【102】HIT MAN -差し向けられた刺客-
「別にあなたやジェレミーのことが憎いわけじゃない。まあ……ジェレミーの強情さに辟易させられたことはあったけどさ」
「ならば、なぜこんなことをした? 憎しみが無関係ならばどうして暗殺者紛いの不意打ちを仕掛ける!?」
狭い屋内で鍔迫り合いを続けるシャーロットとキヨマサ。
シャーロットが持つマギアロッドは本来格闘戦に使うような物ではないが、彼女は官給品に独自加工を施すことで殴り合いにも堪えられる強度へと仕上げていた。
「あなたたち異界人は危険すぎる……だから、手遅れにならないうちにここで殺す」
「クソッ、どこの誰にそんな話を吹き込まれたんだ……いや、考えてる暇ねぇや。こうなったら殴ってでも止めるしかねえ!」
この二人の戦いはもはや避けられないのだろうか……?
コンコンコン……。
「ごめんくださーい、誰かいらっしゃいますかー?」
シャーロットとキヨマサが戦い始めようとしていたその時、来訪者らしき人物がドアをノックしながら外から声を掛けてくる。
「チッ、こんな時に……! お前の仲間じゃないだろうな?」
刺客が増えたことを危惧するキヨマサ。
だが、その質問に対するシャーロットの答えは意外な言葉であった。
「知らないわよ……基本的に単独行動をしているし、そもそも今の声は全く聞き覚えが無いわ」
「しょうがねえ、確認だけはしてみるか……」
双方同意の下で鍔迫り合いを一度中断し、キヨマサは先ほどと同じようにドアスコープで来訪者の顔を確認する。
「後ろから攻撃するなよ」
「それが嫌なら早くしたら?」
「けッ、イヤな女だぜ……」
悪態を吐きながら黒髪の少年がドアスコープを覗いてみると、そこには怪しげな「仮面の女」が立っていた。
「(どうする? あまり関わりたくないな……居留守を使うべきか?)」
玄関先に立っている不審者への対応に困り果てるキヨマサ。
仮面で顔を隠すようなヤツとは絶対に関わりたくないのだが、放っておけば立ち去ってくれそうな雰囲気でもない。
とにかく、彼は少しだけ様子を見てみることにした。
「いらっしゃいませんかー? いえ、必ずここにいますよね……キヨマサ君?」
「ッ!?」
不審者が突然自分の名前を出したことにキヨマサは驚愕し、思わず後退りしてしまう。
間違い無い……こいつはシュタージが差し向けた殺し屋だ!
「ど、どうしたのよ!?」
「マズいぜ……『前門の虎、後門の狼』とはこのことか」
「はぁ……?」
聞き慣れない諺についてシャーロットが聞き返そうとしたその時、脆い木製ドアが凄まじい衝撃音と共に容易く蹴り破られ、キヨマサをして「前門の虎」と言わしめた不審者がついに姿を現す。
「クックック……今更名乗る必要は無い。君についての情報は雇い主から教えてもらっているのでね」
クスクスと笑う仮面の女の得物――研ぎ澄まされた鉤爪は光を吸い込むほどの漆黒に染められていた。
本能的に仮面の女を「危険な存在」だと判断したキヨマサは烈火刀「ヨリヒメ」を構え、まるでシャーロットを庇うかのように臨戦態勢を整える。
「(あの女……アイツもキヨマサの命を狙っている!)」
それを見たシャーロットのほうもマギアロッドを構え直し、後衛としてキヨマサを援護できる位置に就く。
「ったく、『後門の狼』は後ろから俺を吹き飛ばすつもりかよ?」
「勘違いしないで……あなたが見ず知らずの女に殺されるのが嫌だから、少しだけ手助けしてあげるだけよ」
「何だそりゃ……まあいい、今回ばかりは『猫の手も借りたい』ところだ」
先ほどまでの鍔迫り合いは白昼夢だったのか。
キヨマサとシャーロットは一時的ながら共同戦線を構築し、二人で仮面の女に対して武器を向ける。
「最期の別れは済んだか、恋人たちよ……『死が二人を別つまで』という言葉通り、ここで仲良く屠ってくれようッ!」
一方、仮面の女はそれがどうしたと言わんばかりに鉤爪を弄っていたが、彼らの遣り取りが終わった直後の初動は目にも留まらぬほど早かった。
カキンッ!
金属音と共に赤い火花が散り、初撃を切り払われた仮面の女は間合いを取り直す。
普通の相手なら確実に仕留められる手応えだったが、今回のターゲットは幸運にも間一髪のところで防御を間に合わせた。
「今の一撃を防いだか……面白い! それぐらいの腕前なら殺し甲斐があるというものだ!」
「クソッ、そう簡単に殺されてたまるかよ!」
暗殺者にとって重要な先制攻撃を防がれたのにも関わらず、余裕綽々といった表情でキヨマサを挑発する仮面の女。
彼女は一流の殺し屋にして優秀な戦士でもある。
強敵との戦いは「困難な仕事」になることを意味するが、仮面の女はそれさえも愉しんでいた。
……だが、その時間はもうそろそろ終わりだ。
「威勢は良し! クックック……だが、次の一撃はどうかな!?」
キヨマサとのじゃれ合いに満足した仮面の女は彼の威勢の良さを認め、自らの得意技で一思いにトドメを刺すことを決める。
自分より格下の相手には滅多に使わない、高い身体能力とアキナ仕込みの「ニンジュツ」を組み合わせた大技で……。
「閃光のように素早く、毒虫のように強烈な一撃を味わってくれたまえ!」
「何だとッ!?」
キヨマサが喋るよりも先に仮面の女は壁に向かってジャンプしており、その運動エネルギーを利用した三次元移動中に必殺技の仕込みを行う。
これは常に動き続けることで攻撃準備を潰されるリスクを減らしているほか、高い運動性を見せつけて相手にプレッシャーを掛けるという心理的効果もある。
身体的負担が大きいので基本的に一回しか繰り出せないが、この必殺技を食らった相手は大抵死ぬので全く問題無い。
「これじゃ攻撃を当てられん……! シャーロット、範囲攻撃マギアだッ!」
「あなたも巻き添えになるわよ!?」
「俺もアイツも始末できるんだから、一石二鳥だろうがッ!!」
狙って攻撃するのは不可能だと判断したキヨマサは、マギア使いであるシャーロットに範囲攻撃で全て吹き飛ばすことを提案する。
当然、シャーロットは自滅のリスクを理由に反対するが、黒髪の少年の剣幕に圧倒されて渋々ながら詠唱準備に入る。
「(もうそろそろ頃合いか……運動エネルギーも溜まってきたし、二人纏めて殺すのが礼儀というものだろう)」
それを見た仮面の女はついに攻撃を決断した。
メインターゲットであるキヨマサの首筋を狙い易い角度を定め、溜めてきた運動エネルギーを効率良く攻撃力に変換できるよう姿勢を整える。
そして……!
「遅いな! 食らえッ、エリアル・リゼアンジュ・アサルト!」
【リゼアンジュ】
ソフィン共和国の首都。
十数年前までは王城を中心とした城壁都市であったが、革命後は新庁舎の建設など都市開発が進められており、将来的には王制時代の遺産が無くなる可能性も否定できない。
なお、仮面の女が必殺技にこの都市名を入れている理由は謎である。




