第3話「努力に憾み勿かりしか」
誰が第3話などを期待しておっただろうか、いや、してない
どういうワケかオレが欧州派遣要員候補生徒になったその日から、オレに対する嫌がらせは激しくなっていった。
教室に入って、机の中から教科書を取り出そうとしたら、机の中の教科書が軒並みヤられていた。更にイスには画鋲が接着されていた。
それはまだまだ序の口だった。
業間、何者かが背後から豚の挽肉の缶詰を投げつけて来た。幸いにも後頭部直撃は免れたが、右肩に直撃した。とても痛い。
昼間、財布が消えた上に、何者かが机の上に青酸カリの瓶を置いた。仕方ないので赤井に食券を貰い、きつねうどんを食べようとしたが、これもまた何者かが背後から近寄って来て、オレが持っていた盆をひっくり返してきつねうどんを床にブチまけさせた。
結果、その日の昼食はナシ。
午後の飛行訓練、何者かがオレの練習機の脚部エンジンを破壊。仕方なくランニング。
放課後、複数名に闇討ちを受ける。たまたま現場にフジクラさんが現れたため、間一髪リンチは免れた。
帰宅後、数件の無言電話。
翌日も嫌がらせは続いた。その翌日も同様である。
嫌がらせ開始の二日後、オレは大八島教官に欧州派遣要員候補の辞退を申し出に行った。
「教官…、オレ、欧州派遣要員候補を辞退します」
大八島教官は手にしていた書類から、オレに目を移した。サングラスの奥に見える眼光はとても鋭かった。
「それはできん。決定事項だ」
「そんな…!だってオレなんかじゃ…」
「オレなんかじゃ」その一言を発した途端、大八島教官はイスごとこちらを向き、眉間にシワを寄せて叱責した。
「馬鹿モン!『努力に憾み勿かりしか』だ!お前はそんなことが言えるほどの努力をしたのか⁉︎ようし、私が稽古をつけてやろう。今すぐ着替えてグラウンドに出ろ!」
「は、はいッ!」
これがオレと大八島教官の特訓の始まりだった。
他の生徒はまだ午前の座学の途中だ。オレは、どうやら大八島教官が話を通してくれたらしく、午前の座学は受けなくて良いらしい。いいんだろうか?
「よし、ウォームアップは済んだな。では今からダッシュ200本だ」
「えっ…」
「つべこべ言うな、行け!」
「は、はいッ!」
200本という人知を超した本数。教官の吹く笛の音と同時にスタートするため、息つく間もない。
200本を終える頃には脚が重くて前に進んでいる感覚がなくなっていた。
「よし、200本終わったな。次は腕立て伏せ200回」
「へっ……、ちょ、ちょっと…まって……くださ…い」
「一息ついたな?よしやれ」
「え、えぇ…?」
「やれ!」
「は、はいッ!」
ただでさえ肺と下半身がアップアップなのに、今度は上半身もイジメるとは……。間違いない、この教官、鬼だ!
何度も崩れそうになった。やってる内に腕の感覚がなくなった。何度も何のためにこんなキツいことをしているのか解らなくなった。何度もオレの中のオレが囁いててきた。「諦めろ。お前には無理だ」と。
だがその都度に「諦めてたまるか!」と、心の奥底から思った。
「197ァ…!198ィ…!199ゥ…!にひゃぁくぅぅぅ‼︎」
やり遂げた途端、地面に崩れる。ゴロンと寝返って空を見上げたら、蒼い常夏の空が………ではなく、サングラスを光らせた大八島教官がオレを見下ろしていた。
「終わったな。ではついて来い。観せたいものがある」
そういうと教官は足早に校舎の方へ歩いていった。フラフラと立ち上がったオレは、急いでその後を追った。
大八島教官は、視聴覚室の電気を消すと、ある動画を流し始めた。
動画に映っていたのは、人型飛行戦闘服の訓練で、何度も何度も離陸を失敗する生徒の姿だった。脚部エンジンの左右の出力を間違えて横に弾き飛んだり、滑走速度が速すぎてそのまま前の防止ネットにぶつかったり、やっと飛んだかと思えばノロかったり、着陸に失敗したりと、はっきり言って今のオレより酷かった。
だが失敗する度に「もう一丁!」と叫んで挑む姿勢は、今のオレにはなかった。
「これは四年前に、私がここの特別教官を務めていた時の映像だ。この生徒が誰だかわかるか?」
「いえ、わかりません」
すると、教官は生徒の顔を拡大した。
「これで誰だかわかるか?」
驚愕した。この何度も何度も失敗する生徒は、今欧州で「天才」の名をほしいままにしている姉、西郷美里その人だった。
「これがお前に無いものの姿だ。
お前の姉、西郷美里は、素質はあったものの落ちこぼれだった。だが彼女は決して挫けず、諦めなかった。まともに飛べるまでも、そして飛べるようになった後も努力した。その結果、彼女の才能は大きく花開き、『沖縄始まって以来最高の天才』とまで称されるようになった。いわば彼女を形作っているのは努力の一点に尽きる」
「姉ちゃんの、努力…」
「西郷、確かにお前には才能が無い。努力の分がすっぽり抜けているからだ。だがお前には素質はある。だから選んだ。
いいか、人を磨くのは努力のみ。そしてその努力を支えるのが根性だ!今日お前はそれを体験したハズだ」
「あの感情が、根性……」
「今日始め、お前に対し『努力に憾み勿かりしか』と言ったな?意味は分かるか?」
『努力に憾み勿かりしか』。確か、海軍の『五省』の一つで、意味は…
「『十分に努力をしただろうか』でしたっけ?」
「そう、その通りだ。その言葉を常に胸に、西郷、努力をしろ、己を磨け、他人を頼るな!いざ前線に出ると、頼れるのは己のみだ」
「はいッ!教官!」
「うむ、ではラスト、学校周りのロードワークだ!行くぞ!」
「ぇ…、は、はいッ!」
これがオレのはじめの一歩だった。
夜、生徒たちは皆寮に帰り、教官陣も次々と帰り始めていた。
校舎中のゴミ箱からゴミを回収し、ゴミ捨て場に持って行くという作業を終え、腰を伸ばすフジクラの背後から声がした。
「何やってんですか、こんなトコで」
「しがねェ用務員のおじさんだ…。見りゃわかんだろ?大八島大佐ドノ?」
「ハァ……、榎本さんの血涙が目に浮かびますよ……」
「ンなことよりも、今日はお前にしちゃあ、随分と荒療治だったな」
「あぁでもしないと、彼は目覚めなかったでしょうからね……」
「まさか、アイツを『例のアレ』に?」
「えぇ、あくまで候補の一人として、ですが。可能性を感じたもので」
「お前らしくもねェ、直感的ってかァ?」
「えぇ、らしくもないですが、直感的です」
「フッ……、まぁいいさ。頑張んなさいよ、『スカイ・アサシン』」
「はい、『用務員のおじさん』」
to be continued
うわー、ぱくりじゃー、オ○タコーチの名言のぱくりじゃー!
後悔はしてない!
さて、連夜の更新はここまで!こっから更新ペースは一気に遅くなると思われます。なにぶん現実がね……。
次回、LITTLE WING、第4話「ば、ば、ばかにしてぇぇぇぇぇ!(仮)」、乞うご期待!