第6話
「え〜、昨日をもって産休に入られた村山先生のかわりに、クラスの副担任になった先生を紹介します」
朝のSHR。
尊の担任の宮島葵が元気よく言った。
何故かその童顔はほんのりと赤らんでいる。
クラスもざわざわとなる。
「では、入っていただきます。
カイ=エスピニス先生です!」
尊は机で頭を打った。
隣の席の美奈がいぶかしんで見る。
しかしそれも一瞬で、すぐに入ってきたカイを見て黄色い歓声をあげた。
「か、カイ=エスピニスです。
担当は英語です」
クラスの雰囲気に若干引きながらもたんたんと言った。
尊はぶつけた場所をさすりながらもぼんやり考えていた。
(昨日言ってたのってこのことだったのか……)
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「ただいまー!」
「うるさい!」
夜、自分の部屋でボーっとしていた尊。
そこへいきなり窓から紅連が声をだしながら入ってきた。
しかし尊も慌てず対処する。
女らしからぬグーの拳で……。
「ただいま、尊」
「おかえりー、カイ。
そちらの方は?」
窓の外に吹っ飛んだ紅連を華麗に無視し、入ってきたカイとミオナ。
尊はミオナを見たことないため、多少戸惑う。
だが尊はすぐに察した。
「あ〜、ミオナさんだっけ?
よかったじゃん、カイ」
カイは優しく微笑んだ。
「カイから話は聞いたよ。
私はミオナ=ミグロスだよ!
よろしく」
ミオナが自己紹介をした。
尊もよろしく、と応じる。
『尊〜、ただいま〜』
ヒオリがひょこっとカイの肩から顔を出す。
「おかえりヒオリ。
ちゃんと案内できたの?」
『………………うん』
目を泳がせ、汗をぽたぽたかきながら言うヒオリ。
露骨すぎるヒオリの態度に尊はカイの方を見る。
「まぁ、目的は達成したしいいよ」
カイは苦笑しながらも答えた。
尊も深くは追及しない。
「けど、結構遅かったね」
紅連達が出て行ってもう1週間がたっていた。
カイはミオナと目配せしてから答えた。
「ちょっと寄り道しててね」
尊はその様子に疑問をもった。
「まぁ、明日分かるよ」
カイは意味ありげに言った。
「ねぇ、カイ。
紅連はいいの?
尊に飛ばされてそのままだけど……」
「あ」
見事にカイと尊がハモった。
急いで窓に駆け寄る。
「…………」
案の定紅連はいじけていた。
「なんだよ……もうちょっと歓迎してくれてもいいじゃねぇか」
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SHRが終わった瞬間、生徒(特に女子)に囲まれるカイ。
ものすごい質問ぜめにあっている。
(…………)
尊は何もせずただボーっと見ているだけだ。
ふとカイと目が合う。
「み……高神さん。
少し話したいことがあるからすぐに職員室へ」
すると鋭い視線が尊に集中した。
尊はただ曖昧に笑い返す。
(もうちょっとマシな呼び出し方があったんじゃないの?)
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京都精霊隊本部
ぬえはその日頭を痛めながら部下の報告を聞いていた。
理由としては部下の要領の悪さと報告内容に問題があったのだ。
夜叉が消滅して側近と呼べる部下がいなくなり、あらゆる部下から報告があったが、要点がわかりにくく、理解するだけで一苦労だったのだ。
そしてようやく理解したと思ったら次はその内容が問題だった。
京都に精霊隊の本部を置く理由は2つある。
1つは京都は妖怪にとって首都と呼べる存在だからだ。
そしてもう1つは京都は妖怪の治安がすこぶる悪いから。
(光の巫女の存在に気づいたか?)
ぬえに出された報告内容。
それは……
“上級と思われる妖怪3体が精霊学園に侵入”
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「こういうことだったわけね」
職員室に呼び出された尊はパイプ椅子にすわりカイと対峙していた。
「うん。
実はミオナを助けた時に力を失ってね」
尊の目が見開いた。
そして何か言おうとしたのをカイが遮り続ける。
「そっちの方はなんとかするから心配しないで。
で、いつまでも尊の世話になるわけにはいかないから、働こうとしたんだ。
帰るのが遅れたのはそれが理由だよ」
「はぁ……」
(しかし、教員免許なんてそんなすぐ取れるものなのだろうか……)
あまり釈然としない尊。
そしてふと気付く。
「そういえばカイって私と同年齢だよね?」
「ん?
