【109】CONCENTRATION -戦士たちは運命に導かれる-
ヴァル・ログ神殿のトラップを解除できる部屋である「制御室」を目指し、僕とイレインは真っ暗な通路をひたすらに進んでいく。
この辺りは「先客」が通らなかったのか、光源として頼りになっていた光属性マギア「シャイン」は設置されていない。
「……イレインさん」
「何だ?」
石造りの通路を歩く足音だけが反響する中、沈黙に耐えかねた僕は思い切って質問をぶつけてみた。
つい先ほどから気になっていた事についてだ。
「テンプルの構造について詳しいみたいですけど、ここ以外にも入ってみたことがあるんですか?」
イレインは「ヴァル・ログ神殿以外に奥深くまで入れるテンプルは無い」と言っていたが、だとすると彼女は他のテンプルの状態を知っているのだろうか。
この切迫した状況で答えてくれるのか不安だったが……。
「最深部は崩落していて進めないが、その手前まで入れるテンプルにはいくつか足を運んだことがある。最深部は神域とされていたからか、徹底的に破壊されていることが多いんだ。古代人がどれだけ神様を憎んでいたかを窺い知れるな」
そう語るイレインの話し方はとても理知的で分かりやすく、なぜ学者ではなく盗賊としてくすぶっているのか理解し難い。
「4年前に侵入したテンプルはここと同じようにトラップが生きていて、危うく遭難死しかけたこともあったな! ったく、あの時は久々に死を覚悟したんだぜ!」
しかも、生きて帰れるか保証できない極限状況でも彼女は余裕の表情を浮かべている。
精神的にとても成熟している人物なのだろう。
もしかしたら、本当は良い家で生まれ育ったお嬢様だったのかもしれない。
……待てよ?
「あの時は久々に」という発言は、「前にも死にかけたことがある」という前提で言っているのだろうか。
「やっぱり、盗賊をしていると命の危険が付き物なんですね」
この時、僕は別に失言をしたとは全く思っていなかったし、今でも無礼ではなかったと信じている。
「……大切な人の後を追う勇気がオレに――いや、私には無かったからこんなことをしているのよ」
だが、ほんの少しだけ過去を語ってくれたイレインの表情はとても悲しそうで……そして、その瞬間だけはまるで別人のような話し方をしていた。
ジェレミーたちが神殿内を探索していた頃、食事と仮眠以外は休み無しで山道を突き進んできたマーセディズとキヨマサは、その甲斐もあって予想よりかなり早くヴァル・ログ神殿へ辿り着くことができた。
「こいつは驚いた……! こんなところに建物があったとはな」
テンプルの存在自体は知識として多少知っていたとはいえ、初めて見る実物に驚きを隠せないキヨマサ。
人里から遠く離れた山奥に建設資材を輸送するのは手間が掛かる。
今と違って走破性に優れる馬車が無かった時代、この地まで石材を運んで来るのはかなりの重労働だったに違いない。
なぜ、こんな山奥をテンプルの建設場所として選んだのか――。
祀っている神様との関係が理由だと考えられるが、正確なことは誰にも分からない。
かつてテンプル建設に携わった人々は「人類に仇なし、神の側に付いた裏切り者」と決め付けられ、全員処刑されてしまったからだ。
「ああ、ボクも町外れに住むお年寄りに話を聞いて初めて知った。テンプルの跡地には依頼で何度か訪れたことがあるが、ここまで完璧に残っている場所を見たのは初めてだ」
自分も知らなかったという趣旨の発言をしつつ、ここまで頑張ってくれた愛馬エンツォの鼻を撫でて労うマーセディズ。
「……ふむ、どうやら既に『先客』がいるみたいだな」
エンツォを繋ぎ止めておく場所を探していると、彼女は『先客』が乗ってきたと思わしき4頭のユニコーンがいることに気付くのだった。
「ヒヒーン?」
「君たち、飼い主がどこに行ったか教えてくれないか?」
まるで人間と話す時のようにマーセディズがこう尋ねると、4頭のユニコーンは一斉にテンプルの方へと首を振る。
ユニコーンは極めて高い知能を持つファミリアであり、簡単な指示であれば人間の言葉さえ正確に理解できるうえ、人間でも分かるように身振り手振りで答えてくれるのだ。
おそらく、「突然現れた銀髪の人間が飼い主たちを探しに行ってくれる」と考え、ユニコーンたちは素直に質問へ答えたのだろう。
「繋ぎ止めるのに使ってあるロープの結び目はかなり固いな。これはほんの数時間前に結ばれたモノと見て間違い無い」
ジェレミーを連れて行った連中はテンプルの中にいる――。
断片的だった情報が確信へと変わった瞬間、マーセディズたちは何の躊躇いも無く石造りの神殿へと足を踏み入れるのであった。
テンプル内の通路に残されている「シャイン」を頼りに進んでいくマーセディズとキヨマサ。
建物の構造をある程度把握しているイレインやジークフリートと異なり、人探しに来たマーセディズたちは分かれ道の小部屋まで一つ一つ調べていく。
「へぇ、神殿というわりには居住区域もしっかり作られているな」
「神々が信仰されていた頃は『聖職者』という人が常駐し、神殿の維持管理や巡礼者の案内を行っていたらしい。ここら辺は聖職者の生活空間だったのだろう」
好奇心旺盛なキヨマサの疑問に可能な限り答えながら歩いていると、マーセディズは部屋の一つから明かりが零れていることに気付く。
「しッ……静かにしろ。いつでも武器を抜けるよう準備しておけ。『先客』を見つけてしまったようだ」
彼女はキヨマサに対して戦闘準備を整えるよう促し、入り口の角に身を隠しながら部屋の中を覗き込む。
「(大人1人に子ども2人か……ここに来る理由があるとは思えんな。一体に何が目的なんだ?)」
マーセディズが確認したのは部屋の中をくまなく調べようとしている、子ども2人を引率する女冒険者――イーディスの後ろ姿だった。




