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【98】MURDER BISON -仮面の女-

 秘密会議室にいる全ての人々の視線が「仮面の女」に注がれる。

一方、注目の的となっている「仮面の女」がそれらを気にしている様子は無く、彼女は両腕を組んだまま出番を待ち続けているようだ。

「ええ、この者の名はマーダー・ビゾン。オリエンティアの方では有名な腕利きの暗殺者であります」

「ウルフの仮面を身に着けた奇妙な出で立ちの女ですが、実力は超一流と云われております。過去にはリシュリュー王国の内戦やシナダ-クロプルツ戦争にも参加していたようです」

家臣たちによる簡単な説明が終わると、仮面の女――マーダー・ビゾンはゆっくりと立ち上がりながら改めて自己紹介を始めるのだった。

「どうも、スターシア王家の皆様。(わたくし)がマーダー・ビゾンです……もちろん、これは本名ではありませんがね」


 暗殺者と呼ぶに相応しい並々ならぬオーラを放っているマーダー・ビゾン。

「ほう、シュタージや王都防衛隊の連中よりは確かに強そうだな。ヘザー、こやつとは既に契約を結んでおるのか?」

だが、ライオネルはそのオーラよりも契約関係の有無のほうが気になっており、家臣のヘザーを呼び出し詳細な契約内容を確認し始める。

「――つまり、命令権は余にあると?」

「その通りでございます」

「そうか……では、マーダー・ビゾンよ。貴様に早速命令を与えようぞ」

ライオネルがマーダー・ビゾンに下した最初の命令――それはあまりにも意外すぎる内容であった。

「余は素顔を隠す人間を信用できん。まずはその仮面を余の目の前で外し、信頼に値するかどうか見せてもらおうではないか」


 その瞬間、大勢の家臣たちがざわつき始めたのは言うまでも無い。

「で、殿下! いきなりそのようなご命令をなされるのは……!」

しかし、彼女らが慌てふためく一方でマーダー・ビゾン自身はさほど気にしていない様子だった。

「ああ、気を使わなくて結構です。王子様の(おっしゃ)られていることは正論ですからね」

そう言うと仮面の女は何の躊躇いも無く「仮面」を外し、その下に隠されている素顔を露わにする。

「この仮面に深い意味はありません。強いて言えば……ちょっとしたファッションですかね」

「ほう、これは驚いた……!」

マーダー・ビゾンの本当の姿を見たライオネルは椅子から腰を浮かせ、思わず本音を漏らしてしまう。

なぜなら、仮面の下の素顔は罪なほど美しい女性であったからだ。


 仮面の女の素顔を見て十分満足したライオネルだったが、彼は興味本位から更に一歩踏み込んだ質問をぶつけてみることにした。

「ファッションにしては随分と奇抜なものだ。貴様は元々美しいのだから、面妖な仮面など必要無いと思うが」

貴男(あなた)が初めてですよ、私にそのような質問をなさったのは」

「フッ、正確には理由を探ろうとした者を全て消しているのであろう?」

見る者全てを惹きつけるほどの顔立ちを隠す理由――。

もしかしたら人には言えない秘密なのかもしれないが、意外にもマーダー・ビゾンは仮面を着けながら正直に答えてくれた。

「私は内戦で崩壊した小国の生まれです。家族は全員処刑されてしまいましたが、当時アキナに留学していた私はそのおかげで大粛清を免れました」

「内戦……あの国のことか? ヴワル-オリエント王国に()きつけられ、愚かな民衆が革命を起こしたという……」

「おそらくは正解かと。私が生まれ育った祖国――ソフィン王国はもうこの世にはありません。いえ……厳密には健在ですが、私の知っている祖国は既に死んでしまったのです」

そう語るマーダー・ビゾンの瞳はどこか悲しそうであり、さすがのライオネルもそれ以上質問を続けることはできなかった。


「……そうか。マーダー・ビゾンよ、今日はもう下がってよいぞ。実際に働いてもらうのは明日からになる。それまではゆっくりと休んでくれたまえ」