ああ、そういえばそうだね」
尊は呆れた。
まさか同じ年齢の教師がいようとは。
「ま、まぁ頑張って」
「あぁ」
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尊が教室に帰ると案の定質問ぜめだった。
尊はそれを1つ1つ丁寧にはぐらかしていく。
やがて救いのチャイムがなる。
(SHRから一限の間ってこんなに長かったっけ?)
尊はげっそりしていた。
同時に、これは一限終わっても続くな、と漠然と思う。
「尊〜一限終わっても続くからね〜」
隣から美奈が言った。
尊は予想通りの展開にため息をついた。
一限目は英語。
つまり担当はカイである。
カイは静かに教室に入り、教卓についた。
そしてその優しげな声で喋り出す。
「え〜、俺……私の初めての授業ですのでまずは軽く自己紹介をしたいと思います。
ですが普通にするのもつまらないので英語で自己紹介をしたいと思います」
カイはそう言って一度クラス全体を見回し、英語を流暢に話し出した。
(さすがにうまいわ)
尊もカイの話す英語の違和感のなさに多少驚いていた。
他の生徒はぼーっとそれを眺めていたり(特に男子)、カイの顔をずーっと眺めていたり(特に女子)していた。
「ありがとう。
これで私の自己紹介を……終わります」
カイはクラスの異様な雰囲気に圧倒されていた。
ぼーっとしたり、目を輝かせていたりする生徒に。
(こ、この時代の人は変わってるな)
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時間は過ぎ、昼休み。
尊はまた屋上で弁当をパクついていた。
その逆にはカイがいる。
昼休みが始まり、またもや生徒に囲まれたカイは一瞬のスキをついて、持ち前の速さでその包囲網を脱出し屋上に来たのだ。
「速さがなくなってなくてよかったよ」
苦笑いしながらカイが言う。
「まぁそのうちおさまるでしょ。
もう少しの辛抱だと思うよ〜」
尊は当事者ではないのでのんきなものだ。
カイは軽くため息をついた。
「カイ−!!」
いきなりカイの上に何かが降ってきた。
尊は目を丸くする。
「み、ミオナ!?
どうしてここに?」
カイは必死に態勢を整えながらも聞く。
「だって〜家にいても退屈で〜、来ちゃった♪」
(たしか紅連に聞いた話だと、ミオナさんって昔はツンデレだったのよね?
でも今は……)
尊はカイとミオナの様子を玉子をパクつき、目を線のように細くして見ながら思う。
(今は……ただのデレデレ)
その時だった。
カイの首にある六角水晶が光り出す。
いつもと違い、今日は黒のスーツを来ているが、水晶は外さなかったようだ。
ミオナもそれに気付いたのか、カイから離れる。
「これは……大きいのが3体も!?
そういえば紅連は!?」
「あ」
尊は今朝から紅連がいないことに気付く。
ここ一週間紅連がいなかったために、あまり違和感がなかったのだ。
「肝心な時に……!
ミオナは紅連を探してくれ」
だがミオナは首をたてに振らない。
「イヤ!
カイは力無くしてるんでしょ!?
そんな時に3体も相手にだなんて」
カイは目を見開いた。
「お前どうして俺の力がなくなっていることを……?」
「大体分かるよ!
私を助ける時にそうなったんでしょ!?」
カイは何かを言い返そうとしたが、大きな鳥のような奇声に遮られた。
そして空からは黒の鳥が、屋上の扉からはまだ水の滴っている緑の物体と体中に目がある黄土色の物体が出現した。
カイはその3体に戦慄する。
「“やたがらす”に“百々鬼”に“水神河童”だって!?
全部上級じゃないか……。
どうしてこんな所に」
すると百々鬼がその液体質の体を蠢かせ、全身の目から黄色い光線が発せられた。
「カイ! 尊!
私の後ろに隠れて!!」
ミオナはそう言うと、その露出度の高い服のどこから取り出したのか、剣を構えた。
「穏!」
ミオナがそう言うと、剣の周りに水の膜ができた。
その膜が光線を遮る。
「カイ!
今の間に!!」
「分かった!」
カイは尊を抱きかかえて走り出した。
出口にいた2匹をかろうじて避け、駆け下りる。
「カイ!
