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Gray World

作者: 夕月日暮

 ————————————0/under moon

 満月が綺麗な夜だった。

 俺は仰向けに倒れて空を見上げる。

 周囲に音はなく、生命の気配もない。

 木々は枯れ果て、土は腐食し、風は止んだ。

 空気さえも消え果たこの地は————死に尽くしている。

 だが、それでも。

 あの月の美しさだけは、まだ生きていた。

「——————」

 無論、俺は月ではない。

 死の世界、その真っ只中にいて無事に済むはずがない。

 外傷もなければ、体内の器官がやられているわけでもない。

 しかし、俺の身体は間もなく死を迎える。

 月だけが輝く世界で、誰に看取られることもなく、たった独りで死ぬ。

 寂しいなんて思うわけではないが、虚しさは残る。

 ……やれやれ。

 昔から「お前には美学がない」と言われることが多かった。

 全くその通りだと、自分でも思う。

 ————こんな風に自分まで殺してちゃ、美しさも何もない。

 特に深い理由があったわけではない。

 きっかけはとても些細なことだったように思う。

 だが、もはや思考が上手く働かないのか————その辺りのことは、思い出せなかった。

 いよいよ死が近づいてきたという直感。

 月が綺麗だという馬鹿げた感想。

 そして、死が満ち溢れたくだらない世界。

 ……なんて滑稽なクライマックスだ。

 ————やがて俺の意識は途絶える。

 いつか始まる、プロローグへと向かうために。


 ————————————1/The 14th century

 世間じゃ色々と揉め事が多いらしい。

 昔に比べると、なんと騒がしくなったことか。

 それだけ人間の数が増えてきたということだろう。

 なんだかんだで事態は悪化しつつあるため、聖欧教会が動き始めたらしい。

 人間同士の争いは魔族に付け入る隙を与えるようなもんだから、連中にとって現状はあまりよろしくないんだろう。

 逆に魔術師なんかは、新たな魔術を試せる機会が増えて喜んでそうだが。

 現在この地域は戦争中。

 正確には休戦協定が結ばれているが、はっきり言って真の終わりには程遠いだろう。

 下手すると百年近く続くんじゃないだろうか。

 そんな時代、更に悲惨なことに妙な病が流行りだした。

 あちこちで病死者が絶えず、この地域は絶望の匂いが濃くなってきている。

 俺が今座っている屋根の下からも、母親が逝ったことで嘆く息子の声が聞こえる。

 ……どーでもいいけどあんまり母親の亡骸にくっつかない方がいいぞ、感染するかもしれないから。

 そんな忠告を胸中で投げかけつつ、俺は前方に広がる草原を見た。

 ここは片田舎にある平凡な村だから、少し視線を向ければ自然には事欠かない。

 人間たちは大変な目にあっているというのに、自然は相変わらず優雅に存在している。

「相変わらず暇そうですね」

 後ろから声をかけられた。

 気配には気づいていたので別に驚きはない。

「やあソフィ。俺の寝首でも刎ねに来たか?」

 振り向き、俺の背後に立っていた女を見る。

 やや薄めの金髪、ほっそりとした顔立ち、そして意志の強そうな双眸。

 俺好みの超絶美女がそこにいた。

 惜しむべくは、立場上俺とこいつが敵同士だということ。

「冗談。私程度の力では、せいぜい三日程度の死しか貴方には与えられない」

「三日も与えられれば充分……と言うより、俺を殺せるって時点でお前も立派な化け物だ」

「女性に向かって言う発言ではないですね」

「ああ、今俺は『神代士』としてのお前に、賛辞の言葉を送ったんだ」

 神の代理として戦う戦士。魔を狩る聖欧教会の一員で、その中でもトップクラスの存在だ。

「なら私は『魔族』としての貴方にこの言葉を送りましょう。……部下の管理はきちんとしてください」

「一週間前に問題になった奴か? あれは俺の同種じゃない。お前らは俺たちを魔族と一括りにしているようだが、形態は多種多様だ。ヴァンパイアもいればデーモンもいる。ゴーストだっているしハーピーだってそうだろう?」

「確かにそうですね。しかしアレは貴方と同じオーガですよ。知性もさほど感じられず、凶暴化して人肉を喰らっていた」

「まるで俺が馬鹿みたいな言い方なのが気になるが……俺に責任はないぞ。確かに俺は同種の中じゃ代表的存在だが、キングというわけではない。ジェネラルでもない。お前らと違って俺たちは縦社会じゃなく横社会が基本なんだ。俺の言うこと聞くような奴などいない……お前の言葉を借りるなら、馬鹿揃いだからな」

