【95】INTRIGUE -巡り始めた陰謀-
「そうか……本当の敵はお前だったのか!」
「そうかもしれないわ、父上。親子で殺し合う事態は避けたかったけど……!」
鬱蒼とした森の中で一騎討ちを繰り広げるノエルとシャーロット。
それは親子喧嘩と呼ぶにはあまりにも壮絶な死闘であった。
神剣「フェニックス」とマギアロッドが激しくぶつかり合い、森の中が一瞬だけ明るくなるほど真っ白な火花が散っていく。
「この親不孝者めが! 敵に回った以上、実の娘と言えど手加減はせん!」
「親不孝者で結構! 王立マギア研究所のマギア使いは国益のために戦うのです!」
ノエルの華麗な連続攻撃をギリギリのところでかわし、反撃へと転ずるシャーロット。
「行きなさいルクレール! 噛み付いて足止めするのよ!」
「お、オコーン!」
彼女は左肩に乗せていたファミリアのルクレールを父親へ跳びかからせ、彼が噛み付いている間に連携攻撃を仕掛ける作戦に打って出た。
しかし、肝心のルクレールはどうも乗り気では無いようだ。
主の命令に疑問を抱きながらもノエルに対し牙を剥くルクレール。
「フンッ、飼い主の中途半端さを反映した攻撃など効かぬわ!」
右腕に噛み付いたところまでは良かったが、迷いを抱いた攻撃は聖剣士には通用しない。
彼女は力一杯右腕を振り回すことでルクレールをいとも簡単に振り払い、実の娘に対して神剣を振りかざす。
「ここは剣士の間合いだ! 接近戦ならば負けはせん!」
「くッ……!」
後方支援を主軸とするマギア使いにとって、接近戦は最悪の間合い――。
自らがマギア使いである以上、その弱点をシャーロットは理解している。
……だからこそ、彼女は父親にさえ見せたことが無い「奥の手」で状況を打開しようとしていた。
「命は奪わん! その戦意だけを斬り捨てるッ!」
神剣「フェニックス」による縦斬りがシャーロットに襲いかかる。
ノエルは本気だ。
まともに攻撃を食らったら大怪我は免れないだろう。
「チッ……いつまでも子どもだと思って侮らないことね!」
だが、シャーロットは怖気付くこと無く積極的に前に出る。
守るだけでは負ける、必要な時に攻めなければ勝つことはできない――。
彼女は父親に勝つために父親の教えを守っていた。
これはあまりにも皮肉なことだ。
「もらったッ!」
振り掛かってくる斬撃をマギアロッドがへし折れるほどの力で切り払い、魔力を纏わせた右手をノエルの胸元に押し付けるシャーロット。
父親の弾力ある乳房の形が変わるほど右手を押し込むと、銀髪のマギア使いは全魔力を掌底に注ぎ込むのであった。
「奔れ電撃! 全てを焼き焦がせ!」
次の瞬間、シャーロットの右手に青い電流が迸り、その部分を通して感電死しかねないほどの電撃がノエルに浴びせられる。
この攻撃はもはやマギアですら無い。
魔力を徒手空拳に纏わせただけの原始的な攻撃だ。
しかし、人体のキャパシティを超えた魔力を直に叩き込むことができるため、実際に受けるダメージとしては攻撃マギアを食らった時よりも遥かに甚大なモノとなる。
「あ……あ……あ……」
「ぜぇ……さすがの父上と言えど……まともに電気ショックを受けたらこうなるわね……」
荒れている呼吸を整え直しつつ、衣服の襟元で首を扇ぐシャーロット。
彼女の足元には口をあんぐりと開け、白目を剥いたまま倒れているノエルの無残な姿があった。
一応殺さないように手加減はしたつもりだが、ノエルはそこそこ歳を取っているので運が悪いとこのまま死んでしまうかもしれない。
「コーン……」
「分かってるわよ……こんなところで父殺しを犯すほど外道には堕ちていない」
心配げな鳴き声を上げながら近付いてきたルクレールを抱え上げ、彼の頭を優しく撫でながらポケットの中を手探るシャーロット。
「(さて……姉さんたちを誤魔化すためのアリバイ作りをしないとね)」
お手製の回復薬を投げ捨てると、銀髪のマギア使いはそそくさと愛馬に跨ってその場を立ち去るのだった。
うう……。
ここは……どこだ……?
ノエルと一緒に逃げている途中に盗賊団と出くわし、運悪くさらわれてしまったところまでは覚えている。
だが、途中で気絶してしまったのかそこから先の記憶は無い。
「――! ようやく――か?」
誰かが僕のことを呼び掛けている。
その声に気付いて目を開けると、そこには全く見覚えの無い部屋が広がっていた。
「ほらよ、飯だ。お前……ワケありで昼間から何も食ってないんだろ?」
そう言い放たれた直後、僕の目の前に木製食器に盛られた食事がコトンと置かれる。
特に手足が縛られている様子は無く、普通に食事を取ることはできそうだ。
「あ、ありがとう……」
「悪いな少年、そういう質素な飯しか用意できなくて。部下たちと話し合ってお前の処遇が決まったら、もっと美味い飯を食わせてやるからよ」
感謝の言葉を述べながら恐る恐る顔を上げると、盗賊団のリーダーは白い歯を見せながらニッコリと笑っていた。
「オレ様はイレイン。この国じゃ悪名高い盗賊団『スカヴェンジャー』のヘッドをやってる女さ」




