【117】SIEGFRIED -忌まわしき記憶-
僕たちがヴァル・ログ神殿の最深部に至る通路へ辿り着いた時、どういうわけかイレインから聞いていた「封印」とやらは確認できなかった。
「封印が全て解除されている……!? まさか、これを全て突破できるような実力者が『ヤスマリナのランプ』を狙っているというのか……」
それに動揺しているのは何を隠そうイレイン自身だ。
彼女は「封印を解除できる『ヴァニッシュ』を使いこなせる人間などそうそういない」と高を括っていたが、一足先に神殿へ侵入していた先客が「使いこなせる人間」だったのはさすがに想定外であったらしい。
「先客がどういう人間なのかは分からないが……とにかく、急がないとマズイかもしれん」
焦りの表情を浮かべるイレインを先頭に、僕たちは最深部――「封神の間」を目指し歩いていく。
そこに待ち受ける「ヤスマリナのランプ」とは一体……?
「……むッ、気を付けろジーク。追っ手が来ているようだ。それも大勢!」
アクタイオンはモンスターに転生させられて良かったことが一つだけある。
それは前世では考えられないほど優れた嗅覚と聴覚を得られたことだ。
そのおかげで皮肉にも世界がとても広くなったように感じられ、遠くにいる視界外の人間の動きも手に取るように分かる。
「聞こえているのか? ランプで遊ぶよりも追っ手をどうにかしたほうが良いぞ」
だが、彼の信頼できる警告にジークフリードは耳を傾けようとしない。
……あるいはその警告をわざと無視しているのか。
「人数は7。女5人に男2人の変則的な構成で、そのうち2人はまだ子どもか。実力は分からんが、この人数を同時に相手取るのは厳しいぞ」
無駄だと思いつつも追っ手――ジェレミーたちの戦力を詳細報告し、入り口の方を振り返るアクタイオン。
「来たか……!」
「そこまでだッ!」
彼の予想通り、「封神の間」へやって来たのはイレインに率いられた7人組の冒険者たちであった。
「も、モンスターが喋ってる……!」
「「あ、本当だ!」」
僕と万引きシスターズが最初に気になったのは、中央の祭壇に立っている騎士らしき男――ではなく、その隣でこちらを見つめているオオカミ型モンスターの方だった。
「初めて見るかね? 人語を話すモンスターは」
モンスターは流暢なスターシア語を話しながらゆっくりと近付いてくる。
「それ以上近付くな! 忠告を無視するのならば剣を抜くぞ!」
「人語を操るケダモノか……毛皮をひん剥いたらさぞかし高値で売れそうだぜ」
彼がただのモンスターではないと判断したマーセディズとイレインは、僕たちの前に出ながら威嚇のために武器を構える。
「フッ、君たちに恨みは無いが……俺には『ヤスマリナのランプ』を手に入れるべき理由がある。邪魔をするのならば……」
僕たちを恨む理由は無いと前置きしつつも、自らの信念のために戦う必要があると語るオオカミ型モンスター。
「我が牙で肉を引き千切り、この顎で骨を噛み砕いてくれるわッ!!」
鋭い牙を剥きながら雄叫びを上げ、臨戦態勢へ移行するオオカミ型モンスターだったが……。
「クックック……その必要は無いぞアクタイオン」
マーセディズたちとオオカミ型モンスター――アクタイオンが互いに動き出そうとしたその時、騎士らしき男が振り返りながらこう語り掛けてくる。
「お前たちはこの世を統べる男の前に……ん?」
「お、お前……まさか……!」
男とイレインは面識があるらしく、互いに顔を見合わせたまま視線を動かさない。
どちらにとっても予想外の再会みたいだが、これが感動の再会のようには見えなかった。
「ジークフリード……アイリスの命と私の純潔を奪った男……元凶めッ!」
幼馴染を蘇らせるための手段を探しに来たら、その幼馴染を殺した男と偶然再会した――。
「(この男も『ヤスマリナのランプ』が目的なのか? くッ、一体何のために……!)」
忌まわしき記憶と混乱が湧き上がってくるのを何とか堪え、人生を狂わせた元凶に対し愛用の武器「リモネシウムダガー」を向けるイレイン。
「これはこれは……あの時のお嬢ちゃんじゃねえか。随分とイイ女に……犯し甲斐のありそうな身体に成長したもんだぜ!」
一方、「ヤスマリナのランプ」を手中に収めたことで余裕を見せている男――ジークフリード。
「まあ、お嬢ちゃんで愉しむのは後でいい。それよりも『ヤスマリナのランプ』は俺が先に使わせてもらうぜ」
「お前はあの時から何も変わっていない! 破廉恥極まりない男め……!」
過去のトラウマを抉るような言動でイレインを挑発しつつ、落第騎士の男が次に取った行動は……。
「さあ、出でよ魔神! 我が望みを叶えてみせよ!」
ジークフリードは「ヤスマリナのランプ」を高く掲げ、魔神なるものを呼び出すために呪文を唱え始める。
「出でよ魔神! この俺に力を授けろッ!」
……しかし、何も起こらない。
「……どうした? 何が足りないんだ?」
「おいおい、もしかしたらそれ……偽物じゃないのか?」
「偽物ォ? クソッ、こんな所まで来たのにそりゃ無いぜ!」
イレインに「偽情報を掴まされたんじゃないのか」と笑われ、疑い深く秘宝をグルグルと見回すジークフリード。
本物には制作者のサインでも入っているのだろうか?
「よく分かんねえなあ……中身も確かめてみるか」
あまりに不審に思ったのか、無謀にもジークフリードは「ヤスマリナのランプ」の蓋を開けて中身を覗き見ようとする。
パかっと蓋が開いたことにツッコみたくなるが、もう少し彼の様子を見守ってみる。
面白い――いや、何か変化が起こるかもしれないからだ。
「おーい、魔神さんよぉ……居留守でもしてんのか? 早く出て来やがれ――!?」
ジークフリードが「魔神」とやらに呼び掛け始めたその時、蓋を開かれた「ヤスマリナのランプ」の中から紫色の禍々しい煙が現れ、落第騎士の顔を入道雲のように覆ってしまう。
「うおッ!? 何じゃこりゃ!?」
「ジーク! 大丈夫か!?」
「お、俺の意識を乗っ取るつもりかッ……!」
相方の異変を察したアクタイオンはすぐに紫色の雲を吹き飛ばそうとするが、ジークフリードから放たれる「魔力の奔流」に阻まれ跳びかかることができない。
「ケダモノ! 一体何が起こっているんだ!?」
「分からん……だが、このフーリガン化は明らかに異常だ! お前たちも気を付けろ!」
「一時休戦だ、ボクたちも加勢するぞ!」
イレインとマーセディズも想定外の事態に対応するため、一時的にアクタイオンと協力することを決める。
ジークフリードに襲いかかり、彼の意識を乗っ取ろうとしている紫色の雲――。
あれこそが「人智を超えた魔神」の正体なのだろうか……?