「だったら、貴方が上に立つべきです。立って彼らをまとめ、少しは大人しく生きてください」

 いつもと同じ、ソフィの小言だった。

 まぁこうして対話で向かってくる分、好感は持てる。

 俺たちに対する理解がまだ足りてないのは頭ガチガチな教会という環境のせいだろう。

 これまでは問答無用で毎回襲い掛かってくる変態ばかりだったので、ソフィの存在は俺としてもありがたい。

 敵同士として出会ってなければ恋に落ちてたかもしれない。

 ……と言うより、以前一度襲いかかろうとして返り討ちにされた経験があったりなかったり。

 だからか、俺の知性が疑われてるのは。

 足りないのは理性であって、知性は割とあると自分では思ってるんだが……。

 ともあれ、そんなソフィを俺に当てた辺り、教会は方針を少し変えたようだ。

 何をやっても殺せない化け物相手に、いつまでも戦いを挑む程無能ではないらしい。

 最近はこうしてソフィの小言を聞かされる程度だ。

 元々向こうが一方的に俺を敵扱いしていただけなので、こっちとしては非常に助かる。

「しかし、貴方もよく分からない人ですね。人間を止めてオーガとなり、法を逸脱した外法存在となった。……そこまでやって何をするのかと思えば、昼寝や散歩とは」

「オーガらしく人間食えってか? やって欲しいならやるぞ」

「それは遠慮していただきたい。また貴方を殺さねばならなくなる」

「俺も殺されるのはごめんだ。それに俺レベルになると、人肉なんざ却って不味いしな」

「そうなんですか?」

「世界は法と認識で出来ている。俺は法から外れた存在だからな。"食う"という法内の行為自体が、もう俺には合わない。飲まず食わずでも平気と言うよりは、飲んだり食ったりって言うのは俺にとって不自然なことなんだよ」

