【10】SWORD MASTER -助っ人登場-
「うりゃぁッ!」
今、僕やキヨマサとは全く異なる人の声が聞こえた。
その直後、何の前触れも無く発生した地震が僕たちとフォックスハウンドを襲う。
「団長……!?」
体勢を立て直したキヨマサが叫んでいる。
どこかで聞き覚えのある声だとは思ったが、この地震はグッドランド冒険団の団長ヴァレリーが起こしたものらしい。
しかし、たった一人でフォックスハウンドを転倒させるだけの地震を起こせるとは……。
僕が思っている以上にマギアというものは凄まじい力を持っているのかもしれない。
「アォンッ!?」
地震に足を取られ、堪らず転倒してしまうフォックスハウンド。
「アイスニードル!」
この声の主はよく知っている。
間違い無い、モンスターの上に氷柱を降り注がせるマギアの使い手はマーセディズだ。
鋭く太い氷の槍はフォックスハウンドの身体を貫き、その巨体を大地へと繋ぎ止める。
「大丈夫か、ジェレミー! 今のうちにそいつから離れろ!」
「う、うん……分かった!」
マーセディズに促され、僕とキヨマサはいつの間にか近付いていたヴァレリーと合流する。
「ただの実技試験のつもりが、とんだ災難に巻き込まれたな。怪我は無いか?」
「俺は大丈夫だ。それよりもジェレミーのヤツを」
パッと見では特に目立った外傷は見当たらないが、キヨマサはモンスターに蹴られたり地面に叩き付けられたりしていた。
念のために骨折や内蔵の状態を確認したほうがいいと思うが……。
「一応回復マギアを掛けておこう。見た感じ大怪我はしてなさそうだし、医者のところへ担ぎ込む必要は無いだろう」
そう言うとヴァレリーは深呼吸を行い、回復マギアとやらの詠唱を開始する。
「ネクター!」
次の瞬間、僕とキヨマサの身体は緑色の粒子に覆われ、それと同時に疲労感が抜けていく。
どうやら、この「ネクター」というマギアには疲労回復効果も含まれているらしい。
「あのフォックスハウンドをよく2人で追い詰めたな。後は私たち大人に任せておけ――さあ、トドメ役のお出ましだ」
ヴァレリーの指差す方向へ視線を移すと、一人の剣士らしき人物が物凄い勢いでこちらへと駆けて来るのが見えた。
「あれは……アナベル!?」
「あの人を知っているのかい?」
キヨマサの肩を叩きながら僕はこう尋ねる。
「知っているも何も……彼女は俺の保護者を買って出てくれた人だ」
そういえば、彼が身の上話をしていた際にそんなことを言っていた気がする。
まさか、人間離れしたスピードで土煙を巻き上げながら走って来るあの人が、キヨマサの保護者なのだろうか。
「彼女は――アナベルは強いぞ。若い頃にはサイクロプスやリヴァイアサンを単独で仕留め、一線を退いた今でも1対1で戦って勝てる剣士は数えるほどしかいない」
「強いヤツならこの世に幾らでもいる。アナベルの凄いところは指導力の高さだね。なんせ、素人だったキヨマサを2~3年で剣士に育て上げたんだから」
いつの間にか会話に参加していたヴァレリーもアナベルという人物を高く評価している。
彼女らが嘘を吐くとは思えないので、本当に――もしかしたらマーセディズよりも強い人なのだろう。
「(僕にとってはみんな強く見えるけど、その中でも最強の存在か。凄く気になるな……)」
アナベル――彼女はスターシア王国最強クラスの技術を持つと称される、百戦錬磨の剣士である。
歳を取りキヨマサという「息子」ができてからは、グッドランド冒険団の若者を見守るオブザーバーに徹しており、ギルド入りしたメンバーの教育や施設の保守管理を行っているという。
今日は森の中で若手メンバーへサバイバル技術を指導していた時にヴァレリーから呼び出され、息子(とオマケの少年)のピンチに颯爽と駆け付けたのだ。
「(騎士団の若いのが動きを止めてくれている。ならば、私の一撃を以って仕留めてみせよう!)」
脚力を一時的に強化する闘気属性マギア「ゼカ・マシー」で人間離れしたスピードを発揮し、悶え苦しむフォックスハウンドとの距離を一気に詰めるアナベル。
「トゥッ!」
次の瞬間、彼女は気合の入った掛け声を発しながら全力で跳び上がる。
大ジャンプの頂点で退魔剣「スターライガ」を鞘から引き抜き、重力を活かした急降下で森の王者へと襲い掛かった!
