第1話「沖学始まって以来の落ちこぼれ?」
期待などされていなかった第1話
沖縄は亜熱帯だ。だから年中暑いか暖かい。
常夏の島の空を見上げると、太陽は鬱陶しいほど眩しく、空は気持ちいいぐらい蒼かった。
午後の訓練の前にグラウンドに集められ、校長の長々としたスピーチが続いていた。話を要約すると、特別教官が来るらしい。
「・・・・では大八島大佐、お願いします」
校長の長いスピーチが終わり、校長に紹介された、サングラスを掛けた男は、前に出ると、落ち着きのある厳格な声で話し始めた。
「紹介に預かった大八島翔平だ。私がここに来た理由は、私と共に欧州へ向かうパイロットの選考のためだ。
近々南仏戦線で大きな反攻作戦が行われる予定だ。作戦を成功させるには、一人でも多くの航空歩兵が必要なのだ。
私はこの一ヶ月の間で君達の中から、相応しいと見込んだ者を選抜するつもりだ。そのためにも、まずは君達の実力を知りたい。なので、この後行われる飛行訓練を一人ずつ観させてもらう。
以上だ」
「ではかかれッ‼︎」
通常教官の号令で、オレたちは軽いウォーミングアップを済ませ、そして訓練用滑走路へと向かった。
「次、西郷!」
「はい!」
順番が来た。落ち着け。まずは膝を固定して、次に胴体シートベルト。エンジン始動は腰の左側にあるレバーを回す。計器ゴーグルは、良し。エンジン出力、あ、違う、えぇと・・・・
モタモタしていると、控えている他の生徒たちがニヤニヤしながら何か喋っていた。
いつものことだ。
どうせ「養子なんじゃね?」だの「親やお姉さんが可哀想」だの「西郷家の恥部」だの・・・。
うるせぇ・・・
オレは養子なんかじゃないし、恥でもない。
言いたい事言いやがって、見てろよ!
エンジン出力を最大にし、垂直離陸を試みる。
が、当然失敗した。勢い余って機体が転倒した。
生徒の方からは大爆笑の嵐。身を案じた教官が駆け寄って来て「馬鹿野郎」の叱責。そして大八島教官はメガホンを持って叫んだ。
「バカモン!お前、グラウンド50周だ‼︎さっさと降りて走れ‼︎」
あぁ、これで欧州行きはナシだな・・・。
絶望の中、オレは走った。滑走路の方に目をやると、皆上手に空を飛んでいた。やっぱり、オレには才能がないんだ・・・。
そのころ滑走路の教官陣では、ある一人の生徒の話で持ちきりだった。
「ふむ、あの岩本とか言うの、中々なモンだな」
「はい、岩本はこの養成学校内でもトップの実力の持ち主でして、なおかつ父親は遣欧艦隊航空参謀の岩本徹也中佐というエリートです」
「なるほど・・・」
父親とよく似ている。第24戦隊の頃の父親とそっくりだ。と、大八島は若かりし頃を回顧した。
すると、大八島の右隣の別の教官が、嘲笑うような顔で別の生徒のことを話題にし始めた。
「同じ二世でも、ヤツとは全く別モンですな」
「ヤツ?」
「えぇ、さっきの垂直離陸しようとした馬鹿のことですよ。
姉は沖学始まって以来最高の天才、南仏戦線のエース、西郷美里少尉。
両親は、大佐と同期の、『魔王』西郷広義准尉と、『空の巴御前』西郷(秋山)美緒少佐。どちらも『日本海事変』と『イベリア半島攻防戦』のトップエースです。
そしてヤツ、西郷義弘は、沖学始まって以来の落ちこぼれです」
「全く、病院で取り違えにでもなったんでしょうかね?」
教官たちは爆笑した。
そう、西郷義弘はそれほどの落ちこぼれなのである。
しかし、大八島はただ一人、真剣な顔で何か考え事をしていた。
午後の訓練が終わると、生徒たちは、部活動をする者、自主練をする者、下宿へ帰る者などに分かれる。
グラウンド50周を完走した義弘は、疲労困憊しており、フラフラと歩きながら下宿先へと帰る途中であった。
ムキになって50周も走るんじゃなかった、と思いつつ歩く西郷の行く手を、格技場の陰から現れた数人のグループが塞いだ。
「よぉ、出来損ない、どこ行くんだ?」
グループの中心人物は岩本であった。いつもこうやって落ちこぼれの義弘をからかうのだ。
「帰んだよ。そこどいてくれ・・・」
岩本らを振り払って帰ろうとする義弘の肩を、岩本はむんずと掴んだ。
「今ちょうど組手の稽古がしたかったトコなんだ。付き合えよ」
そう言うや否や、岩本は義弘を投げようとする。義弘はその反動を活かし、逆に岩本の重心を崩して彼を転ばせた。
もちろん岩本は激昂し、すぐさま立ち上がると、義弘の腹に拳を喰らわせた。ボディーブローを受けた義弘は膝から崩れそうになったが、岩本の取り巻きがそれを許さず、義弘を羽交締めにして彼をサンドバッグ状態にした。
「テメェ、ムカつくんだよ!テメェみてェな落ちこぼれが!一丁前に戦闘服パイロットになりてェだの語んじゃねェ‼︎」
一言一言の度に義弘の腹に叩き込まれる拳。今の義弘の体ではそれに耐えられず、義弘は既に気を失っていた。岩本はトドメの一発を鳩尾に入れんと、思いっ切り踏み込んだ。が、彼の拳は背後で誰かに掴まれていて動かなかった。
「はいはい、その辺にしとけ。下手すりゃ親父の権力も及ばねェぐれェの罪になって、豚のエサ食わされんぞ?」
「誰だテメェ⁉︎邪魔すんな‼︎」
「あー、おじさん?おじさんの名前はふじ・・・・、おじさんは新しい用務員さんだ」
「・・・・チッ、行くぞお前ら」
『用務員』という単語に、自身の評価の危機を思ったのか、岩本たちは義弘を解放し、仲間を連れて何処かへ行った。
「さーてと、運搬作業が増えちまったな、こりゃ」
気を失って倒れ込んでいる義弘をひょいと持ち上げた用務員は、義弘をそのまま用務員室へと運んで行った。
to be continued
某ねらえ!のオマージュだから、それくさくなってんだ。
西郷君、可哀想に・・・。そんな目に遭わせてる自分が憎い・・・。
西郷君が岩本の重心を崩す場面がありますが、西郷君は決してダメダメなんじゃなくて、「身体能力は高いけど、操縦がまるでダメ」なだけなんです。ちなみに柔術と剣術は両親譲りのモノが光っています。