 何かを食いたいと思うことはあっても、実際その行為に至ると拒否反応が起こる。

 食いたい寝たい○したい(自主規制)と思っても、それを出来ないという矛盾。

 まぁ睡眠欲に関しては、幾多の昼夜を過ごしたおかげで感覚麻痺してしまったのだが。

 残り二つも後数百年経てば薄れて消えるかもしれない。

「でも暇と言えばお前も暇だよな。つーか教会が暇なのか、実は。俺なんかのとこに人員割いてる場合じゃないだろ」

「教会も私も暇ではありません。大忙しです。……今日は貴方に、協力依頼を申し込みにきたんです」

 ……あー、なんか嫌な予感。

「……教会が俺に? おいおい、最近じゃこうして休戦状態になっちゃいるが、本質的には俺ら敵じゃないのか?」

「ええ。ですから————これから味方になっていただきます」

 にこりとも笑わず、生真面目な表情で……ソフィはそう断言した。


 ————————————2/salvation I

 幻想が形となる。

 俺が生まれた時代では、そんなのはよくあることだった。

 皆が信じたことがそのまま現実になる。

 そうした『人間たちの認識が顕現した存在』を、幻想種と呼ぶ。

 ドラゴンやペガサス、ユニコーンなどが代表的だ。

 太古の頃には、そうした幻想たちが世界中で見れたものだ。

 人々は世界に存在する法に対して無知で。

 自らの認識を頼りに生き続けていた。

 だが時代は進み、やがて人々は法を多く知り始めた。

 荒唐無稽な幻想は認識から薄れていき、形を成しえるほどのものはいなくなった。

 次第に幻想が、現実に追い越されるようになったのだ。

 それでも人々の中から幻想が完全に消えることはなく。

 ……たまに、こうして現れることがある。

「——————こいつは酷いな。皆やられたのか」

 ソフィに説得された結果、俺は教会の仕事を手伝うはめになった。

 そして案内されてやって来た寒村は、腐臭が凄まじかった。

 家は腐食し、草木は枯れ、空気さえもが淀んでいる。

「気持ち悪いな。……なんて醜悪」

 俺が言えた義理じゃないが、こんなものには美学がない。

 生きることの美しさもなければ、終わることによる完成もない。

 半端な光景。

 黒でも白でもないこの光景は、あるものを連想させる。

 ひどく不愉快な気分だった。

 終わってからそれほど月日が経っていないのか、村人の死体は充分原形を留めている。

 皮膚を見る限り、最近大流行の病のようだった。

 俺の身体は病気を通さないので問題ないが、感染病の死体がゴロゴロ転がるこの村は……かなりやばい。

 教会が俺をここに寄越した理由が分かったような気がする。

「黒死病。ご存知ですよね?」

「ああ……」

 鼠によって運ばれてくると言われる病気だ。

 戦争もそうだが、今はこの病気の方が人間にとっては危険だろう。

 どんどん感染者が増えていくのだから、被害も増大していく。

 いつ自分が感染するか、という恐怖に皆が怯えていた。

 鼠を次々と駆逐していったり、既に感染した者を監禁したり。

 人間の慌てようは、見ているこっちが顔をしかめたくなる程のものだった。

 それだけの狂騒だ。

 ————誤った幻想を生み出すには充分だろう。

「これだけの災害。黒死病にしても不自然だ。お前が動くぐらいなんだから、何かあるんだろう」

「ええ。感じませんか、この辺りに漂う黒き魔力を」

 ソフィに言われて、感覚を最大限に引き伸ばす。

 するとこの村……どころか、周囲一帯に広がる黒い霧が見えた。

 これだけ高密度の魔力が集まれば、なるほど幻想種も誕生するわけだろう。

「人々は戦争と疫病で、精神的に疲弊しきっています。恐怖心などからいらぬ妄想を抱く者は大勢いるのですよ」

「それに乗じて、その妄想を現実にした奴がいるのか。……悪趣味だね、どうも」

「いえ。今回の件、首謀者は既に火刑に処しました。問題は残された地域の浄化です」

「……」

 涼しい顔して恐いこと言うな、こいつ。

 まぁ俺も焼き殺されたことはないから、火刑の苦しみはよく分からないが。

「で、浄化と無縁な魔族の俺を引っ張り出した理由はなんだ?」

「首謀者はもういませんが、彼のせいで生み出された幻想種はまだ残っています」

「それを倒せと? 神代士のお前じゃ駄目なのか」

「単独では無理です。黒死病に対する人々の恐怖は生半可なものではありません。神罰と信じている人々も大勢いるのですよ?」

「……そんなのが形になったんじゃ、さすがのお前もきついわけか」

 昔はよく自然が神格化され、そこから新たな神が誕生したこともある。

 次々と人間を殺していく対処不能の病気、そんな災害が形になれば……極上の悪魔にでもなることだろう。

「この辺りにいるのは確かなんだな?」

「それは確かです。辺りを結界で封鎖してますから、幻想種が外に出ることはありません」

「ははぁ。さっき妙な気配を感じたのはそれか」

「……貴方にはその程度の効果なんですね」

 何かを諦めたように溜息をつき、ソフィは肩を落とした。

 魔族たる俺が簡単に結界を突破したのを嘆いているらしい。

 気にするな、俺が規格外なだけだ。

「————む」

 落胆した様子のソフィ。

 その後ろの方で、何かがもぞもぞと動いた。

 無言でソフィを押しのけて、そちらに視線を向ける。

 そこにいたのは一人の女だった。

「まだ生きてるな」

「生き残りですかっ」

 ソフィが威勢のいい声を上げ、身を乗り出してくる。

 だが女の姿を見た瞬間、顔色がさっと蒼くなった。

 ————この女は、もう助からない。

 一目見てそれが分かるような、悲惨な状態だった。

 肌はあちこち変色し、目には光も宿らず、呼吸音もひどく弱々しい。

 ソフィはしばらく黙っていた。

 そんな彼女の背中を軽く叩いてやる。