「うわッ!? 凄いジャンプ力だ!」
人間離れした跳躍を目の当たりにし、僕は開いた口が塞がらなかった。
自分はせいぜい3フィートぐらいしか跳べないが、世の中にはトンデモない人がいるものだ。
「落ち着けって、ジェレミー。あれはマギアで一時的に身体能力を強化しているだけだ。素であんなことができる人間なんているワケない」
驚いていたところにキヨマサのフォローが入る。
よかった、マギア込みであの動きなら……まあ、とりあえず納得できる。
「あそこからどうするつもりなんだ……?」
アナベルの戦い方を見守っていると、彼女の手元に銀色の光が奔るのが見えた。
そして、「銀色の光」と化したアナベルは目にも留まらぬ速さでフォックスハウンドへ剣を突き立てるのだった。
満身創痍となりながらも最期まで抵抗してみせた、森の王者が立ち上がることは二度と無い。
地面に広がる血だまりがフォックスハウンドの死をハッキリと物語っていた。
「こいつ、私が見てきた中でも特に巨大な個体だよ。二人ともよく食い殺されなかったね」
巨獣の死体を調べながら僕とキヨマサに対して語り掛けるアナベル。
彼女の口調と表情はとても穏やかなもので、左手に携える剣や顔の傷痕が無ければ、冒険者には見えない女性だった。
一見すると優しそうな人だが、本当に強化系マギアで大ジャンプをしていたのだろうか。
「少年、この世界には君の知らないマギアがたくさんある。私が使っていた『ゼカ・マシー』もその一つだよ」
なるほど、あの超スピードからの大ジャンプ→急降下攻撃はやはりマギアによる恩恵だったらしい。
「君も鍛錬を重ねれば、いつかは上級マギアを使えるようになるさ――」
そう言いながらキヨマサの方へ視線を向けた瞬間、アナベルの表情が硬く引き締まる。
「――キヨマサ、この少年に対し言う事があるんじゃないかな?」
彼女の言葉の意味を最もよく分かっていたのは、他ならぬキヨマサ自身であった。
「……すまん、ジェレミー!」
彼はカタナを収めた鞘を地面に置くと、僕に対して深々と頭を下げる。
初めは何が何だか理解できなかったが、彼の立場になって考えると謝るべき理由がすぐに浮かび上がる。
「俺が横着して変なルートを選ばなければ、フォックスハウンドと戦わずに済んだのかもしれん」
……確かに、裏ルートを使おうなどと言い出したのはキヨマサで間違い無い。
だが、最終的にそれを決定したのは僕自身だったはずだ。
「でも、僕たちはこうして無事に戦いを切り抜けた。それでいいんじゃないかな?」
その時、僕の左肩へアナベルがそっと右手を置く。
「優しいな、少年。しかし……これはキヨマサの責任問題なんだよ。彼は審査員役として君をサポートする立場にありながら、結果として窮地へ追い込んだ。今回はヴァレリーとマーセディズちゃんが見守っていたからよかったけど、彼女たちや私が駆け付けなくても絶対に勝てたのかい?」
彼女の正論に対し僕は全く反論できなかった。
いや、キヨマサを庇いたいという気持ちは確かにある。
「いいえ……勝てなかったと思います」
……アナベルを納得させるだけの言葉が絞り出せなかった時、自らの非力さを痛感することになったのだ。
「そうだね。正直に言ってしまうと、今の君たちの実力ではフォックスハウンドにトドメを刺すことはできなかったと思う」
穏やかな表情から容赦の無い意見を浴びせてくるアナベル。
「ジェレミー君……かな? 君を責めるつもりは全く無いし、今回の一件に関しては最大の被害者だと断言できる」
「被害者ですって? そんな大袈裟な……!」
「果たしてそうかな?」
そう言うと彼女は再びキヨマサの方を振り向き、一言二言話しつつ彼の手から懐中時計を取り上げる。
お叱りを受けたのか、彼はバツが悪そうな表情で僕のことを見ていた。
「これがその証拠だよ」
アナベルに見せられたのは、先ほどまでキヨマサが持っていた懐中時計。
えーと……実技試験開始時はあそこにあった短針が、今は2周回ってここにあるから――タイムオーバー?
「そう、君は審査員役の判断ミスで入団テストに失敗した。もしかしたら後日再試験ということになるかもしれないけど、それを決めるのは団長だ」
ああ、タイムオーバーだから実技試験は不合格か。
でも、不思議なことに「残念」「悔しい」といった負の感情は全く湧き上がらなかった。
どちらかと言えば、同じような境遇のキヨマサと一緒に冒険できたことが、純粋に楽しかったからかもしれない。
「まあまあ、無事に戻って来たから良かったじゃないか。『命あっての物種』って言うしね」
僕が懐中時計を見て固まっていると、パンパンと手を叩きながらヴァレリーが歩み寄って来る。
彼女は僕とキヨマサの肩に手を置き、今日の冒険を労ってくれた。
「キヨマサ、お前が身体を張ったことは知っているぞ。自らのミスはしっかりと償おうとした――そうだよな?」
いつの間にか合流していたマーセディズも、落ち込んでいるキヨマサを自分なりの言葉で励まそうとしていた。
その様子をしばらく見守っていたヴァレリーだったが、僕の方を振り向くと手帳のような物を取り出しながらこう告げる。
「ジェレミー、入団テストの合否に関しては明日改めて伝えようと思う。今日はウチのギルドの簡易宿泊所で休むといい。この辺りで最強の大物と出くわして疲れただろう?」
簡易宿泊所――。
団長室へ向かう途中に大量のベッドが並べられている部屋を見たが、おそらくそれのことを指しているのだろう。
寝る所すら確保できてない身としては非常にありがたかった。
僕の最初の冒険はこうして幕を閉じた。
予想外のハプニングは多かったけど、逆に言えば貴重な経験をたくさん得ることができたのだ。
どのような結果であったとしても悔いは無い。
【闘気属性】
肉弾戦に魔力を乗せたり一時的な身体能力強化を行うなど、肉体に対し直接作用するマギアが分類される。
効果は高いが消耗も激しく、ここ一番というタイミングで使われることが多い。
【退魔剣】
闇を切り裂く力を持つとされる伝説の剣のこと。
使用可能な状態で現存しているのはアナベル所有の「スターライガ」だけと言われている。




