【111】IN THE DISTANT PAST -生まれも育ちも違うんだよ-
「……」
「……」
互いに相手の出方を窺っているのか、臨戦態勢のまま一歩も動かないマーセディズとイーディス。
「なあ、スターシアン・ナイツの騎士様……あんた、ジェレミーのことを探しているんだろ?」
先に行動を起こしたのはイーディスの方であった。
「彼を探しているのは事実だが、それ以上言うべきことは無い」
「ふーん……」
彼女の質問を罠だと踏んだマーセディズから返ってきたのは、必要最低限の答えのみ。
積極的に話し合いに応じてくれる気は無さそうだ。
だが、事情を知っているイーディスは僅かな可能性に賭けるべく「取引」の話を切り出す。
「アタシさ、彼が置かれている状況を知っているんだよ。じつを言うと、彼とはぐれてしまって困ってたんだ」
「……」
「今、彼はリーダーと行動を共にしているはずだ。分断されたのはついさっきのことだが、早めに合流しないと何が起こるか分からん。このテンプルにはトラップが多いみたいだからな」
噓偽りの無い「真実」を話し切ったところで、彼女は最後の一押しを放つのだった。
「……聡明な騎士様なら、こんなところで争っている場合じゃないと分かるはずだ」
この女は嘘は言っていない――。
「……要求は何だ?」
そう判断したマーセディズは少しだけ剣を下ろし、「話だけは聞いてやる」という意志を示す。
「なーに、簡単な話だ。ウチのリーダーに合流するのを手伝ってほしい。彼女はジェレミーと行動を共にしているはずだから、あんたも目的の人物に辿り着けて悪い話じゃないと思うがな」
イーディスが持ち掛けた条件とは、簡潔に言えば「自分はジェレミーの居場所に見当が付いているから、そこへ行くまでは争わずに共闘すべき」という内容だ。
「協力してくれるのなら、黒髪の少年を今すぐ解毒してやってもいい。毒属性マギアは対処が遅れると取り返しのつかないことになるからな」
「むぅ……!」
喉から手が出るほど欲しい解毒薬をチラつかせてくるイーディスに苛立ちを抱きつつ、部屋の奥でうずくまっているキヨマサの方へ視線を移すマーセディズ。
「(俺のことは気にするな。それよりもジェレミーを見つけることを優先してくれ)」
それに気付いたキヨマサはジェスチャーで意思表示を行うが、会話さえ困難なほどの毒に侵されていることは明白だ。
このままでは彼の命も危ない。
「……分かった。お前の要求を呑もう」
二人の少年の命を守るため、マーセディズはやむを得ず金髪メガネ美人の要求を受け入れるのであった。
「さすがはスターシアン・ナイツの騎士様。物分かりが良くて助かるね」
完全対立の可能性を避けることができたイーディスは不敵な笑みを浮かべると、自分に対する信頼を確固たるものとするべく直ちに次の行動へ移る。
「それじゃ、約束通りまずは少年の解毒に取り掛かるとするか」
彼女は上着の内ポケットから紫色の液体が入った小瓶を取り出し、樽の向こう側でうずくまっているキヨマサへ投げ渡そうとする。
「……待てよ、投げても多分受け取れないよな」
だが、小瓶を投げようとしたところでその動作を中止するイーディス。
苦しそうなキヨマサは上手く受け取れない可能性があると判断したからだ。
「じゃあ普通に渡せよ」と思うかもしれないが、警戒心が強いイーディスは信頼していない相手に背中を見せるような女ではなかった。
「(しかも、この解毒薬は尋常じゃなく苦い。普通に渡してもこの容量を飲み切らせるのは難しいぞ)」
解毒薬に限らず所謂「ポーション」の類は一定量以上服用しないと効果が出ない。
とてもじゃないが飲めたモノじゃない解毒薬を確実に摂取させるため、イーディスが取った行動とは……。
解毒薬の投げ渡しを諦めたイーディスは小瓶の蓋を開けると、何を思ったのか紫色の液体をグイっと飲み干し始める。
「お、おい! お前は何をしている!?」
動揺するマーセディズを尻目に紫色の液体を口一杯に含み、相変わらず毒に苦しんでいるキヨマサの所へと歩み寄るイーディス。
「は、早く解毒薬を……んんッ!?」
次の瞬間、小動物のように頬を膨らませた彼女は黒髪の少年に無理矢理口付けし、予め口に含んでいた解毒薬を流し込む。
「な、なんて破廉恥な女なんだ……!」
こういった行為にあまり免疫が無いのか、両手で顔を覆いながら非難するマーセディズ。
「いひおふー!」
色々な意味で赤くなっているキヨマサは何を言っているのか分からない。
「ぷはぁ……ちゃんと全部飲み干さないと効かないぞ。少しでも吐いたらブッ飛ばしてやる」
イーディスの物騒な脅し文句が効いたのか、喉を鳴らす音が聞こえるほどの勢いで解毒薬を飲み込むキヨマサ。
初めは何とも言えない表情を浮かべる彼だったが、解毒薬の不味さを感じ始めた途端苦々しい表情へと変わっていく。
「うげぇ……! チクショウ、何て味だ……!」
だが、弱音と悪態は吐いても解毒薬まで吐き出してしまうことは無く、黒髪の少年はクソ苦い紫色の液体を見事飲み切るのであった。
「どうよ? 一人で飲むよりは色々と効くだろう?」
口を拭きながら飄々とした表情でこう尋ねるイーディス。
何の躊躇いも無く行動していたのを見る限り、そういった行為に慣れているのかもしれない。
「(この女……今の仕事に就く前は……)」
相変わらず渋い顔をしているマーセディズが薄々勘付いていることを悟ったのか、金髪のメガネ美人は苦笑いしながらその疑問に答えるのだった。
「ああそうさ、アタシは娼館で生まれ育った下賤な女さ。あんたみたいなウブな騎士様とは生まれも育ちも違うんだよ」