 俺の言わんとすることを理解したのか……ソフィはしっかりとした表情で、女の元へ歩み寄った。

「何か、言い残すことはありますか」

 聖職者としての本分を全うするため。

 あえて冷たささえ感じられる声で、ソフィが尋ねた。

 女はそこで始めて、近くに誰かいるということに気づいたらしい。

 ぴくりと身体を震わせて、ソフィの方に顔を向ける。

「……この、子を」

 女は自らの腕を開いた。

 そこには、まだ生まれてさほど経っていないのだろう、小さな赤ん坊がいた。

「この子を……お願いします。どうか、どうか……」

 弱々しい声。

 最後の気力さえとっくに搾り出したはずの女は、それでもソフィに向かって嘆願し続けた。

 もう助からない自分の分も。

 大切な人には、生きていて欲しいと願いながら。

 そして女は、赤ん坊をソフィへと手渡そうと腕に力を入れ————そこで絶命した。

 多くの村人たちと同じように、その生命を終えた。

「……良かったんじゃないか」

 女に向かったままのソフィ、その後姿がなんとなく寂しそうだった。

「他の村人に比べれば、その女は充分救われたぞ。最後に希望を見つけて終わったんだ。少なくとも、バッドエンドではないだろう」

「っ……!」

 ぐい、と胸倉を掴み上げられる。

 俺の眼前には、凄まじい顔をしたソフィがいた。

「無責任なことを……! こんなものは救いではありません、偽善ですよ!」

「赤ん坊のことか? 気にしても仕方ないだろ」

 ソフィから視線を外し、女の遺体に包まれた赤ん坊を見る。

 それは————とっくに終わっていた。

 女が最後の最後にソフィに託したのは、ただの肉の塊。

 生命を使い尽くして救おうとしたのは、ただの骸。

 俺たちには救いようがなかった、無関係の生命。

 そんなことはソフィも承知しているのだろう。

 俺から手を離し、ぎりぎりと歯軋りをしながら低く呻いた。

「……分かっているんです。貴方の言っていることは別に間違ってない。私にはあれしか出来なかった」

「そうだろう。お前に非はないし、あの女も多少はましな終わりを迎えた。それは救いじゃないのか」

「ええ、そうですね。分かります、分かっています」

 ソフィは女の遺体の方を振り返った。

 そして俺の方を見ずに呟く。

「……でも、理解出来ても納得出来ない。理屈ではないんです。この女性が赤子を私に差し出そうとしたとき、私は」

 別に関係ないはずなのに。

 たまたま居合わせただけなのに。

 無性に悔しくて、悲しくて、何も出来ない自分が腹立たしかった。

 そう言ったきり、ソフィは黙り込んでしまった。

 こいつは、こんな奴だ。

 俺のことを殺せるだけの力がありながら、心はまるでガラスのように脆い。

 前に一度、なぜ教会に入ったのか尋ねたことがある。

『————救われない人を見たくないんです』

 理不尽な力によって苦しむ人間を見たくない。

 そんな馬鹿げた願いで教会に入ったこいつは、たまたま資質があったから神代士になった。

 その力で多くの人々を救おうとして、必死になった。

 だが、誰かを救うということはそんなに甘くない。

 どんなに頑張っても、救えない人はいる。

 たまたま救えなかった人と、たまたま顔を合わせることもある。

 そしてこいつは、その都度傷ついてきたのだろう。

 ……愚かな話だ。

 有限である生の救いには限界がある。

 そんなのは分かりきったことだろう。

 救えない存在など、いて当たり前なのだ。

 この世界は不平等で、幸福はとても貴重なもの。

 故に誰もが無意識にそれを狙い、他の何かを不幸に突き落とす。

 自分が助かりたいから、感染した子を追い出す親。

 感染を恐れるあまり、自ら親を殺した子。

 今のこの国でも、そんな人間はごまんといる。

 そのような世界に、救える存在など一体どの程度いるのだろう。

 救えない存在なら、腐るほどいるのに。

 だから俺は、かつて————。 


 ————————————3/salvation II

 少しでも多くの人を助けたいと思った男がいた。

 誰かが傷つくのを見たくないと願った男がいた。

 例えそれが偽善と分かっていても。

 救えないはずの人間がいると、分かっていても。

 それでも男は足掻いた。

 救われる人間がいる傍ら、必ず救われない人間がいる。

 そんな世界のルールに挑むように。

 一つのパンを手に、二人の飢餓人の前に立つ。

 半分に千切ったパンでは彼らは満足しない。

 かと言ってパンを二つに増やすことなど不可能だった。

 どうすれば二人を救えるか。

 男は悩み抜いた末、片方にパンを与え————もう片方を殺した。

 飢えという苦しみから、二人を救ったのだ。

 一人には生の救いを。

 一人には死の救いを。

 それが正しいことだと自分に言い聞かせて、男は立ち去った。

 二つの救いに気づいてからは、ずっとその繰り返しだった。

 生の救いを与えられる人間は出来る限り助けた。

 助かりそうにない人間には、死の救いを与えた。

 誰から褒められることもなく、男は己だけの善を手に進んでいく。

 ————いつのまにか、男は悪鬼として恐れられるようになった。

 救いの道はあまりに血生臭く、救ったはずの人間は彼を恐怖の対象とした。

 生による救いを与えられる者がいる一方、どこかで誰かに死の救いが与えられた。

 だから、そんな彼を……人々は殺人鬼として恐れた。

 男に救われたはずの人々でさえ、彼を悪魔のように思い始めた。

 自分を生かしたのは、何か目的があるのではないかと疑い始めた。

 人々は知らなかった。

 男がそれを救いと信じ、誰かの為に行う善としていることを。

 例えその内側にあるものがなんであれ、男の行動は禁忌に触れていた。

 故に。

 人々の恐怖に応えた世界は、男を討ち果たした。

