第1話 幼なじみ、旅立つ。
「私の余命、あと一年だって」
僕が病室に入ると美琴が、うれしそうな声で言った。
美琴はベッドの上に座っていて、幼なじみの僕がお見舞いに来るのを待っていたかのように見える。
「えっ?!」
言葉と美琴の態度が真逆だったから、意味を理解するのに時間がかかった。
表情が強張っていたであろう僕に、美琴は笑顔を絶やさないまま、もう一度繰り返す。
「私の余命、あと一年なの」
「うそだろ……」
震える声で美琴に聞いてみたけれど、以前よりも痩せた体と白過ぎる肌を目の当たりにすると、『余命一年』という言葉がリアルに感じてしまう。
そんなふうに頭の中であれこれと考えていたら、美琴はにっこり笑う。
「本当だよ。でも、私、うれしいんだ」
「なんで?!」
「だって、これで【ユートピア・システム】を受ける決意ができたんだから」
「ああ、そういえば、受けたいって言ってたもんな……」
僕はそれだけ言ってから、まるで倒れ込むようにベッドサイドの椅子に腰かけた。
先ほどの『私の余命、あと一年なの』という言葉が、頭をぐるぐると回る。
美琴は僕が黙りこんでしまったことを気遣ってか、テレビの電源をつけた。
『わたしたちは、あなたの第二の人生を鮮やかに演出いたします』
その声に顔を上げると、テレビの画面に流れていたのはCMだった。
笑顔の人たちが映り、買い物をしたり、学校へ行ったり、温泉に入ったりしているシーンが流れる。
ああ、これユートピア・システムをつくった『株式会社 天国』の企業のCMじゃないか。
美琴が話題にした途端に、このCMを見るとはタイミングが良いんだか悪いんだか。
僕はそんなことを思って、画面をじっと見つめる。
同じく画面を見ていた美琴が、呟くように言う。
「人間の記憶をデータ化して仮想空間で暮らせるようにする、なんてすごいことしてるよね。この会社」
「美琴もこのシステム受けるんだろ。だから他人ごとみたいに話すなよ」
僕がちょっと呆れたように言うと、美琴は「そうだね」と笑う。
それから細いため息をついてから続ける。
「念願の一人暮らしは思ったよりも早めにできそうだよ」
えへへ、と笑う美琴の横顔が悲しそうに見えたので、僕は素朴な質問で話題をすり替える。
「ん? でも、記憶をデータ化した後は、美琴の体はどうなるんだ?」
「ユートピア・システムが完了したら、体は焼却処分されちゃうんだって」
「……焼却、処分」
そう言葉にした途端、急に口の中が乾いてきた。
「ユートピアに行けばね、もう痛い思いも苦しい思いもしなくてもいいの。こっちの世界と同じような暮らしができるから、高校にも通うことができるんだよ。あ、アバターもつくれるみたいだから、幸ちゃんの好みを取り入れようか?」
こんなに楽しそうに話す美琴を見たのは、もうどのくらいぶりだろう。
でも、体は焼却処分されて、記憶だけが仮想世界に行く。
それって、死ぬのとどう違うんだ……。
黙りこんだ僕に、美琴は必死で話しかけてくる。
「あ、そうそう。ユートピアとこっちでテレビ電話もできるんだよ? そしたら顔を見て話せるね」
「そうか。それならいいな」
僕が無理やりつくった笑顔を見せると、美琴は安心したように頷いた。
それから美琴はユートピア・システムのことを興奮して話したせいで、具合が悪くなってしまった。
だから僕は彼女を休ませるべく、早めに病室を出る。
病室のドアを閉めようとしてベッドの方を見ると、苦しそうな美琴の顔が見えた。
僕はドアをゆっくりと閉めてから、歯を食いしばる。
彼女のあんな姿を見なくて済むなら、ユートピア・システムでもなんでも受けてほしい。
だけど、それと同時に彼女がこの世からいなくなるという悲しみが、鉛のようにどっしりと体にのしかかる。
今のまま生きていてほしい。
でも、それを彼女に伝えることは残酷で、とてつもなくワガママだ。
病院を出ると、照りつける太陽の日差しが痛いくらいだった。
院内はほどよい涼しさが保たれていて快適だけど、外はサウナのようだ。
美琴はこの暑さでさえ『羨ましい』と言っていたっけ。
セミの声も、空に浮かぶ入道雲も、汗でシャツが張りつくような感覚も美琴はしばらく味わっていない。
そして、この先も……。
僕はそこまで考えて、頭を左右にぶんぶんと振ってから自転車にまたがった。
高校生活初めての夏休みは、大好きな幼なじみのお見舞いで予定が埋まっていく。
本当は一緒に遊んだり宿題をしたりしたかったんだけど、それは叶わぬ夢なのかな……。
僕はペダルこぎながら、瞼の裏に焼き付いた美琴の笑顔を思い出していた。
家に帰ると部屋で着替えてからパソコンを起ち上げる。
そしてインターネットでユートピア・システムの会社のサイトを表示した。
サイトを開いた途端、動画が再生される。
優雅な音楽と共に、色とりどりの花に囲まれた公園、白い砂浜に宝石のような青い色の海、ヨーロッパを思わせるオシャレな街並み。
そんなきれいな風景が代わる代わる映し出されていく。
音楽が途切れ、やわらかな女性の声がスピーカーから流れる。
『美しい景色や街並みもユートピアの自慢です。ユートピアは第二の人生を歩むあなたを優しく迎えます』
僕は動画を見つめたまま唸った。
仮想空間ってこんなにリアルな景色がつくれるのか。本物とまったく見分けがつかない。
なんだか僕まで行きたくなってきた。
でも、ユートピア・システムを受けられるのは、末期がんの人や美琴のように難病で余命わずかな人。
そういう人は優先的にシステムを受けられて尚且つ保険も適用されるのだ。
それ以外の人は、たとえお年寄りであってもかなり高額なお金を払わなければいけないとか。
僕は仮想空間の景色を見つめて、そこに美琴が楽しそうにはしゃぐ姿を想像する。
彼女が幸せなら、それでいいと思うことにしよう。
僕は無理やり自分を納得させ、パソコンの電源を落とした。




