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第2話 画面の中の青春。

『幸ちゃん。今日は学校、どうだった?』


 スマホの画面に映っている美琴がそう言って首を傾げる。腰に届きそうなほど長い髪の毛が揺れた。


 アバターというからには、もっとアニメっぽいキャラクターを想像していたけれど、目の前のアバターは僕が知っている美琴そのものだ。


 だから、こうしてテレビ電話をしていると彼女が、<ユートピア・システム>を受けて、今は電脳空間で暮らしているということを忘れそうになる。


「もう、ユートピアに住んで一ヶ月だっけ?」


『そうだよ。ってゆーか、学校、楽しくないの?』


「なんで?」 


『だって、学校どうだった? って聞いたのにはぐらかすようなこと言うから』


「いや、はぐらかしたわけじゃないよ」


 僕はそう言うと、自室のベッドに寝転び、それからスマホの画面をじっと見つめる。


 美琴の背後に映っているのは、ピンクと白で統一された実に女の子らしい部屋で、ぬいぐるみが所せましと飾られてあった。


『そっか。私がいないから学校、つまんないかー。中学はずっと一緒だったもんね』


「そうだな。寂しいよ」


『えっ! 本当に寂しいって思っててくれたんだ。うれしいなあ』


 美琴はそう言うと、照れくさそうに笑った。


 そんな彼女を見ていると、今話しているのはアバターではなく、生身の美琴だと思えてくる。


 だけど、もう彼女の体はない。

 そう考えると、胸がずきりと痛む。


『寂しいなら、彼女とかつくればいいのに。私みたいな幼なじみの電話に付き合ってくれなくてもいいんだよ』


「僕は美琴が好きだから、彼女なんていらない」


『え?! それって告白?!』


 美琴が驚いたように言うもんだから、俺は慌てて画面から視線をそらす。


「ってゆーかさ、先に告白してきたのは美琴のほうだろ。小学六年のバレンタインデーの日」


『覚えててくれたんだ。ものすごい頑張って好きって言ったのに、幸ちゃん返事くれないんだもん。なのに今さら……』


「それは、ごめん。あの時は照れくさくて、僕も同じ気持ちなのに好きって言えなかった」


 中学になって、同じ吹奏楽部に入って、いつも一緒で。いつか僕も自分の気持ちを告白しなきゃ、なんて思って決心を固めた途端に美琴が倒れて病気が発覚したというわけだ。


でも、それは言い訳だよな。


『責めてるわけじゃないよ。うれしいよ、両思い。でも、薄々というか結構ハッキリと私たちって両思いなんだろうなあって思ってた』


 美琴は昔を懐かしむような口ぶりで、それから急に真面目な顔になる。


『じゃあ、もしかして、今日から、私たち、付き合うの?』


「うん。美琴がいいなら」


『でもでも! 会えないんだよ? 普通の恋人みたいなことは何もできないんだよ? いいの?』


 美琴に上目遣いでそう言われて、拒否する男はそうそういないと思う。


「いいよ。だって幼稚園の頃から好きだったし、むしろ両思いになれたのが奇跡みたいだ。それに、年に一度は帰ってこられるんだろ?」


『数日間だけね。たぶん、三日間くらいかな。それに体を借りるかたちになるし、アンドロイドになるけどね。人間っぽい、たんぱく質の体は今年はもう予約いっぱいみたい』


「じゃあ、アンドロイドの姿の美琴が見られるんだ」


 僕は「へー」と呟き、興味津々で彼女のアンドロイド姿を想像した。


『残ってるアンドロイドがね、男性型のばっかりなの。だから、今年は帰れない。来年は帰れるよ』


「なーんだ。男か」


 肩を落とす僕に、美琴は恐る恐ると言った様子で聞いてくる。


『来年まで、待っててくれる?』


「いいよ」


 僕が笑うと、美琴も笑う。


『安心したところで、買い物に行ってくるね。また明日』


「そうか。いってらっしゃい」


『いってきまーす』


 美琴が笑顔で手を振ると、画面には『通話終了』の文字が表示された。



 スマホで現在時刻を確認すれば、午後十時。

 こんな時間から買い物だなんて……という考えはユートピアにはない。


 あっちの住人は、もう肉体はないのだから、眠る必要も食事の必要もない(それでも趣味で食事をする人はいるらしい)もちろん、体は病気にはならないし疲れない。

 だから一日中、動いていられるのだ。


「疲れないってのは羨ましいなあ」


 僕はそう呟いて、ごろんと寝転んだ。


 天井をぼんやりと眺めていると、小学六年の時に美琴に告白されたことが、まるで昨日のことのように蘇る。


 幼稚園から憧れつづけた彼女の告白にうれしくないはずがなく、だけど、僕なんかでいいのか、とか実はからかわれてるじゃないか、とか考えたりもした。


「ようやく告白できたんだな、僕」


 小さく笑って、それから勢いよく体を起こしてスマホを掴んだ。

 人生で初めての彼女は、画面越しにしか会えない幼なじみだなんて、なんか恋愛小説みたいだな。


 次の日、僕は教室に着くなり自分の席についてぼんやりとしていた。

 ふと音楽室の方から吹奏楽部の練習が聞こえてくる。

 それと同時に、懐かしい気持ちが胸いっぱいに広がった。


 中学時代は美琴と同じ吹奏楽部だったから、毎日一緒だったなあ。

 だけど、高校で一人で吹奏楽部に入る気にはならないし、他の部活も入部するつもりはない。


 校庭のひまわりが枯れてしまったように、僕の高校生活も既に終わったようなものだ。


 いいんだ。美琴が入退院を繰り返すようになってからは、覚悟していたから。

 だから、最初から高校生活にはなんの期待も抱いていなかった。


 僕の青春は、あのスマホの画面の中にしか存在しない。


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