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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

やめろ、俺は生産チートがしたいんだ! 軍人になんかなりたくねー!

作者: 春猫

生存報告代わりに以前書いた作品を微修正してみました

 ゼルヴェギウス帝国は北から西にかけてオルデス山脈に囲まれ南方に海に突き出した半島を抱える、馬の首に似たシルエットの国土を持つ344年の歴史を持つ国家である。

 馬の鬣に当たる国土の東部は隣接するサナリア王国との多年の紛争の結果、国境線が入り交じり、いっそう鬣の様なギザギザの状態になっている。

 帝都は喉頭に当たる位置にあり、馬の首に当たる南部とそれ以外の北部の中間に位置している。


 ……うん、面倒くせえ。

 

 貴族、それも北方候の一族として生まれた俺は、この国の歴史と地理について勉強させられている。

 うちの家系は代々軍人として北方候に仕える、遡ると二代目北方候の三男が臣籍に下って起こした家で、氷の魔法を得意とする戦闘魔術師の系譜でもある。


 そう、ウチの家系は氷なんだ。

 典型的ヤラレ役、あるいはライバルに成り切れない残念君の氷魔法だ。

 あるいはクールな二枚目気取っときながら、驚き役&解説役とかな?

 というかだな、今暮らしてるこの環境、一年の三分の二近くは雪や氷に囲まれてるんだ。

 視界にでっかく猛吹雪の時以外は入り込んでくる山脈の頂の雪は、真夏でさえ残ってるしな。

 

 なにを好き好んで魔法まで氷を使わなくてはならないんだ?

 これが噂に聞く南国バカンス天国な南方ならデザートやら飲み物やらで大活躍出来るだろうが、北方で氷、生活の役には立たない。

 そこら中にあるんだから、実際。

 前世スポーツマンならスキーだスノボだスケートだと、また違った意味で活躍も出来るんだろうが、スキーもスノボもモニターの中のキャラクターを動かした経験しか無い俺にしてみれば、全く魅力を感じない。


 食生活に関して言えば、幸い領地で岩塩が取れる上に南部の海から作られる塩も安いため、味気ない食事ということは無いが、食肉の大半とスパイスの一部がモンスター頼りな上に、野菜もほとんど収穫出来ない(それでも凍らせて運んできた南部の果物なんかも貰えるウチは凄く恵まれてるんだけどな)。

 軍人系とはいえ、一族の中には王都や他の地域に派遣される者や、独立して他の土地に行った者も居て、そうした連中がやって来る際にはそうした凍らせた食品がお土産となるのだが、単純に凍らせただけでは重いため、量的には大したことは無い。


 そう、残念ながら時空系の魔法はこの世界にはいっさい存在しない。

 アイテムボックスも、瞬間転移も、時間停止も無い。

 必然的に個人や小集団が持ち運べる荷物の量にも限界がある。


 領内には川も在り、下流には別の領地の街もあるが、年の半分は雪で覆われたり、凍ったりで水位の変動も激しく川を水運に利用することも難しい。


 まあ、そんな感じで年中大して変わらない(それでも領民からすればえらく恵まれてるんだが)食事を取って、勉強させられ、剣などの稽古を付けられ、魔術の訓練をさせられ、というのが俺の日課だ。

 前世記憶(自分で言ってて嘘くさいんで人には一切言ってないけどな?)持ちではあるものの、起きてる時間のほとんどをゲームと漫画メインの読書に費やしてきた俺には、生かせるだけの知識なんて無かった。

 

 無かった……そう、過去形なのだ!

 氷魔法と比較的相性のいい風魔法を練習していた俺、疲れ切った体に前世の食い物の妄想が襲い掛かる。

 お菓子、コンビニ弁当、インスタント食品……。

 そうして思い出した言葉……フリーズドライ製法!!


 冷凍したものの周囲の気圧を下げて真空にして水分を直接気化させることで乾燥させる。

 冷凍は氷魔法でいける。

 気圧は風魔法でコントロール出来るっぽい。

 それに真空なんて漫画やゲームの風魔法の定番じゃん!

 

 野菜もフリーズドライにすれば軽くなる。

 日持ちしないものだって腐らない。

 こっちの領民に野菜その他の食べ物をもたらすことが出来、フリーズドライ製品を作るという名目で俺も南部暮らしでウハウハ、みんな幸せオールハッピー……だろ?

 生産チート生産チート、転生者の醍醐味だろ、これ!