 死の救いを与えるたびに傷ついて。

 それをごまかすように、もっと多くの救いを求めた男。

 彼自身は結局————救われたのか。

 生の救いは間に合わず。

 死の救いは認められず。

 では、救いとはどこにあるのだろうか。

 男は最後にそのことだけを考え続けた。

 自らが終わるその瞬間まで考え続けた。

 そんな男を世界は受け入れきれず……世界の法<ルール>から追放した。

 そこは生も死も救いもない場所。

 愚かな罪人の魂は、そこで永久に漂うことになった。

 終わることすら許されず、罪人は外法の世から世界を見る。

 かつて自分が救いを求めた世界を。

 ……真の救いなど、どこにもない————悲しい世界を。

 これは、ただそれだけの話。

 大昔、大量の人間を殺しまわった殺戮者の物語だ。

「————ソフィ、そろそろ行くぞ」

「ええ。……先ほどは申し訳ありませんでした」

「気にするな。俺はもう終わった身だが……お前みたいなのは、存分に悩んだ方がいい」

 ソフィが怪訝そうな表情でこちらを見てくる。

 だが、俺は素知らぬ顔で歩き始めた。


 ————————————4/evil fantasy

 薄暗い森の中を進んでいく。

 なんとも気味悪い空気が漂っていた。

 森には三種類のものがある。

 一つは生命に満ち溢れた清らかな森。

 もう一つは枯れ果てて何も残らない森。

 最後に、こうした魔性の者が潜んでいるような森。

 はっきり言って一番以外はろくなもんじゃない。

 だから俺は、どうにも森という場所が好きになれなかった。

「それで、どうやって倒すんだ。正体不明な病魔の幻想種。『対処不可能』なんて思い込みまで形成に関わってたら、俺たちでもどうにもならんぞ」

「その点はおそらく心配ないかと。……人間というのは都合のいいことをどこかで考えるものです。もう駄目だと思う一方で、微かな希望を決して捨てたりしない」

「美しいな。その美しさが奴に混じってることを期待しよう」

 若干の皮肉を込め、俺は肩を竦めて言った。

 と、そこで何者かの気配を感じ取る。

 ソフィも気づいたのだろう。

 険しい顔つきでこちらに背中を預けてきた。

「います。しかもこれは……群体」

「囲まれたか。厄介だな、どうも」

 緊張したソフィの声と、緊張感の欠片もない俺の声。

 そして、周囲に蠢く獣の鳴き声。

 木々の間に見えるその姿は鼠のもの。

 ただし、その大きさは人間よりもずっとでかい。

「悪趣味だな。確かに黒死病の原因は鼠にあるとか言うが、こんな馬鹿でかいもん想像してるのか、人間は」

 毒づきながら、俺は額に力を込めた。

 そこからびきびきと嫌な音を立てながら、二つの角が生えてくる。

 角と言っても形は剣に近い。

 相手を斬り殺すにはもってこいの愛剣たちだ。

 額から剣を二つ引き抜いて構える。

 後ろに立つソフィも、教会特製のロングランスを取り出していた。

「抜かるなよ」

「了解です」

 声と同時、俺たちは一斉に駆け出す。

 前方に立つ鼠共も、どうやら俺たちを敵だと認識したらしい。

 鋭い歯を剥き出しにして、こちらへと凄まじい速度で突進してくる。

 連中の動きは素早い。

 普通の人間相手なら、一秒で十人以上殺せる速度だ。

 ……だが相手が悪すぎた。

「————お呼びじゃないんだよ。傍迷惑な雑魚じゃあな」

 疾風の如き勢いで駆け抜けた俺の後には、無数の残骸が転がる結果となった。

 俺ならこいつらを、一秒で五十は殺せる。

 ソフィの方を見ると、あいつも既に数十体を始末しているようだった。

 俺を殺せるのだから、これぐらいはやってもらわないと困る。

 しかしさすがは幻想種。

 己を構成する魔力、あるいは発生原因の思念が消えない限りは何度でも復活するようだ。

 俺が一瞬のうちに始末した残骸は、一瞬のうちに全く元通りになっていく。

「やれやれ。人間に恐怖を克服しろってのは期待出来ないからな……概念レベルで殺すか、もしくは魔力を打ち払わないと」

 幻想種はこれだから嫌いだ。

 人間の思念と充満した魔力さえあれば、延々と復活し続ける。

 始末するにはそのどちらかを完全に断ち切るか、幻想種の概念そのものを殺す必要がある。

 生憎俺の角剣に概念殺しの力はないし、人の思念を明確な形で殺すことなど不可能だ。

 故に殺し続ける。

 連中とて永久機関ではない。

 殺された後復活するには、それ相応の魔力が必要となる。

 一度消費した魔力は霧散していくので、連中もいつかは力尽きるわけだ。

「だが、それにしても数が多いな」

「厄介ですね……次第に数が増えてきています」

 一旦合流したソフィは顔をしかめている。

 視線の先には群がる巨大鼠たち。

 気づけば俺たちは囲まれていた。

「なぁ、妙だとは思わないか」

「……何がですか?」

「あれだけ巷を騒がせている黒死病、その恐怖が顕現したんだ。……それにしてはこいつら、弱過ぎる」

 これではせいぜい二流の魔物。

 俺としては、神獣クラスの怪物が現れてもおかしくないと考えている。

「それは、つまり……?」

「こいつら、ただの破片じゃないかってことだ。————そら、本体は別にいるぞ」

 ……オオォォン。

 俺の言葉に応えるかのように、森の奥地から不気味な音が聞こえてきた。

 音というよりは、声に近いかもしれない。

 声というには少々、生命のありがたみとかそういったものが欠けているようだったが。

「……これは」

「でかいな。……ようこそお客様、当店は最高のおもてなしをご用意しております、ってか」

 少しずつ近づいてくる気配は、やたらと強大。

 隠そうとしても隠しきれないほどの力は、ずっと昔に出会ったドラゴンと同等以上。

「——悪質。そんな冗談を言っている余裕があるんですか、あれを前にして」

