人間にしてはやけに細すぎるようにも見えた。
「ん……おい、何だアレは!?」
光の柱が薄くなっていき、徐々に明らかになってくるシルエット。
それの正体を察したキヨマサは思わず驚きの声を上げる。
「が、骸骨……?」
剣や斧を携え、ボロボロの鎧を身に纏った骸骨たち――。
「魔神」が召喚した傀儡とは、死してなお戦うことを強いられた戦士たちのことであった。
骸骨の戦士たちは不気味なカタカタ音を鳴らしながら突っ立っている。
おそらく、話が通じそうな相手ではない。
「彼らはスカルプチャー、志半ばにして倒れた古代戦士の成れ果てだ。身も心もすっかり朽ち果てているが、戦闘技術と敵に対する殺意は未だ錆び付いておらぬ」
骸骨の戦士――スカルプチャーについて丁寧に解説してくれる「魔神」。
僕はこれまで様々なモンスターと戦ってきたが、今回のようなオカルティズムな存在と相まみえるのは初めてだ。
「アンデッド系のモンスター……いや、モンスターとは言い難いかもしれないが、随分と難儀なモノを召喚してきたな」
それに対してマーセディズはある程度知識を持っているのか、計8体のスカルプチャーは厄介な相手かもしれないと冷静に分析する。
「アンデッド……生ける屍、か」
「ああ、奴らは普通に攻撃しても身体が残っている限り復活する。完全消滅させるか光属性マギアで浄化させないと倒せないぞ」
彼女によるとスカルプチャーは倒すのに一工夫が必要らしい。
……待てよ、光属性マギアならば僕に心当たりがある。
「マーセディズさん、あの骸骨たちへのトドメ……僕にやらせてくれないか?」
光属性マギア「スターフラッシャー」を習得している僕は、スカルプチャーのトドメ役を任せてくれるよう自ら志願する。
「聞こえなかったのか? 奴らを倒すには光属性マギアが必要なんだ。お前にそれほどの高難易度マギアを扱う力があるとは――」
「騎士の小娘よ、魔力の声が聞こえていないのはむしろお前のほうだ」
それを聞き怪訝そうな表情を浮かべるマーセディズの言葉を遮ったのは、意外なことに僕たちの敵である「魔神」その人だった。
「分からないかね? その少年から溢れ出んばかりの光の力を……」
彼は僕のことを指差しながら「光の力」――おそらくは光属性マギアの存在について示唆する。
「……なぜ、ボクたちに塩を送るようなマネをする? 貴様はボクたちの死が目的じゃないのか?」
「我は魔神ぞ? 少しぐらいお前たちにハンディキャップを与えたとしても、我の勝利に揺るぎは無い」
マーセディズの問いに対する「魔神」の答えは、人智を超越した者としての絶対的な自信であった。
「とにかく、我は軟弱との戦いは好まぬ。まずは課された試練を乗り越え、我と戦う資格があることを証明してみせよ」
そう言い残すと「魔神」は謎の力でそのまま姿を消してしまう。
「封神の間」には僕たちとスカルプチャーの集団だけが残されていた。
「どうする? 思っていた以上に事態が大きくなってやがる……!」
「どうするもこうするもあるかよ! この骸骨どもを全滅させて、神様気取りのあの男を引きずり出さないと!」
キヨマサとイーディスは顔を見合わせた後、互いに力強く頷きながら戦闘態勢を整える。
古の戦士たちを全滅させない限り、僕たちに生き残る道は無い。
「行くぞみんな! 一人一体ずつだ!」
「無力化したらジェレミーにトドメを任せる! お前らは骸骨どもを倒すことに集中しろ!」
マーセディズとイレインの号令――。
それが戦いの始まる合図となった。