 俺は魔法の鍛錬にいっそう力を入れた。


 氷魔法は倒れたコップからこぼれた水が地面に滴り落ちる前に凍らせることが出来る様になった。

 氷礫や吹雪っぽい攻撃魔法は全く練習しなかったけどな?

 

 気圧制御は半径一メートルくらいの空間を真空状態にすることが出来る様になった。

 扇風機の強レベルの風すら起こせないけどな?


 勉強や稽古そっちのけで魔法の鍛錬に励む俺を親や周囲は眉を顰めて見ていたが、その内、俺の秘めたる可能性に気付いたのだろう、むしろ奨励する空気となっていった。


 そして今日、当主である祖父に呼ばれた。

 ついにほぼ完成に近づいたフリーズドライの有用性を説明出来る機会が来たのだ。

 花……なんてやろうものなら母さんに殺される。

 野菜、果物……みんなから寄ってたかってぶん殴られる。

 デモンストレーションとして俺が用いられる水分を含んだものって、捨てられる使い道の無いモンスターの目玉くらいしか無かった。

 内臓は食ったり、薬にしたり、肥料にしたりと結構使うんだよ。

 それにサイズでかいし、血とかも滴るし……。

 目玉も使い道があるモンスターも居るが、価値が無く捨てられる方が多いし、サイズ的にも適当だったんで貰った。

 

「テオル、魔法狂いだとこのワシの耳にも届いて居るが、その成果を見せてみろ!」

 こえー、むっちゃこえー。

 血の繋がった祖父なのにどう見ても敵にしか見えねー!

 滅多に話したことも無かったけど、公務モードなのか、そうした時より威厳3倍増し。

 下手こいたら死ぬな、これ……。


「ご覧ください」

 手の上に乗せた野球ボールサイズのモンスターの目玉。

 凍結乾燥させるっ!


「これは全く新しい魔法と自負しております」

 フリーズドライにしたモンスターの目玉を手渡すと、その軽さに驚いている。

 力を加えて、その脆さに更に驚く。


「うむ、わかった……」

 よしっ、これで南部行きだ。

 あったかいトコでうまいもん食って、ぐうたらしつつフリーズドライ製品製造だ!


「帝立魔道学院への進学を認めよう。我が一族の名を更に高めるがよい!」


 あ、あれ~????



 ☆☆☆☆・・・・・



 一族において当主の口から発せられた言葉は絶対である。

 俺は従者と侍女を連れて帝立魔道学院へと向かった。

 帝立魔道学院は表向きは魔法を研鑽するこの国の魔法関連での最高学府だが、実質は攻撃魔法に特化したワンマンアーミー養成所である。

 つまりは「帝立魔道学院へ行け!」は「立派な人間兵器になって来い」という意味だ。


 まったく、脳筋一族め!

 魔法と言えば戦闘手段としか思ってない。

 俺はフリーズドライで食材や料理を加工して、ぐーたらしながら金儲けがしたいだけなんだ!


 北部から帝都への道中、進めば進むほど暖かくなってくるのはいいが、持って来た服の大半は使い物にならないのではないだろうか?

 心配性の母親と世間体を気にする父親のせいで、かなりの荷物を持たされているのだが、その大半が役立たずになりそうだ。

 風邪は万病の元とは言うものの、どうして「寒くないように」系の母の思いというのは、こうも過剰になるんだろうな?

 要望通りフル装備しようものなら真冬でも我慢大会だぞ?

