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【9】FOXHOUND -森の頂点捕食者-

「ガァァァァァッ!!」

フォックスバットよりも更に巨大なモンスターの咆哮が大地を揺らす。

理由は分からないが、僕たちに対し何かしらの敵対心を抱いているのだろう。

ヤツは血走らせ、鋭利な牙をこちらへ見せつけていたのだ。

「フォックスハウンド……! どうやら、大物の中の大物に出くわしたらしいな」

そう言いながら自慢のカタナを鞘から引き抜くキヨマサ。

審査員役の彼が戦わなければならないほど強大な相手――。

臆するわけにはいかない。

心の中の恐怖心を振り払い、僕はショートボウを構えるのだった。


 状況は僕たちのほうが不利だと言える。

フィールドはあまり整備されていない道で、森以外に身を隠せる場所は無い。

敵の数はフォックスバット2体とフォックスハウンド1体だ。

前者とは先ほどの戦いで勝利を収めているが、上位種と組んだ時にどのような変化を遂げるかが気になる。

もちろん、初めて遭遇したフォックスハウンドの戦闘力が最大の懸念事項であった。

食い殺される結末だけは勘弁してもらいたいところだが……。

「ジェレミー、まずはフォックスバットから片付けるぞ。敵の頭数を減らすのは戦いの基本だ」

「フォックスハウンドに集中攻撃じゃダメなのかい?」

僕が大物一点狙いを提案すると、キヨマサは首を横に振りながらその意見を退ける。

「俺は死角から隙を窺う、姑息なクソ野郎が大嫌いなんだ。だから、取り巻きは最初に潰す」

「最小限の消耗で場を切り抜けるのも大事だと思うけどね」

我ながら結構イジワルなこと――耳が痛くなるような正論を言っていると思う。

もしかしたら、記憶を失う前の僕は悪いヤツだったかもしれない。


 結局、作戦に関しては「取り巻きのフォックスバットを先に片付けてから、2人掛かりでフォックスハウンドに挑む」というキヨマサの案が採用された。

「さっきはナメた口を利いてくれたな。俺がお前よりも強いってこと、フォックスバットを使って教えてやるよ」

両手でカタナを構え、ニヤリと不敵な笑みを浮かべるキヨマサ。

冷静沈着な少年だと思っていたが、彼も年相応に血の気盛んな男のようだ。

「なに、一人で2体仕留めたお前なら背中を任せられる。フォックスバット如きに食い殺されるんじゃないぞ」

そこまで言われたら仕方あるまい。

ショートボウを引けるだけの間合いを稼ぐため、僕は風の初級マギア「ストリーム」の準備を開始する。

一方、キヨマサはマギアに頼らない物理攻撃でフォックスバットを相手取ろうとしていた。


「(そこそこ戦い慣れている個体だな。攻撃後の隙があまり無い)」

最小限の摺り足でフォックスバットの攻撃をかわし、反撃のチャンスを窺うキヨマサ。

同じモンスターでも実戦経験豊富な個体は体感的に分かるほど手強く、彼がぶつかったのはそういうヤツであった。

とはいえ、そこまで恐れるほどでもない。

フォックスバットには本能的に多用しやすい攻撃パターンが存在するからだ。

このモンスターに関しては「ジャンプからの噛み付き攻撃」をよく用いるとされており、熟練冒険者は所謂「着地狩り」で対応することが多い。

焦りは禁物、確実に攻撃できるタイミングを辛抱強く待つ。

その時はすぐに訪れた。

痺れを切らしたのか自ら突っ込んで来るフォックスバット。

「ハァッ!」

鋭く磨かれたカタナを全力で振るうキヨマサ。

一瞬の交錯が終わった時、地面に血を流しながら倒れたのはフォックスバットのほうであった。


「ストリーム!」

詠唱を終えると同時に僕の周囲から放たれた疾風が、フォックスバットを上空へと打ち上げる。

やはり、獣型のモンスターは空中では行動が著しく制限されるようだ。

敵が浮足立っている間に僕はショートボウを構え、先ほどの戦いと同じように矢を射る。

「アォンッ!?」

放たれた矢はフォックスバットの首元に突き刺さり、地面へ落ちてきた時には既に息絶えていた。

「キヨマサ、そっちも片付けたみたいだね……!」

再利用できそうな矢を回収しつつ、僕はキヨマサの方に視線を移す。

べつに彼の心配はしていなかったが、有言実行な男のようでとりあえず安心できた。

「よし、残るは大物だな……! こいつの首もギルドに持って帰ってやろう」

散開して戦っていた僕たちは再び集合し、低い唸り声を上げる「大物」ことフォックスハウンドを迎え撃つのだった。


「俺が前に出る! ジェレミー、お前は後ろから援護攻撃だ!」

「分かった!」

接近戦が得意なキヨマサが前衛、遠距離戦向きの僕が後衛という配置は理に適っている。

