【100】PURPOSE -それぞれの目的に向かって-
現在時刻は午前7時過ぎ――。
通常業務に従事するメンバーがようやく目覚め始めた頃、秘宝「ヤスマリナのランプ」の捜索に向かう僕たちは既に出発準備を終えていた。
後はイレインの号令を待つだけだ。
「ジェレミー、お前その歳にもなってユニコーンの手綱を引けないのか?」
「ええ、そういう機会が無くて……」
「そうか……まあいい。こいつが走り出したらしっかりとアタシに掴まっとけよ。落馬の怪我で死ぬことだってあるからな」
「はい、気を付けます」
イーディスから注意事項の説明を受けていると、必要物資の最終チェックを終えたイレインが愛馬へと跨る様子が見えた。
「お前ら、準備はできているようだな。今日は秘宝の捜索に可能な限り時間を割きたいから、今すぐにでもここを出発したい。朝飯は少し移動してから休憩ついでに食うとしよう。何か異論がある者は?」
彼女の問い掛けに答える者はいない。
「よし……そんじゃ行くか! 今回は長い旅になるかもしれないからな」
イレインの愛馬を先頭に4頭のユニコーンの隊列が動き始める。
後々になって振り返ると、一刻も早い出発を決めた彼女の判断は大正解であった。
一方その頃、ジェレミーとシャーロットの到着があまりに遅いことを不審に思ったマーセディズは、彼らを探すべくついに自ら行動を起こすことを決めた。
1日以上遅れているのはいくらなんでも遅すぎる。
「それじゃあキヨマサ、ボクはちょっと情報収集に行ってくる」
全身を覆えるほどのボロ布に身を包み、久々の外出へと臨むマーセディズ。
「おいおい、情報収集に聖剣を持っていく必要があるのか?」
「追われる身である以上、いざという時の備えは必須だ。それに……この聖剣『ストライダー』はボクの半身だからな。彼女を置いていくわけにはいくまい」
情報収集というわりには重装備なことをキヨマサは指摘するが、銀色の騎士は適当な答えで誤魔化しながら隠れ家を出ていってしまう。
「(ありゃどう見ても戦いに行く装備だぜ。マーセディズさんめ、一体何をするつもりなんだ……?)」
一人残された黒髪の少年は心の中でこう吐き捨てつつ、仕方なく一人で朝食の準備を始める。
そんな彼のもとに「予想外の来客」が訪れるのは、それから十数分後のことだった。
イレインを先頭とした一団はアーカディア郊外のアジトを出発すると、正規の山道なのか分からないほど厳しい道を駆け抜けていた。
秘宝が眠るとされる遺跡は文明から切り離された山奥にあるため、街道沿いに進んでいるだけでは絶対に辿り着けないのだ。
「イレインのヤツ、トンデモないルートを選びやがったな! こりゃ大人数で来たら道が詰まってたかもしれん!」
愛馬をコントロールするためにせわしなく手綱を動かしながら愚痴るイーディス。
「こんな険しい山道があるなんて……!」
「しっかり掴まってろよ。振り落とされたら万引きシスターズのユニコーンに踏まれちまうからな」
「うう、想像したくないです……」
強靭な脚力を誇るユニコーンに踏み殺されるのはごめんだ――。
そんなことを考えられる程度の余裕が僕たちにはあった。
「あっ! モンスターの幼獣みたいにギュッと掴むんじゃない! ……恥ずかしいだろうが」
「あ……ごめんなさい」
まさか、この時既に「追っ手」がいたとは思いもしなかったのだ。
「(ほう、俺たち以外にも『秘宝』の在処を嗅ぎつけた連中がいるようだな……)」
崖の上からビノーキュラスでイレインたちの姿を確認している男がいた。
鎧を身に纏っていることから騎士であることが分かるが、彼の鎧は切り傷だらけでボロボロに汚れている。
騎士にとって鎧は命と同じくらい大事な存在であり、普通は余暇時間を利用し丁寧に手入れをするものだ。
手入れが行き届いていない鎧――それは落第騎士の典型的な特徴として知られている。
鎧の修理などを請け負う業者は正規の騎士による依頼しか受け付けないため、法に反している落第騎士は違法業者へ頼むか自分自身で維持管理を行うしかない。
「ジークよ、我々も先を急いだほうがよいかもしれぬ」
「……そうだな。アクタイオン、先導は任せるぞ。お前の聴覚と嗅覚は頼りになるからな」
「フンッ……その点だけはこの姿に変えられたことを感謝せねばなるまい」
ジークという名の落第騎士に出発を勧めているアクタイオンの姿はどこにも無い。
「前世で生き物を殺し過ぎた猟師の成れ果て……か」
いや、彼は確かにジークの目の前にいる。
「罪を重ね続けているのは君も同じであろう? 来世ではさぞかし醜いバケモノに転生するのだろうな」
ジークにこう忠告する銀毛のオオカミ型モンスター――。
それがアクタイオンという男の正体であった。
隠れ家に残っていたキヨマサが朝食の準備を終えファミリアのアスカに餌をあげていた時、ドンッドンッドンッと一つしかない玄関ドアをノックする音が聞こえてくる。
「(む、刺客か……?)」
刺客の可能性を考慮した彼はいきなり玄関を開けることはせず、まずはドアスコープを覗き込んで来客者の姿を確認する。
人が立っている様子は認められない。
だが、誰かがドアをノックしたことは確かだ。
「コーン! オコーンッ!」
「ッ! その鳴き声……ルクレールなのか!?」
聞き覚えのあるファミリアの鳴き声が聞こえたキヨマサは武器を手に取り、罠であっても対処できるよう身構えながら玄関ドアを開ける。
「コーンッ!」
「ルクレール! 無事だったのか! ……そうだ、シャーロットは!?」
ルクレールがいるということは主のシャーロットも近くにいるはず――。
そう予想したキヨマサが顔を上げると、その視線の先には銀髪の少女がうつ伏せで倒れていた。