「阿呆。余裕を持てば、勝てぬ戦も勝てるときがあることを知らんのか?」

 軽口を叩き合う俺たちの前に、そいつは現れた。

 鼠たちはまるで王を出迎える騎士たちのように立ち並び、道を作る。

 現れたのはなんとも奇怪な化け物。

 鼠の頭部と腐った身体、手足は肉がただれて骨が剥き出しになっている。

 こんな悪魔、俺も知らない。

 おそらく黒死病という災害を糧に、全くの零から生まれたオリジナルだろう。

 身体の周囲に毒素があふれ出している。

 並の人間なら、近づいただけで発症して果てるだろう。

 ……いや、これは侯爵クラスの悪魔でもきついか。

「……ソフィ」

「何でしょうか」

「お前、その装備じゃ足手まといだ。今すぐ教会帰って新式装備持って来い。ついでに増援も頼む」

「————は?」

 突然の発言に、ソフィは驚きの声を上げた。

 それはそうだろう。敵の総大将を前に『撤退』を命令されるのは、神代士のソフィとしては屈辱のはずだ。

 現にソフィは顔に怒気を含めて反論してきた。

「この法衣に宿る結界とて二流のものではありません。充分やれます。……それとも、私がそこまで役立たずだと?」

「長々と話す暇はないから一言で。————そうだ役立たずだ邪魔だよ帰れ」

 まだ何かを言いかけるソフィの左腕を掴み、一気に力を入れる。

 途端、べきりと音を立ててソフィの腕がへし折れた。

「っ!? な、何を」

「これで戦えないだろ。さっさと帰れ」

 もう俺はソフィの方を見ない。

 視線の先には、悠然とそびえ立つ鼠頭の存在がいる。

 間抜けな姿だが、意識を逸らせばその瞬間に殺されそうだ。

 ソフィも馬鹿ではない。

 腕一本へし折られることがどれだけ実力を削ぐことになるか。

 そんな実力で適う相手かどうか……それぐらいは分かっている。

「……どういうつもりか知りませんが。すぐに戻ってきますよ」

「ああ、お前の足なら一時間もあれば戻ってこれるだろ。頑張れよ」

 舌打ちと共にソフィは立ち去っていく。

 数十匹の鼠共がその後を追ったようだが、連中程度なら片腕のソフィでも充分やれるだろう。

 神代士は大規模の部隊を相手に一人で戦える実力の持ち主だ。

 いかにこの鼠が人間を凌駕する存在だとしても、ソフィを殺すには千体足りない。

 問題は、連中を統括するマスターのコイツだ。

 ……オオォォン。

 知性も何もない。

 こいつの材料となった『病気への恐怖』を実現するために、周囲の人間に病魔を撒き散らすことが目的。

 それ以外にこいつが動くことがあるとすれば、それは————。

 ……オオォォォォ!

 敵意を剥き出しに、こちらへと迫り来る。

「は————。本能で感じ取ったか? 自分を殺せる相手がやって来たということを」

 そんな強大な相手を前に。

 そんな強大な獲物を前に。

 俺は、久々に獰猛な笑みを浮かべて宣言した。

「そう急くな。慌てずともその恐怖————殺し尽くしてやる」


 ————————————5/encounter

 話は少し前に遡る。

 あれは、この病気が流行り始める前。

 俺が路地裏で寝転がっているときのことだった。

「見つけた……っ!」

「は?」

 そんな言葉と共に、俺はいきなり頭を串刺しにされた。

 幸い急所は外れていたため、すぐさま逃げ出す。

 そんな俺を、物騒な槍を構えた女が追いかけてきた。

「待ちなさいオーガ! 人々を喰らい続ける残忍な所業、もはや見逃すことは出来ません!」

「何のことだか……確かに昔は、食ってた時期もあったが」

 人々の恐れが彼を蝕み、悪鬼へと変えた頃。

 その頃の彼は理性を奪い取られ、いたずらに人を食い殺して回っていた。

 元々はそうでなかったのに、人々の思念が彼に幻想を打ち込んだのだ。

 もっともそれは昔の話。

 既に世界から追放を受けた彼は食事をしない。

 故に、この時代になって今更文句を言われる筋合いはなかった。

 ともあれ————それがソフィとの出会い。

 その後数十回殺されて、その果てにようやく俺は誤解を解くことが出来た。

 教会の連中があれこれ脚色して俺のことを説明したのが原因らしい。

 全く、数百年前に存在を感知されて以来、連中は俺を眼の敵にしているようだった。

 その中にあってソフィは愚直な存在だった。

 理解出来るものを必死に理解しようとし、俺の言葉にも耳を傾けた。

 俺に対する教会の処遇が柔らかなものになったのも、ソフィが色々と動いてくれたおかげだろう。

「お前は馬鹿だな。形はどうあれ俺は魔族。お前ら教会からすれば敵であることに変わりないぞ」

「ええ、そうかもしれません。しかし存在がどうあれ——話を聞く限り、貴方は充分罰を受けていると思います」

「ふん、物好きだな。理屈で動くタイプかと思ったが、思ったより感情的なようだ」

 教会の理屈に従うなら、俺のことなど問答無用で殺し続ければいい。

 ソフィにはそれが可能だったし、それが義務だったはずだ。

 それをしないのは、俺に対する同情などがあったからだろう。

「何を当然なことを。理屈とは感情の上に成り立つものです。感情なき理屈は意味を持ちえません」

「……はは、傑作だ。あの偏屈者揃いの教会に、お前のような存在がいるとは」

「ええ、傑作です。貴方のように奇妙な魔族がいるとは思いませんでした」

 そうして二人で笑い合った。

「だったら一つ聞きたい。なぜ俺のために動いた? その感情とはどんなものか、お聞かせ願いたい」

「それはきっと救いにはならないと思ったからです」

「……救い?」

 かつて自分が求めたもの。

 その残滓を感じ取って、俺の心は微かに揺れた。

「前にも言ったように、私は救われない人を見たくなくて教会に入りました。私の行動理念は全てそこにあります。……そして、貴方を殺すことは誰の救いにもならないと。そう感じました」

