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第4話 僕と君の物語

『え? 幸ちゃんが小説を書くの?!』


 美琴の声がやけにうれしそうだ。


「なんでそんなに嬉しそうなの?」 


『だって読んでみたいもん!』


 美琴は言いながら画面にどんどん近づいてくる。そんなに期待されてもまだ一文字も書いてないんだけどなあ。


「でも、アイデアが浮かばないんだよ」


『うーん。そっかー。アイデアかー。そういうのって、自分の願望を書くといいって聞いたことがあるよ』


「願望?」


『そう。あ! エッチなこと考えてるでしょ!』


 美琴がこちらを指さし、睨みつけてくる。


「考えてねーよ。むしろそんな発想になる美琴の方がエロい」


『な、な、なんでそうなるのよー! 私、別に変なこと考えてないもん!』


 頬をぷくーっとふくらませて顔を真っ赤にして怒る美琴がかわいくて、思わず彼女に触れてしまう。手のひらに当たるのは堅い画面。


 ユートピアが遠い世界なのだということを痛感する。

 そこでふと思いついた。そうか。それだ。


「ありがとう、美琴! アイデア思いついた!」


『え? もしかしてエッチなやつなの?!』


「違うよ! 純愛だ、純愛!」


 僕はそう言ってニッと笑うと、美琴はホッとしたのか胸に手を当てる。

 それから右手でメガホンの形をつくって、明るい声で言う。


『頑張ってね。幸ちゃんなら絶対にできるから!』


 笑顔の美琴が画面の中にいる。


 そんなに喜んでくれるなんてうれしいなあと思ったのも束の間。


 画面の中の美琴は笑顔のままでぴくりとも動かないのだから。

 まばたきをしても、美琴は停止したように動かない。


「美琴?! どうした?!」


 僕が彼女の名前を呼ぶと、やや間があって美琴がようやく表情を変える。

 そして、きょとんとしたような顔で俺に言う。


『どうしたの? 幸ちゃん、そんなに慌てたような顔しちゃって』


「そりゃあ慌てるよ! 今まで美琴が動かなくなって無反応だったから……」


『あーあ。そうなの。こっちでは最近、フリーズみたいなものがたまにあってね』


 あっけらかんと美琴が言ったので、僕は心配になってきた。


「大丈夫かよ……。ユートピアは仮想空間なんだから、万が一、美琴になにかあったら……」


『あはは。平気、平気。クラスメイトの話だと、よくあることみたいだし、ユートピアで大きな不具合は出たことがないって聞くし』


「そうか。それなら、いいんだけど」


 僕はホッとして、画面の中の美琴を見つめた。


 こういうことがあると、美琴のいる世界は仮想空間なんだなと痛感させられる。

 途端に胸がちくりと痛んで、ため息をついた。

 

 僕の願望は、美琴と一緒にいること。高校に行って、部活をして、放課後にデートをする。

 そういう普通のカップルみたいな高校生活が送りたい。


 だから、今の僕と美琴のようなカップルが、同じ世界で青春を送るという小説を書こうと思ったのだ。

 もちろん主人公は俺で、ヒロインは美琴だ。


 そう考えると、どんどん物語が頭の中にできあがっていく。

 僕はこの物語の波に乗るべく、パソコンを開き、キーボードを打ち始めた。


「できた!」


 僕はキーボードから両手を離して画面を眺める。よーし、処女作の出来上がり。


 完成した高揚感ですっかり応募することを忘れていたけれど、僕はお金を稼ぐために書いたんだ。

 でも、それよりもこの小説を全く知らない他人が読んでくれると思うと、恥ずかしいけれど、でも嬉しい気もする。


 清々しい気持ちで窓を開ける。

 小雨が降っていたけれど、心地の良い天気のように感じるのは高揚感のせいか。


 何かを生み出すって大変だけれど、それが完成するとこんなにも嬉しいものなのか。知らなかった。

 そんな晴れ晴れとした気持ちでいられたのは、少しの間。


 なんだか寂しさを感じた。理由は単純で、次の小説を書きたくなってきたのだ。 

 

 コンテストに応募をして以来、僕はすっかりと小説を書くことにハマってしまった。


 美琴との会話も、無意識のうちに小説のことばかり話してしまう。

 気づいて謝るけれど、美琴は『いいんだよ。幸ちゃんが楽しそうにしてると私も嬉しいから』と笑うばかりだった。


 美琴のほうは、ウエイトレスのバイトを始めたらしくて接客が楽しいらしい。


 バイトの制服姿も見せてもらったが、すごく似合っていた。スカートが短いのが気になるが。

 だけど、スカートよりも気になったのは美琴がなんとなく元気がないことだろうか。


『どうしたの?』と聞いても『なんでもない。初めてのバイトで緊張するだけだよ』と言うばかり。

 本当になんでもないならいいのだけど。

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