 帝都の真冬の明け方の気温はウチの領地の冬の昼間の気温より高い。

 南では珍しいモンスターの毛皮を使った服などもあるので、現金化して別の物を購入した方がいいかもしれんな。

 まだまだ子供体型の俺の服は、サイズ的に成人男性は難しいが女性なら着られないことも無いだろう。


 乗って来た馬車は北部仕様で外部の冷気を少しでも防ぐ為に窓が嵌め殺しなため、のどかな馬車での道中でも余り風情と言うものは感じられない。

 土地柄モンスターとの戦闘やモンスターからの逃走にも使用されるため、防御力だけはやたらと高い。

 てか、北部事情を知らない人間が見たら「どこに戦争しに行くんだ?」と聞かれそうだな。

 普通の荷馬車が軽トラ、一般的な貴族の馬車が高級セダンだとしたら、この馬車は戦車か装甲車である。

 小型のモンスターならあっさりと轢殺出来るし、人間サイズでも簡単に戦闘不能に出来る。

 実際、剣を片手に行く手を塞ぎに来た、食い詰め逃亡農民っぽい山賊が肉槐になってたしな。


 この国に限らず、この世界では、社会、ルールからはみ出た者は人間扱いされない。

 山賊や海賊、盗賊などは有害モンスターと同様に「駆除」される。

「人権が~」とか言ってられるほど人間社会に余裕が無いのだ、モンスターも居るし。

 生かして捕まえるという行為におけるリスク、生かしておくためのコスト、諸々を考えると、戦争が近いとか、鉱山が領地にあるとかの使い潰す機会や場所が無い限り、捕縛という選択肢自体が無いのだ。


 前世日本人には辛い、スプラッタ、ゴア系は慣れた。

 北部じゃ、ちょっと外に出ればモンスターか人間か、どちらかの死体を目にしないことは無いからな。

 死体漁りのモンスターは多いため、モンスターを狩ったり討伐したりしても、必要な部分だけを切り取ってその他の部分を捨てる者は多いし、人間の場合は誰だか分からない状態になっていることも多い上に、遺体に対して手を打つと元の世界の熊の様に自分の食い物を奪われた恨みで執拗に追跡、攻撃をしかけてくるモンスターも居るため、直接の知り合いの死体でも無い限り、回収や埋葬はしない。

 割に合わないのだ。

 過去の事例ではモンスターに殺された貴族の子弟の遺体の回収のため、兵士三十名以上が犠牲となり、その数倍に渡る怪我人を出して領軍が壊滅したケースもある。


 死ぬまでは行かなくても身体的欠損の発生直後に遭遇することも間々ある。

 モンスターに食われたり、叩き潰されたりとかな?

 北部の場合はそれに加えて凍傷もあるため、義手、義足の世話になっている人間は多い。

 目にする頻度は前世のメガネと同程度だろうか?

 ウチの家臣団の中には無事な手に剣を持ち、義手を魔法の杖化して魔法を使う、中二心がくすぐられる様なことをしている人間も居る。

 アタッチメントで盾やら短剣やらに先を交換出来るなんて「どこのライ○ーマンだよ?」と言いたくなる義手を開発している職人も居る。

 回復魔法や回復薬もあることはあるが、コストパフォーマンスが低い上に単価が高いことから、文字通り金に糸目をつけない人間にしか取れない手段となっている。


 そんな北部から南下するにつれ、往来の人々の顔も緩いものになってくる。

 北部だと暖かい家や屋敷の中はともかく、外では厳しい表情の人間が多いからな。

 見るとも無しに外を見ているとそんなことに気が付く。

 欠伸が出る様な、ただでさえ変化に乏しい馬車の旅だが、重武装馬車のせいで一層刺激の少ないものとなっている。


 かといってだらけて居眠りをしていく訳にもいかないし、ましてや横になって寝るなんてことも出来ない。

 従者も侍女も当主である祖父直々に人選をしてつけられた者、当然、監視役というかチェック役という意味もあるし、俺だけに限らず周辺や帝都の情報を報告する情報係という意味合いも持たされているだろう。

 一番、隙を見せてはいけない相手が四六時中傍に居るというわけだ。

 

「ああ、俺のぐうたら生活が……」当然口には出さず、内心の声だ。

 本でも読めばいいのだろうが、生憎と乗り物に乗った状態で読書をすると酔ってしまう体質は前世と同様である。

 しかも吐き気を覚えたから窓を開けてなどということが出来ない。

 なので読書は除外。

 中には侍女が居るものの敵ではないが味方というわけでもない。

 ましてや友達の様に気軽にお喋りをしたりなど出来る訳が無い……というか、転生後、友達っていないや、そう言えば。

 日常の行動範囲内に親族以外の同年代の人間が存在していないんだ。

 前世ではフォーマットに無い会話が話せない微コミュ障だったんで、楽ではあるんだが、虚しさを感じないこともない。


 ひたすら変化に乏しい外の景色を眺め、なんとか辿りついた帝都。

 一旦、祖父の持つ屋敷に入り、既に手続き済みの学院の寮に入る準備をする。


 寮は貴族寮と平民寮があるが、これは貴族が平民を見下してなどということではなく、使用人、俺の場合は従者と侍女の部屋が付属しているのが貴族寮、本人だけで来て生活する人間のための寮が平民寮となっているという部屋の作りの問題で、貴族でも平民寮に入っている人間も居るし、裕福な商人の娘などだと悪い虫が付かないように監視役を付けて貴族寮に入寮するなどというケースもある。

 本当なら俺も平民寮に入りたいトコだったんだけどな?