「なぜだ? 怪物を倒して救われる人が出ないなんて、おかしな話だ」

「貴方は怪物であると同時に人間です。……そして、人の死による救いなど私は認めていませんから」

 それは、かつての自分を否定された瞬間だった。

「……生の救いは有限だ。絶対に救えない人間というのも、必ずどこかに存在する。死による救いを認めなければ、お前の救いは不完全だ」

「かもしれません。それでも私は向き合うと決めました。偽善だとしても。嘲笑われようとも。毎日少しずつ救える人を増やせるよう頑張れば、いつの日か皆が幸せに生きることが出来る世界が来るのだと——そう信じて」

 綺麗な言葉だった。

 綺麗な心だった。

 俺は、何も言えなかった。

 少しでも多くの人に生きて欲しいと願ったソフィ。

 そんなあいつだからこそ、俺は————。


 ————————————6/Gray World

「馬鹿野郎……!」

 俺は毒づいた。

 周囲に転がる死体の山。

 すぐにでも蘇る、恐怖の具現。

 それらが次々と俺に殺されていく、そんな地獄の場所。

 そこに帰ってきた。

 あの馬鹿は、何を思ったのか途中で引き返してきた。

 死の匂いが充満するこの世界に。

 生きることで救いを見出そうとする奴が、入ってきた。

 それはやっちゃいけないことだ。

 出る幕を間違えるんじゃあない……!

「失せろと言った筈だ、たわけが! 貴様、何の為に俺がわざわざ腕を折ったか分からんか……!?」

「分かりません。ですが自分の心は分かります」

 迷いを微塵も感じさせない顔で、ソフィは聖槍ロンギヌス023を構える。

「貴方は仲間だ。……仲間を一人敵陣に置き去りにするなど、恥ずべきことだ」

 ……ああ、まったく。

 適わんよ、お前には。

 こんな世界にいて。

 血まみれになった魔族相手に、そんなこと言える聖職者など————お前しかいまい。

「相変わらず綺麗な奴だな……くそ、そんなこと言われたら何を言い返せばいいか分からない」

「言い返す必要はない。ただ信じて欲しい」

「ああ、信じるよ、信じるさ!」

 再び迫り来る鼠を、右の剣で薙ぎ払う。

 その後方からやって来る鼠頭とは距離を保ち続ける。

 追いつかれたら終わりだ。

 こいつを倒すことは出来なくなる。

 こんな怪物相手に、周囲の魔力が尽きるまでやりあっていたらこの身が持たない。

 なにせソフィに殺されたおかげで二年物だ。

 あまりに貧弱すぎる肉体に腹が立つ。

 こいつの相手をするなら、百年物の肉体が欲しいところだ。

 ————だから俺は、切り札を使う。

 あまり使いたくないものだが、こいつ相手には仕方がない。

 そして、それを使う場合ソフィにいてもらっては困るのだ。

 鼠の群れを蹴散らすソフィの元へ駆けつける。

 俺が片腕折ったせいか、先ほどよりも疲労の色が濃い。

「無理して来るからだ、阿呆。死にたいのか」

「死にたくはありません。ですが、貴方にも死んで欲しくはないですね」

「俺に本当の意味での死はないさ。そんなものがない場所、それが外法の界だ」

 だから、と俺は囁く。

「お前は行け。この怪物は俺が責任持ってどうにかしてやる。だからお前は生きて、やれることをしてみろ」

「……? どういう意味ですか。まるでこれから死にに行くみたいな……」

「言ったろう。俺にはもう『死』さえない。ただ、現界するために必要なこの身体はぶっ壊れるがな」

 この身体は媒介に過ぎない。

 殺されれば壊れる、そんな代物だ。

 現に俺は、ソフィにも何度か殺されてはいる。

 だがそれは死ではないから、修理すればまた使えるようになる。

 それだけの、ことだ。

「俺の異名を知っているな。教会には伝わってるはずだ」

「————殺戮鬼、ですか……?」

「そうだ。だが、なぜそんな風に呼ばれているかまでは知らんだろう」

「……」

 ソフィは何も言わず、じわじわと迫ってくる鼠の群れを睨みつけている。

 だが俺はそんなものに構わず、話を続けた。

「大昔に、死による救いを信じた馬鹿がいた。無論生かせる奴は生かしたが、救えない奴は殺して回った。もしかしたら、足掻きに足掻けば救えたかもしれない奴も殺した」

「————それは」

「その果てに男は、殺人鬼の汚名を着せられた。やがて男は恐れられ、人々にモンスターと呼ばれた。その恐怖が幻想を呼び起こし、今回みたく形となった」

「……」

「本当にモンスターになった男は、まさにぴったりの力を得た。それは、なんだと思う」

 言葉と共に、周囲の風景に異変が起き始めた。

 次第に世界の色が薄れ、灰色へと染まっていく。

「男のそれは、もはや殺人と呼ぶには多すぎた。殺戮の域に達していたんだ。そうして殺戮のモンスターとなった男が手にした力————それがこれだ。感じるだろう、死の息吹を」