カタナを構え直し、果敢にもフォックスハウンドへ突撃していくキヨマサ。

冷静沈着な姿は仮のモノで、本来はやはり血の気盛んな性格のようだ。

彼が接近戦を繰り広げている間、僕はとにかく弦を引いて矢を連射していく。

「(くッ……!)」

フォックスハウンドは図体が大きいため、攻撃自体はとても当てやすい。

しかし、皮膚が分厚いのか矢が突き刺さっても何食わぬ顔をしている。

残念ながら、僕はマギアを使わなければ有効打を与えられないみたいだ。

「ダメだ、こいつには矢が通らない!」

「守りが薄そうな部分……目だ! 目を狙え!」

モンスターの攻撃を捌きながらキヨマサは弱点になり得る場所を指差す。

確かに、皮膚に守られていないあそこを射抜けば効果覿面(てきめん)だろうが……。


「躊躇うな! こんなことで食い殺されるてたまるか――うぉッ!?」

僕への指示で注意力が欠けていたのか、キヨマサはフォックスハウンドの馬蹴りを食らい吹き飛ばされてしまう。

幸い受け身を取ってダメージを最小限に抑えていたが、このままでは本当に殺されてしまうかもしれない。

「(……やるしかない!)」

心の中にあった躊躇を押し殺し、僕はバケモノの目に狙いを定める。

「ブレイズ!」

体勢を立て直したキヨマサの指先から火の玉が生成され、彼はそれをモンスターの眉間へと撃ち込む。

「オォンッ!?」

フォックスハウンドの毛皮と皮膚はマギアの炎すら弾いていたが、顔を執拗に攻撃され続け集中力を欠いていることが分かる。

その結果、僕の行動に対し注意を払えなくなっていたらしい。

「動きが止まった! 今だ、撃ち抜けッ!」

キヨマサの合図に合わせて弦を引いていた右手を離す。

放たれた矢はモンスターの顔へと真っ直ぐ飛んで行き――血走った眼を貫いていた。


「いいぞ、ジェレミー! 次は俺の番だ!」

いくら屈強な身体を持つフォックスハウンドといえど、硬い皮膚に覆われていない目玉はウィークポイントだったようだ。

ヤツはこの戦いで初めて痛みに身を悶えさせている!

「ここで息の根を止めてやる!」

キヨマサはカタナを携えながら颯爽と駆け出し、もがき苦しむフォックスハウンドの首根っこへと飛び乗る。

そして、一番神経が集中しているであろう部分にそのまま刃を突き立てた。

「うりゃぁッ!」

普通なら急所を貫く一撃でほぼ即死だろうが、この森で最強のモンスターはやはり格が違う。

致命傷を負ってもなお倒れないどころか、むしろ最期の抵抗は激しさを増したようにも見える。

フォックスハウンドは懸命に身体を振り回し、首根っこの上にしがみ付く人間を振り落とそうとしていた。


「まだ倒れないのか……! だが、もうそろそろ限界のはずだ!」

左手で体毛を掴んだまま、右手に持ったカタナで何度も急所を突き刺すキヨマサ。

彼をサポートするため僕も再び弦を引き、まだ潰していない右眼へと狙いを定めた。

「こいつ、ますますムキになりやがった!」

「キヨマサ! 飛び降りるんだ!」

万が一外してしまった場合を想定し、キヨマサにフォックスハウンドの上から降りるよう促す。

「いや、俺が動きを止めてやる。その間にもう片方の目を潰せ!」

だが、彼は危険を顧みること無く僕が攻撃を当てられるようサポートしてくれる。

この機は逃さない……!

「今だッ! 当たれぇッ!」

完璧なタイミングと照準で放たれた矢は、フォックスハウンドの右眼を貫くのだった。


 両目を潰されたことで完全に光を奪われ、残された体力を振り絞るように暴れ狂うフォックスハウンド。

「う、うわーッ!」

さすがのキヨマサも耐え切ることができず、掴んでいた体毛ごと振り落とされてしまった。

「ストリームッ!」

彼が立ち上がるまでの時間を稼ぐため、僕はマギアを放ちフォックスハウンドの足止めを行う。

だが、規格外の巨体を活かした踏ん張りは途轍もなく強く、動きを止めるだけで精一杯だ。

そして、この行動によりヤツの敵意は僕の方へと移ったらしい。

「グァァァァァッ!!」

強風を耐え凌いだフォックスハウンドはこれまでで最も凶悪な雄叫びを上げ、マギアの連発により息が上がっている僕へ突進攻撃を仕掛ける。

……クソッ、体力を消耗したせいで足が動かない!

「ジェレミーッ!!」

キヨマサがすぐさまマギアの準備に入っていたが、彼の魔力を以ってしてもおそらく間に合わないだろう。

「(直撃しても骨が折れるだけで済むか? いや……全身を強く打ってあの世逝きかもしれない)」


 意外に早かったな、僕の死も……。

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