「ハッ、ありがとうございます。それではお先に失礼いたします」

メイドの案内を受けながらマーダー・ビゾンが退室していったのを確認すると、ライオネルは再びヘザーを呼び出して新たな指示を告げる。

「ヘザーよ、マーダー・ビゾンの出自について探りを入れてくれ」

「それは構いませんが……あの女のことを知ってどうするのです?」

「特に他意は無いさ。ただ、下賤な女ではなさそうだと思っただけだ」

「……分かりました。有力な情報を入手次第報告いたします」

別にマーダー・ビゾンのことを不審に思っているわけではない。

ライオネルが気にしているのは「マーダー・ビゾンとソフィン王国の関係」についてだ。

社交界でも十分通用する立ち振る舞いに、「『ソフィン王国』は死んでしまった」という意味深な一言――。

仮面を身に着ける前のマーダー・ビゾンの正体はおそらく……。

「(もし、民衆が決起すれば明日は我が身……か)」


 その日の夜、スカヴェンジャーのアジトでは僕を歓迎するための簡単なパーティが開かれていた。

「へぇー、ジェレミーって腕が立つ弓使い(アーチャー)なんだ。カッコいいなぁ……私、弓使いの人が大好きなの」

「いやいや、こないだは『斧使い(アックスマン)って力強くて素敵~♡』って言ってたじゃん。好みの相手を見つけたらすぐ手のひら返しをするんだから……」

今、僕は二人の少女に挟まれながら鳥型モンスターの手羽先を頬張っている。

やたらアピールしてくるのが妹のソフィ、もう片方のツッコミ役が姉のシャーリーだ。

……この双子、同時に話し出すタイミングがあるせいで非常にうるさい。

「気に入ってくれたようで何よりだが、あまりウザ絡みするなよ万引きシスターズ」

「「はーい」」

僕の向かい側で豪快に骨付き肉を噛み千切っていたイレインが注意すると、シャーリーとソフィ――通称「万引きシスターズ」はやる気の無い返事をしながらスープを飲み始める。

ちなみに、イレインの右隣に座るイーディスは終始無言のままパスタを食べ続けている。

「はぁ……こいつらと相部屋じゃなくてよかっただろ? 賑やかなのは良いんだが、相乗効果でうるさくなるのが玉に瑕だな」

苦笑いしながらタンカードに入ったビールをグイっとあおるイレイン。

「……さて、本格的に酔いが回る前に明日の予定について話そうか。イーディス、ジェレミー、万引きシスターズ、ちょっと耳を傾けてくれ」

しかし、真面目な話を振り始めると彼女の表情は一変。

「気のいい姐さん」から「盗賊団の頭領」へと完全に切り替わり、あの万引きシスターズですら姿勢を正すほどの威圧感を放ち始めるのであった。


「オレ様にはどうしても欲しい宝物が一つだけある。それを明日取りに行きたいんだ」

【オリエンティア】

本来はオリエント人やオリエント語を意味する言葉だが、俗語としてはオリエント超大陸北部を指すことが多い。

ヴワル-オリエント王国や聖ノルキア王国、ラオシェン王国といった君主制の国々が密集している地域である。


【ウルフ】

現実世界で言うオオカミに類似した形態を持つモンスターのこと。

獰猛な肉食獣として恐れられる一方、オリエンティアでは「強さと団結の象徴」として神聖視されている。


【シナダ-クロプルツ戦争】

「オリエンティアの火薬庫」と揶揄されるシナダ王国及びクロプルツの間で何度も行われている民族間紛争のこと。

この戦争で利益を得ている武器商人や傭兵も多く、近年は新兵器や新戦法の実戦試験場と化しつつある。


【パスタ】

オリエント超大陸西部(主にミナルディ共和国)から伝来してきた麺料理。

麺自体には味が無いため、ソースを盛り付けてから食する。

地域によっては「スパゲッティ」と呼ばれることもある。

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