表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/150

【99】HIDDEN -隠された過去-

 歓迎会が終わった後、僕はバラック小屋に戻りながら頭の中でイレインの話を振り返っていた。

彼女が今一番欲しがっている宝物の名は「ヤスマリナのランプ」。

これは手にした者の願い事を3つ叶える代わりに災厄をもたらすとされる、一流のトレジャーハンターでさえ発掘したがらないシロモノらしい。

災厄の内容についてはあくまでも伝説にすぎないが、「所有者が変死する」「子孫にまで呪いが掛かる」「世界が滅ぶ」「国宝として祀っていた国が海底に沈んだ」「人智を超えた魔神が現れる」など、とにかくヤバそうなことだけは確かだ。

願い事を叶えるためには大きすぎる代償を支払わなければならない――。

周囲から何度も説得を受けたのにもかかわらず、イレインが呪われし秘宝を欲しがるのには大きな理由があった。


「(やっと準備が整ったか……苦節十年、騎士道を捨ててまで盗賊に堕ちた英断が報われたというものだ)」

一方その頃、先に自室へと戻っていたイレインは休憩のためベッドに横たわり、いつも身に着けているロケットペンダントをそっと開く。

その中にはマギア・キャメラで撮られたと思われる、色褪せた少女の写真が大切に収められている。

「(アイリス……君ともう一度会うためにオレは戦力と情報を掻き集め、『ヤスマリナのランプ』が眠る場所と使い方を調べてきたんだ。18年も掛かるとは予想外だったけどな……)」

写真に写っている可愛らしい少女の名はアイリス。

今から18年前、森へ薬草を採りに行った時に事故死した――いや、落第騎士(イリーガルナイト)に殺されたイレインの幼馴染だ。

公にはアイリスは「不慮の事故死を遂げた」とされている。

だが、イレインだけは真相を知っていた。

「(今でも悪夢に出てくる時がある……落第騎士の男がアイリスの服を切り裂き、欲望のままに蹂躙する光景を。忘れたいのに忘れられないんだ……アイリスを殺しオレを傷物にした、騎士の姿を借りた悪魔を!)」

あの日あの時、彼女は幼馴染が凌辱(りょうじょく)の末に斬り殺される瞬間を物陰から見ていたのだから。

そして、その蛮行を止めるべく飛び出したイレイン自身もまた……。


 イレインの実家は地元ではそこそこ名の知れた名家であり、武芸の才能に恵まれていた彼女は幼い頃から騎士となるべく鍛練に励んでいた。

両親は一人娘の夢を応援し、優秀な家庭教師を雇ったり教材を揃えるためには出費を全く惜しまなかった。

普通に人生を歩んでいれば今頃は立派な騎士となっていただろう。

だが、あの落第騎士に幼馴染の命と自らの純潔を奪われた時から運命の歯車は狂い始めた。

当時10歳の少女にとってはあまりにも深すぎる心の傷であった。

自らが身を以って味わった「現実」を地元住民へ話したのにも関わらず、「騎士が悪事を働くわけが無い」という固定概念を理由に訴えを退けられたイレインは、スターシア王国の騎士たちを管理している「王立騎士協会」へ直談判するべく生まれて初めて旅に出る。

それ以来彼女は一度も故郷に帰っていない。

結局、冒険者としての経験が皆無だったイレインは道中で行き倒れになってしまうが、親切な山賊たちに助けられたことで難を逃れ、彼女らの下で騎士道とは異なる技術を学んでいったのだ。

新たな心の拠り所を手に入れたイレイン。

しかし……大切なモノはなぜ何回も奪われてしまうのだろうか?


「(あの男……どこまでオレの人生を侮辱するつもりなんだ……!)」

両親と同じくらい自分に愛情を注いでくれた山賊たちの姿を思い出し、イレインはロケットペンダントを握り締めている右手を震わせる。

森の奥深くにあったアジトが強襲されたあの日、彼女と教育係の山賊は幸運にも狩りに出ていたおかげで難を逃れた。

二人が帰ってきた時に目の当たりにした光景はあまりに凄まじく、その内容は親友のイーディスにさえまだ話していない。

小屋の中は戦闘と物色の影響でボロボロになっており、仲間の死体の中には身ぐるみを剥がされ生々しい「痕跡」が残されているものも多数あった。

全てを奪われた中で唯一得られたのは、戦闘中の取っ組み合いで落としたと思われる一枚の冒険者免許証。

何の因果かその冒険者免許証は例の落第騎士――ジークフリードの物だったのだ。

当然、それを手に入れたイレインは後日王立騎士協会の本部へ向かいジークフリードと面会させるよう求めるが、受付係の返答は「当該人物は10年前に殉職し登録抹消されている」という予想外の言葉であった。


 図らずも独立を強いられることになったイレインと教育係の山賊は盗賊団「スカヴェンジャー」を創設し、全ての元凶であるジークフリードの行方について情報収集を行いつつ、彼を討ち取るために必要な装備と戦力を揃えていく。

何かを盗むために盗賊をやっているわけではない。

強いて言うならば……ジークフリードという男の命を奪うために盗賊団という隠れ(みの)を使っているだけだ。

教育係の山賊と死別した後はイレインが彼女の遺志を受け継ぎ、新興盗賊団にすぎなかったスカヴェンジャーの組織拡大に注力してきたのである。

復讐のためならばイーディスや万引きシスターズ、そしてジェレミーさえ利用することも躊躇わない。

全ては18年前に失われたものを取り返し、今ものうのうと生き長らえているであろう落第騎士へ引導を渡すために……!


「――きろ! ――、イレイン!」

誰かの呼ぶ声が聞こえ、悪夢の中を彷徨(さまよ)っていたイレインは目を覚ます。

どうやら、休憩するつもりがそのまま眠りに落ちてしまったらしい。

窓の外では小鳥たちがチュンチュンと鳴いている。

「ったく、お前の個人的な事情のために朝早くから準備してるってのに、当の本人が朝寝坊とはどういう了見だ?」

そう言いながらイーディスは毛布を勢い良く取り上げ、寝間着に着替えないまま寝ていたイレインを叩き起こす。

「すまん……昨日は夜まで準備していたんだ」

「はぁ……起きる直前までかなりうなされてたな。また、幼馴染を(うしな)った時の夢を見ていたのか?」

「……」

これまでは誰かがこう尋ねてもイレインは何も答えなかった。

だが、今日だけは違っていた。

「……ああ。だが、あの悪夢には今日でケリを付けてやる。『ヤスマリナのランプ』さえ手に入れればオレは……!」

悪夢との決別を誓った彼女は力強く答えると、ベッドから飛び起きてすぐに身支度を始めるのであった。

「イーディス、万引きシスターズとジェレミーを呼んで来い! オレ様の準備ができたらすぐにここを()つぞ!」

【落第騎士】

何かしらの理由で騎士としての資格を剥奪されたにも関わらず、あたかも正規の騎士のように振舞っている者を指す。

騎士の経歴詐称は重罪とされており、それが発覚した場合は死罪を課せられる可能性すらある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