【105】THE DOCTOR -ヒューゴーって何者?-
ヒューゴーの診療所に運び込まれたシャーロットはすぐに緊急手術を受け、とりあえず危機的状況は脱することに成功した。
とはいえ、術後に容態が突然悪化する可能性も考慮しなければならないため、しばらくの間は入院患者として面倒を見てもらうことになった。
「今のところは安定しているし、悪い兆候は見られない。明日中には目を覚ますんじゃないかな」
シャーロットの容態と今後の見通しについて、診療録を読みながら説明するヒューゴー。
「……しかし、彼女の怪我は明らかに戦闘で負ったものだ。マーセディズ、一体何があってこうなったのか教えてくれないか?」
「ちょっと乱闘騒ぎに巻き込まれてな……」
国に命を狙われている――などと答えるわけにはいかないので、マーセディズはそれっぽい嘘で誤魔化そうとする。
だが、彼女自身嘘をつくのが苦手なことに加え、医者として数多くの人間を診てきたヒューゴーに簡単な嘘は全く通用しなかった。
「ふむ、腹部を貫通されるほど激しい乱闘など聞いたことが無いが……適切な治療を行うためにも正直に話してほしいんだ。不確かな情報を頼りに対応するわけにはいかないだろう?」
マーセディズの嘘を見抜いたヒューゴーは真実を話してくれるよう促す。
できれば彼を厄介事に巻き込みたくはないのだが……。
「……もし、真実に足を踏み入れたら王家を敵に回すかもしれないぞ」
「!?」
「それでも……君は真実を知る覚悟があるのか?」
ヒューゴーには真実を知ること無く町のお医者さんであってほしい――。
しかし、その願いも空しく彼は一歩も引き下がらなかった。
「命の恩人の言葉ならば信じるつもりだ。それに、『次に会う時は僕が君を助ける番だ』って言ったじゃないか。男に二言は無い――以前交わした約束はしっかりと履行させてもらう」
「……はぁ、分かった分かった! ボクの負けだ!」
結局、ヒューゴーの真剣な眼差しに折れたマーセディズは負けを認め、妹が重傷を負った理由について話し始めるのだった。
「さて、まずはどこから話せばいいか……」
ロイヤル・バトル予選大会の事件から今に至るまでの経緯を一通り話し終えると、マーセディズは「ちょっとトイレを借りさせてもらうぞ」と言いながら病室から出ていく。
病室に残っているのはシャーロット、キヨマサ、ヒューゴーの3人だが、麻酔が効いているシャーロットは静かに眠っているため、この部屋の中で話し相手になるのは男二人だけだ。
キヨマサとヒューゴーは今日が初対面なので、当然ながら会話が弾むことには期待できそうにない。
「君はマーセディズの仲間なのかい?」
永遠にも感じられるほどの沈黙に耐えかねたのか、最初に会話を切り出したのはヒューゴーのほうであった。
「ええ、俺はキヨマサといいます。わけあってマーセディズさんたちと旅をしていたんですが、シャーロットがやられたり仲間の一人とはぐれたりしていて、このままだと目的地へ辿り着けそうにありません」
会話のキッカケを作ってくれたことに内心では感謝しつつ、最低限のマナーとして自己紹介を行うキヨマサ。
「そうか……あ、僕はヒューゴー。見ての通りこの診療所で医者をやっている。男同士だから砕けた感じで話してもらっても構わないよ」
「ああ、そりゃありがたい。そういえば、マーセディズさんのことを『命の恩人』と言っていたが……あんたは彼女と知り合いなのか?」
先ほどからそれが気になっていたキヨマサの質問に対し、白衣の青年はゆっくりと深呼吸をしてから答えるのであった。
今から3年前、ヒューゴーは野盗に襲われたことがある。
アーカディアの東にある小さな農村で病人を診た後、郵便馬車に乗り合わせて帰っていた時の出来事だ。
野盗たちの狙いは郵便馬車に積まれている金品だったが、そこそこ高価な仕事道具を多数持ち合わせる医者も標的にされることが多く、3年前のあの日も野盗たちはヒューゴーに襲いかかろうとしていた。
御者と監視役は弓矢と短剣で武装しているとはいえ、戦闘行為を本業としていない彼女らの実力ではあっと言う間に組み伏せられてしまう。
どこからともなく現れた野盗たちに郵便馬車を包囲され、ヒューゴーを含む乗客たちは最悪の事態さえ覚悟する。
この際誰でもいい、何とかして人生最大の危機から救い出してくれ――!
生まれて初めて「神頼み」をしたその時、天は奇跡を起こしてくれたのだ。
「(ヒューゴーと初めて会ったのは3年も前になるのか……)」
トイレで用を足した後、濡らした紙で「大事なところ」を拭きながらマーセディズは3年前の出来事を思い出す。
3年前のあの日、モンスター討伐依頼を受けていた彼女はたまたま同じ森の中に居合わせていた。
問題のモンスターを仕留めて帰路に就こうとしていたその時、警戒心の強い草食系モンスターたちが騒がしいことが気になり、彼らとは逆方向へ向かってみたのだ。
そこで目にしたのが野盗たちに包囲されている郵便馬車の姿だった。
正義に殉ずる騎士としてその蛮行を見逃せるはずが無く、マーセディズは反射的に戦場へ飛び込むと無我夢中で野盗たちを斬り殺していた。
本物の戦闘を間近で見ていた人々が怯える姿は今でも鮮明に覚えている。
そんな彼女たちに代わって礼を述べたのがヒューゴーであり、彼との交流はそこから始まった。
それ以来、アーカディア周辺で人命救助を行う際には受け入れ先として頼りにするなど、マーセディズとヒューゴーは協力関係を結ぶようになったのである。
「――彼女が助けに来なかったら、僕は野盗たちに身ぐるみ剥がされ殺されていただろう。今こうしていられるのは彼女のおかげなんだよ」
今度は僕がマーセディズを手助けする番だ――!
かつて命を救われた恩義に報いるため、ヒューゴーはあらゆる助力を惜しまないことを心に誓っていたのだ。
たとえ、それが理由で王家に狙われる身になろうとも……。