 貴族として人に仕えられ、人を使う生活というものにはなんとか慣れたが、日常の生活空間内に常に誰かしら他人が存在しているというのは余り好きではない。

 ネットの煽りならスルー出来るが、存在している人間をスルーするという、貴族が一般的に持っている技能は身に付いていないのだ。

 いや、スルー出来ないと疲れるよ、ホント。

 起きている間、一人っきりになれるのなんて、トイレの中しか無いんだから、一定以上の貴族の場合。

 他所の国なんかだと、トイレの世話係まで居るなんて話もある。

 下手に振り切って一人きりになろうものなら、一緒に居るべき人間が慣用句的な意味や、物理的な意味で首を切られることになるからね?


 直接、寮に向かわないのも学院側の受入れのため、事前に日時を確認の上調整し、同じ日時に入・退寮者が集中して移動や搬入が煩雑になったり、それに付随してトラブルが発生したりすることを防ぐことを目的とした措置であり、それをしないと在学中どころか一生、「無知で粗野な田舎者」として扱われる。

 一応は知的職業である魔法関係者としては致命的なレッテルだ。

 なもんだから、ウチみたいな本当の無知で粗野な田舎者でも、そのルールは守っているのだ。


 外に出た経験のある領地の文官系の人間に聞くと、ウチの領地の人間だと分かると「うわぁ…」と言う顔をされるという話なんで、お行儀良くしててもあんまり関係無いみたいなんだけどな?

 たぶん「モンスターよりはマシ」程度の感覚なんだろう、他の領地、特に帝都の人間から見るとウチの人間は。


 実際、食用になるモンスターを見て、脅威に感じる人間より、美味そうかどうかが気になる人間の方が多いのだ。

 老齢のモンスターに対峙して思い浮かぶのが「年がいってて狡猾そうだが、体力的には落ちてるだろう」ではなく、「年がいってて筋張って肉がマズそうだよなぁ、煮込むしかないか?」なのだ。

 鬼を食らう羅刹みたいなもんだな?

 俺も知らず知らずの内に毒されてる部分はあるだろう。

 これからの学院生活、ドン引きされないよう気をつけないとな。


 帝都の館で三泊してから入寮。

 その間に制服の手直しを若干したり、街に出て買い物をしたり、定番とも言える冒険者ギルドへの登録なんてものをしてみたりしていたので、暇を持て余すということは無かった。

 ギルド登録時のお約束?

 いや、クライアントになる可能性もあり、どこでどう繋がってるかも同じ貴族同士でも分からない貴族に絡むとか普通有り得ないから!

 本人が貧乏貴族の三男とかでも親類知人経由でとんでもない大物に繋がってるとか普通にあるからね?

 国内の貴族なんて間に二人通せば、どんな縁でも大抵は辿りつくから!

 まあ、それが無くても北方候の縁者って分かる紋章付けた人間に絡むとか、自殺願望がある人間ですらやらないらしいからな、この帝都じゃ。

 ウチのご先祖さまや縁者、なにやらかしたんだよ、おい。

 店とかでも流石に営業スマイルは消さないが、慌ててこの時機増えるおのぼりさん向けボッタクリ価格表示を撤去してる姿は見た。

 下手な行政指導より効果あるよな?

 アルバイトとして、帝都の商業管理系の貴族と交渉してみようかな?

 そこで縁を繋いで、将来的なフリーズドライ製品の販売に!


 まだ諦めてないのかって?

 いや、諦めたらそこで試合は終了って、前世で偉い人も言ってたし……。

 冗談抜きに俺を人間兵器にするより、フリーズドライ製品作らせてた方が国防面でもプラスになるんだよ。

 なんせ、軍事行動における大きな負担要素である糧食問題が大幅に改善されるんだから。

 それに強力な魔術師は戦術を覆すかもしれないが、俺のフリーズドライは戦略を覆す代物だ。

 フィクションなんかだとアホな貴族が多いが、あれは歴史上での最悪ケースを元に創作されたもので、その歴史にしたって死者に悪役を押し付け、本人以外の罪もおっ被せるケースが非常に多いなんてのは、少しでも真面目に歴史を調べれば分かることだ。

