【0】PROLOGUE -コンコルドⅡ爆破事件-
「エンジン推力低下! ……ダメです、コントロールが利きませんッ!」
西暦203X年、ここは大西洋の上空だ。
俺の名前はジェレマイア・マクラーレン――親しい連中からは「ジェレミー」と呼ばれている。
……それはともかく、俺は人生史上最大にして最期の危機に直面していた。
俺が何の仕事をしているかって?
聞いて驚くなよ……俺は超音速旅客機のパイロットなんだ。
といっても、まだまだ見習いの副操縦士だがな。
かつて、イギリスとフランスが共同開発した超音速旅客機「コンコルド」。
彼女の美しい姿に心を射抜かれた少年は大空を目指し、大学を経て母国イギリスの航空会社へ就職した。
そして今、彼はコンコルドの後継機「コンコルドⅡ」のコックピットに座っている。
パイロットになるまでは順風満帆な人生だったんだがなぁ。
幼馴染と結婚して、可愛い娘も生まれたし。
ところが、時はまさに自爆テロ全盛期。
年に5~6機の民間機がテロリストの搭乗を許し、空中で爆発四散する。
今ではあらゆるエアラインが標的にされる、物騒な世の中になっちまった。
先月は日本の航空会社の機体が離陸直後に爆破され、墜落地点の住民と合わせて600人以上が亡くなったという。
まあ、ウチの会社はセキュリティ対策がしっかりしているし大丈夫だろう――。
そう高を括っていたら、この有り様だ。
事の発端は約1時間前だった。
俺が搭乗しているコンコルドⅡ(機体記号:G-BMAC)はロンドン-ワシントンD.C.間を結ぶ路線で運用されており、飛行経路については大西洋を東から西へ横断するカタチになる。
パイロット歴32年のベテラン機長に顔見知りの客室乗務員たち、そして天気は雲一つ無い青空。
今日も平和なフライトになるかと思いきや、胴体後部の爆発がそれを妨げた。
これは墜落後の調査で判明したことだが、荷物検査をすり抜けた「爆発物」が貨物室に紛れ込んだ後、時限式のセンサーで起爆したらしい。
……その時俺は死んでいたから、今更感のある話だけどな。
とにかく、爆発の影響で操縦が著しく困難になったのは事実。
機長と俺は機体のコントロールを取り戻し、可能ならば安全な場所へ不時着水させようとした。
だが、あの時はどうしようも無かったんだ。
コックピット内では対地接近警報装置のアラートがけたたましく鳴り響いている。
訓練で学んだあらゆる技を用いて機体を立て直そうとするが、操縦系統自体が既にオシャカになっているのかもしれない。
サイドスティック形式の操縦桿を引いても、昇降舵が動いている感覚は全く得られなかった。
このまま直進すると海面へ突っ込んでしまうのだが……。
「ジェレミー、死ぬ瞬間まで操縦桿を離すな! 最善を尽くすのがエアラインパイロットの責務だ!」
「分かっています、機長! もう一度機体の安定化を試みます!」
俺たちは諦めるわけにはいかない。
たとえ、滅びへの道を飛んでいるとしてもだ。
生きて帰ることが叶わないのならば、せめて機体が原形を留める程度の衝撃で墜落させ、テロ攻撃に巻き込まれた痕跡を遺す必要がある。
コックピットの先に広がるのは大西洋の大海原。
仮に操縦系統が復活したとしても、この速度と降下率では間に合わないだろう。
フランシス、シャーロット……すまない。
海面へ超高速で叩き付けられ、俺の身体は強い衝撃によってバラバラに砕け散る。
記憶が途切れる最期の時、脳裏に浮かんだのは妻と娘の姿だった。
203X年5月1日、ロンドン発ワシントンD.C.行きの超音速旅客機が大西洋に墜落。
粉々になった機体の残骸が海上を漂っており、乗員乗客158人の生存はこの時点で絶望視された。
当該機の副操縦士であるジェレマイア・マクラーレン(当時28歳)も遺体未発見のまま1か月後に死亡認定となり、生まれ故郷のスティーブニッジで葬儀が執り行われている。
……彼は確かに死んだ。
この時は家族のみならず、事故を知る誰もがそう考えていたのだが……。
この部分では本文に登場した用語の解説を行っていきます。
【コンコルドⅡ】
イギリス、フランス、ドイツ、イタリアの4か国が共同開発した超音速旅客機(SST)。
一般的な旅客機がマッハ0.8程度で巡航するのに対し、本機はマッハ3.2の速度で成層圏を翔ける。
かつての超音速旅客機の名前を受け継いだこの機体は先進技術が数多く注ぎ込まれており、初代コンコルドの欠点を概ね克服している。
コンコルドⅡの登場によってSSTは再び脚光を浴び、航空業界へ真の革命をもたらしたのである。