 灰色の世界には、この世界に存在する生の要素が全くない。

 生の救いと向き合うことから逃げ、死の救いばかりを信じた馬鹿な男。

 その男の心情を表したのなら、これ以上のものはあるまい。

 ————幻想魔術『殺戮舞台』。

 その中にいる者全てに『死』という要素を叩き込み、即座に絶命させる問答無用の最終手段。

 それが間もなく、発動しようとしている。

「貴方は、こんなものを……?」

「これが俺の全てを表している。死の救いを求め、自身は死からも追放され、それでもなお死を与え続ける。それが俺だ。殺戮する以外は昼寝ぐらいしかすることのない————馬鹿で愚かな殺戮鬼だよ」

 俺はソフィの肩に手を置いた。

「俺はこうして終末に至った。だがお前はまだ終わっていない。生の救いを愚直にも追い求めるお前には、こんなところで死んで欲しくない。だからさっさと帰れと言ったんだ」

「……貴方はどうなるのですか」

「俺がいなければ、この術式は起動しない。俺は残ることになるな」

「大丈夫なのですか?」

「大丈夫だよ。復活には————百年程度かかるがな」

 だから、ソフィとはこれでお別れだ。

 俺としてはさり気なく別れたかったから、ソフィがあのまま教会まで戻ってくれることを期待していたんだが。

「……他に方法はないんですか?」

「それ相応の犠牲を覚悟する必要がある。……この方法なら、犠牲者は零だろう?」

「貴方は犠牲者ではないと……?」

「百年すればまた現界出来る。お前との別れぐらいだな、ちと寂しいのは」

 そう言いながら、俺はソフィの身体を突き飛ばす。

「さっさと行け。ここはお前の理想とは相容れぬ世界だ。……こんなものを否定するために、お前はお前の偽善をやり通せ。少しでも多くの人間を救って、誰にも笑われない偽善を完成させろ」

「————っ」

 ソフィは悲しそうな表情でこちらを見つめてくる。

 だがすぐに、俺が求めているのはそんなものではないと気づいたのだろう。

 きりっとした表情で、こちらに向けて十字を切った。

「貴方に救いがあらんことを。……アーメン」

「魔族に対して言う言葉じゃないな」

「ですが本心です。仲間が救われないのは辛いですから。……さようなら。正直に言うと、貴方と過ごした時間は楽しかった」

 教会の人間としては、決して言ってはならない言葉。

 だがそれがソフィの本心なのだろう。

 嬉しいことだ。

 だから俺も、立場などを抜きにして答えた。

「俺も楽しかった。欲を言えば、俺の女にしたいところだったんだが……ま、それは諦めるとしよう」

「————呆れた。ですが、それこそ貴方らしい」

「だろう? ま、そういうわけだ……じゃあな」

 はい、と答えてソフィは去っていった。

 ……さて、これで思い残すことなくやれるな。

「すまんな。俺はあいつと違うから。やっぱりお前らには————死の救いしか与えられんよ」

 世界から色という色が失われていく。

 辺りを覆う木々も、生えわたる草も。

 俺を遠巻きに囲む鼠共も、その後方に立つ鼠頭も。

 そして俺の身体からも。

 全てのものに、等しく『死』という救いが与えられる。

 今も昔も、それが俺の世界。

 いつの日か、これが完全に否定されるまでは————もうしばらく、俺はここにいようと思う。

 それでは皆様、お疲れ様でした。

 愚かで訳の分からぬ、殺戮鬼の物語。

 今宵はこれにて、閉幕となります。


 ————————————7/The 15th century

 人間共は懲りることを知らないのか、相変わらず争いをしている。

 今度もなんだか王位継承権がどうたらという話らしい。

 全く、飽きもせずによくやる。

 俺はというと、相変わらずのんびりと雲の数を数えるような生活だった。

 既に終わっている身としては、特別することもない。

 百年以上前。

 ソフィという女のことを思い出す。

 あいつは果たして、最後まで頑張れたのだろうか。

 あいつが目指した救いとやらは、少しでも行き届いたのだろうか。

 相変わらず争ってばかりの人間を見ていると、虚しくなる。

 ソフィみたいなのがいくら頑張っても、結局は無意味なのではないかと。

 そんな風に思えてくるのだ。

 それでも俺は、きっとこの世界が朽ち果てるまで————見届けることだろう。

 俺も人間と同じ。

 百の絶望を見せ付けられても、いつか現れる一の希望を夢見ているわけだ。

 誰もが生きて救われるという、ありえない世界を。

「ったく、こんなもの……結論なんてありはしないのにな」

 今俺はパン工場の屋根の上に寝転がっている。

 相変わらず食欲はあるのだが、実際に食おうとすると身体が拒否する始末。

 ま、匂いだけで我慢しておこう。

 と。

 不意に、誰かが背後に降り立つような気配がした。

「見つけた……っ!」

「————は?」

 猛烈に嫌な予感を覚えつつ、俺は振り返る。

 そこには、刺激的過ぎる出会いが待っていた。

 ——————People's enemy number4. ogre's master "Slaughter ogre" part1 end.

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