 だから、歴史に関しては単独の史料を根拠とするものは定説になり得ないし、その定説ですら別の史料で覆ることも珍しくない。

 

 話が逸れたが、全ての面において無能で馬鹿な貴族というのは一定の地位以上にはほとんど存在しない、例えばウチの親族は脳筋が多いが、それでも馬鹿は少ない。

 脳筋は能力ではなく嗜好であり志向なのだ(ウチの領地の脳筋共に語らせれば更に「至高」が付け加えられるだろう)。

 興味と知識が思いっきり偏っていて、優先順位が異なっているだけだ。

「メシは大事だろ!」と輜重の重要性も理解している。


 で、軍の輜重やら商業関係やらに関与している貴族なら、俺のフリーズドライ魔法の有用性を理解してくれるはずなのだ。

 まあ、イタリア軍のパスタみたいに使用する環境を考えないと馬鹿にされるけどな(あれはあれで水の豊富な場所でなら糧食としてはパンよりは優秀だと思うが)?

 単独で祖父の決定に逆らうことは無理なので、ならば外部の力に頼ろうというわけだ。

 北方に限っても祖父の上には北方候が居るし、帝都を含めれば祖父にとっての上位者は更にその数は増える。

 直接そういう相手に繋がらなくても、そういう相手と繋がっている人間に有用さが認められればそれでいいのだから、あの祖父相手に既に決定を下したことの撤回を直接交渉するよりはよほど簡単だ。

 まあ、ただ、帝都でのウチの領地の評判を考えると、そうした官僚系がウチの祖父を押さえ込めるかということに関しては自信が無いんだがな……。


 軍人系だと逆に祖父の後押しをしかねない。

 類は友を呼ぶ、往々にしてネガティブな方面で実感することが多いよな、この言葉?

 帝都で「会っておくように」と祖父から言われてる貴族が何人か居て、魔道学院の休日はその相手との面会でスケジュールが埋まっているため、ある程度自由になる時間が確保出来るのは、学院側の都合で決定される、予定が不確定だったこの入寮前のわずかな時間しかなかったのも悲しい現実だ。

 入寮前に帝都で買い物とか、冒険者ギルドへの登録とか、如何にも地方から出てきた田舎者がしそうな行動だったが、これを逃すと次が何時になるか全く分からないどころか、下手をすると全く「無い」なんてこともあり得るんだよ、恐ろしいことに貴族の場合は!

 一度誰かに会うと、それが次の予定に繋がったり、別の相手を紹介されたりなんてのが普通にあるから「祖父に言われた人間には一通り面会したから後は暇だな」なんてことはまず無い。

 自分では全くコントロール出来ないところが恐ろしいトコだな。


 この数日、それなりに楽しんだのも確かだが、傍から見るほどエンジョイしてたわけじゃないんだ。


 そうして会う相手はまず祖父寄りの人間だ。

 俺の軍人魔術師ルートの舗装をガチガチに固めてくる相手とも言える。

 怒らせたり不興をかったりするのはもちろん論外だが、逆に気に入られてしまうのも不味い。

 最終的に取り込まれてしまうなんて将来的な危険ではなく、数少ないフリーな休日に「顔を見せに来い」と言われて休日が休日で無くなってしまうという学院在学中における脅威だ。

 ほどほどに相手に強い印象を残さないのがベスト。


 でもって、そうした人間に祖父から預かった手紙などを届けたりしているため、帝都に着いてからは俺の従者はやたら忙しく、この四日間で2回しか顔を見ていない。

 フィクションだと、こうした従者と友達だとか兄弟同然だとかあるけど、それ無理。

 優先順位で言うと当主、家門、そして俺といった感じで、当主に命じられ、家門内での自分の役割として俺の従者をしているだけで、俺個人に対してどうこうといった感じは無い。

 まあ、こっちが前世引き続きの微コミュ障なせいもあるが、例え会えば誰でも友達系の人間でも彼と友好関係を結ぶのは非常に難しいと思われる。

 もし彼に友人関係が構築されるとしたら、彼と同じ様に自分との関係よりも仕える家や主を優先するのが当然だと考える同じ様な身分の人間くらいなものだろう。

 侍女にしても似たり寄ったりで、ましてや恋愛なんて有り得ない。

 いわゆる「お手つき」にした場合でも当主や他の人間に逐一報告されるのはまず間違いない。

 美人局よりもっとおっかない事態になる場合もある。

 主人公に惚れて尽くす侍女なんてフィクションの存在ですから……。



 ☆☆☆☆・・・・・



 祖父の知人、友人包囲網をなんとか潜り抜けつつ、確保した休日に出かけた帝都で評判の店のシチュー料理をこっそりフリーズドライ化してみたり、座学の方で魔道具作成なんてのがあったので、この自前の魔法を魔道具化出来ないものかと挑戦してみたりと入学前から思っていたよりは充実した学院ライフ。

 ん……?

 友人は? ってか?


 お前……「この国のため、貴族として魔法の力を」って奴とか「俺のこの魔法でこの国に害を為す者に死を!」なんて連中が溢れてるトコだぜ?

 俺の本音の「生産チートでぐうたら楽しい人生」なんてのがバレた日にゃ吊し上げをくらいかねん。

 例年の入学者が約300人、卒業者は250人、リタイア、ドロップアウトが40人。

 後の10人は?

 誰に聞いても答えは返ってこない……。

 帝都におけるいくつかの学院の中で最も自主独立性が高いのが魔道学院と言われている。

 つまりはそういうわけだな。

 なにをやらかしたのかは知らんし知りたくも無いが、彼ら10名の後を追うことは絶対にしたくない。

 既に同学年の入学早々周囲に迷惑を振りまいていた勘違い俺様系お坊ちゃまが一名姿を消している(他に「物凄くいい子」になった少年が二名ほど居た)。


 つまりはリスク回避であって、ボッチ体質ってわけじゃないぞ!?


 こうしてなんとか一年目を潜り抜けた俺だが、二年目ともなると実習の比率が増えてくる。


 出来れば魔道具開発の方へ行きたかったのだが、祖父からの教師陣への根回しとそれを覆せるほどの才能(もしくは狂気)を俺が持っていなかったため、普通に従軍魔導士のコースへと進むこととなった。


 実際、魔道具開発コースに進んだ連中は「それ以外、社会の枠内で生きていける道が無かった」連中ばかりで、それなりに取り繕えてしまう俺程度では入り込む隙が無かったのだ。


 そして俺の人生設計を完全に崩壊させる事件が起こったのだ。

 もう、取り返しがつかない……。

 ほんと、どうしよう……。



 北部が雪と氷に覆われていたことからもある程度推察される様に、帝国の国土は豊かな水に恵まれている。

 河川は人々の生きる恵みをもたらすと共に交通の要ともなっており、湖沼など人々の生活環境に隣接した水は実に多い。

 ただ恵みだけでなく帝都南西の大湿原は人の侵入を拒むだけでなくモンスターの巣窟として、時にそこからあふれ出したモンスター被害などももたらすなど、多量の水がネックとなっている地域もある。


 周辺部での間引きは冒険者にとっても重要な仕事の一つであり、魔道学院の野外研修のメインスポットともなっている。

 モンスターという的が多いだけでなく、威力やコントロールに問題がある魔法を使っても周囲への被害をあまり考えなくてもいいということもあり、「思いっきり最高火力をぶち込んでみたいぜ!」などという生徒たちには人気が高い。

 

 俺か?

 俺は湿原での研修は好きじゃない。


 虫のせいだ。

 蚊がいる、蚋がいる。

 頑張れば冷気の膜で自分を囲って防げるが、これ結構魔力を使うんだ、だいたい10分でフリーズドライ100回分。


 まあ、俺の個人的な好き嫌いなんて関係なしに、その時の研修も行われた。

 班分けは得意魔法分野や成績で教師側が割り振ったんでボッチの悲哀は味遭わずにすんだ。


「あ、顔は知ってる」という程度で名前も知らない班のメンバー。

 これは実はどうでもいい。


 問題はその研修のタイミングで唐突に天災レベルのモンスターが現れてしまったことにある。


 スライムドラゴン。

 古龍のコアが周囲のスライムの大増殖の際に核となって誕生する数百年に一度しか発生しないモンスター。

 物理攻撃完全無効。

 酸のブレスを2タイプ(水流、ガス)持ち、体内、周囲の水をある程度コントロールする力すら持つ。

 形状としては翼の無いドラゴンの姿をしているが、本質はスライムであり、首が増えるどころではないレベルで体の形を変えたり、どこからでもブレスを発することが出来る。


 前回の発生時には「騎士団が食われている間に準備を進めた」数百人規模の魔術師による範囲儀式魔法で倒したと言われている。


 その動く災厄を倒してしまったのである。

 俺が……。

 ほぼ一人で……。



 その時の俺は同じ班のA君とB君と一緒に鍋で沸くお湯を眺めていた。

 別にひもじさに白湯を飲もうとしてたわけじゃないぞ!?

 俺の魔法の成果であるフリーズドライ。

 美味い食い物は偉大だな!

 前日の夕食で行列の出来る斧熊亭のブラウンシチューをフリーズドライ化したもので彼らの称賛を獲得した俺は、この日昼食に弓と亀亭のホワイトシチューを提供すべくお湯の用意をし、あとはフリーズドライ化したものを投入しかき混ぜればいいだけとなっていた。

 そして投入。

 かき混ぜると本来ならこんなところでは嗅ぐことの出来ないいい匂いが……。

 脳の中も口の中も既にその味がイメージされ、後は食べるだけ……。

 想像に現実が追い付き、それを凌駕していく最高の時間!


 それがぶちまけられたのだ、半透明の触手に!

 

 ほぼ間違いなく手中にあった至福の時間、至高の味が!

 理不尽に、唐突に、全く無意味に失われてしまったのだ!

 その時の俺らの怒りを鎮めることが出来る存在などこの世には無かった。


「グラウンドバースト!」

 A君の最大威力の魔法が怒りのブーストを受けて炸裂する。

「フレイムインフェルノ!」

 B君の魔法がそれに追い打ちをかける。


 主観的には復讐の怒りを込めた最大の攻撃だったが、その場に居た第三者的にはあまり効果が無かったらしい。


 そして俺の怒りのフリーズドライ!

「こうかはばつぐんだ!」だったらしい。

 

 俺らの位置からはドラゴンっぽい形状は全く見えず、単に大きなスライムにしか見えなかった。

 ともかく怒りのまま魔法を放ち続け突き進む俺たち。

 A君とB君が魔力切れでへばった後も俺の進撃は続く。

 

 カサカサになり粉末になっていくスライム。


 小さなスライムでは実験したことがあるが、スライムの場合、俺のフリーズドライを食らうと核とほんの少量の粉末しか残らない。

 だからスライムの大きいやつとしか思ってない相手に無双状態でも、俺は何の疑問も持ってなかったんだ。

 今考えると異様に巨大なコアの周囲にわずかに残ったスライムの欠片。

 俺のフリーズドライが決まり、それすら粉末になって消えていく。

「これで終わりか? 俺の怒りはこの程度じゃ収まらないぞ?」その時俺が考えていたのはそんなことだった。


 周囲から「うおおおおおお!!!!!」という歓声が起き、俺はなんだか分からない内に大勢からもみくちゃにされた。


 泣いてる奴、引率の教師や護衛役の冒険者のおっさん、いろんな奴に抱きしめられたり、肩や背中をどつかれたりしたが、俺は全く訳が分からない状態だった。

 A君やB君の姿は周囲には無かった。


 帝都から騎士団がやって来て立派な仕立ての馬車に俺はコアと一緒に座らされた。

 訳が分からないままだった。

 

 帝都に着いた。

 歓声を浴びながら晒し者状態で城までコアと2ショット。

 

 皇帝の前に。

 殺されるんじゃとビクつきながら傍にいた人の言葉をそのまま繰り返し、学院のローブに勲章を点けられた。


 祖父の友人たちが揃って嬉しそうな顔で、まるで自分自身のことの様に得意がっていた。


 翌日から帝都はお祭りとなった。

 それが終わる頃、超特急でやってきたらしい祖父に殺されるんじゃないかという表情や口調のまま褒められた。


 そうしてようやく落ち着いてみれば、俺は英雄になっていた。


 なまじ普通のドラゴンより遥かに厄介なスライムドラゴン。

 どこからも文句無く、ドラゴンスレイヤーと認められるそうだ。

 学院長や学院の理事である大物貴族たちも揃って得意げだ。

 

 もう、逃げ道はどこにも無い。


 俺は英雄として生き、英雄として死ぬしかないのだ。


 ああ、ぐうたらして楽して生きたかったなぁ……。




色々手続き系がひと段落すれば、連載の続きを書きます

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― 新着の感想 ―
読み返してやっぱり続きが読みたいなぁと。
[一言] 連載待ってます
[一言] 面白かった。 できれば続きを希望します。
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