いいの!?
ミオナさん1人にして!!」
カイは尊をキッと睨みつけた。
「分かってる!
とりあえず尊はここから離れるんだ!
それでなんとかして紅連を呼んできてくれ!」
カイは尊を投げるように置き、元来た階段を駆け上った。
「ミオナ……ミオナ!?」
カイがたどり着くとそこには腕から血を流したミオナがいた。
カイはミオナに駆け寄った。
ミオナは弱々しくカイを見る。
「カイ……う、後ろ!」
カイの背に黒い羽が突き刺さる。
カイは一瞬怯むがミオナをかばうようにそのまま立ちふさがった。
「カイ……カイ!」
カイの背に皿が刺さった。
そしてだめ押しとばかりに光線がカイを貫く。
「カイ−!」
ミオナの目に涙が溜まった。
カイは目を虚ろにし、反応しない。
『しょうがない奴だ』
不意に響く声。
ミオナにも聞き覚えのある声だ。
『ククク。
どうやら俺は冥府にも嫌われたようでな。
そんなことより俺を滅した奴をこんな雑魚にやらせるわけにはいかないからな……!』
カイの体が黒い光に包まれた。
ミオナは目を見開く。
「カイ……?」
光はすぐにはれた。
そしてそこにいたのは……。
「カイ……なの?」
「ああ、ミオナ少し下がっていてくれ」
そこにいたのはカイ。
だがその顔は白と黒の鬼を模した仮面で覆われ、肩から肘にかけても同じ色の鎧で覆われていた。
そして腰から漆黒の刃を抜いた。
次にじわりじわりと妖怪との距離を縮めていく。
不意にやたがらすが羽を飛ばした。
『無駄だなぁ』
カイは剣を一振りした。
たちまち羽は威力を失い、カイにたどり着く前に落ちる。
次は百々鬼が光線を、河童が皿をそれぞれ発してきた。
『ククク。
無駄無駄無駄ァ!』
カイの一振りにまたもや妖怪の攻撃は威力を失ってカイに届くことはなかった。
さすがの上級妖怪も動揺する。
『ククク。
クカカカカカ!』
「うるさい!!」
高笑いしだした夜叉。
それをカイが怒鳴って止めさせる。
『なんだと小僧。
いいのか?
ここで俺が見放すと2人とも死ぬぞ?』
「だがお前は見放せない。
お前は今肉体を求めている。
それも退魔の力がある体を……」
『ククク。
分かってるじゃないか小僧。
ならば貴様の力を出せ』
ここでカイは初めて動揺を見せた。
「だが俺にはもう力が……」
夜叉がカイを遮った。
『ククク。
貴様はそこまで弱くないはずだ。
そして己の体を過小評価している。
さぁ、力を出せ小僧。
たとえそれがどれだけ弱くとも俺の力で何百倍にもしてやる』
そこで3体の上級妖怪が気を落ち着け再び攻撃を始めた。
カイは目を閉じ、集中した。
そして攻撃があたる直前に呟く。
「紫電・陸!」
カイの姿が消えた。
攻撃は標的を失い、後ろの壁を大破させる。
次にカイが現れたのは百々鬼の後ろだ。
百々鬼はその体の全ての目をカイに向けなおした。
だがその体から噴水のように毒々しい色の体液が流れた。
百々鬼は崩れ落ちる。
「次」
カイはボソッとだけ呟くとまた消えた。
そしてミオナの前に現れた。
背後にいたやたがらすと水神河童が崩れ落ちる。
「ふぅ〜」
カイが安堵のため息をつくと同時に白と黒の鎧は砂のように崩れた。
仮面だけが浮かび、カイの腰あたりに装着される。
『ククク。
必要な時は俺を呼べ。
いつでも力を貸してやる。
だが忘れるな。
貴様が気を抜いたならばすぐにその体を乗っ取ってやる』
仮面はスッと音もなく消えた。
「か、カイ〜!」
ミオナはパタッと崩れ落ちるようにカイにもたれかかった。
カイはそれを優しく抱きとめる。
するとミオナは潤んだ瞳でカイを見つめる。
(え? えぇぇぇ!?)
カイは戸惑うがそれでもそれに応じようとした。
「カイ! ミオナさん!
大丈……夫」
慌てて入ってきた尊は2人の様子を見て目を点にした。
そして次に顔を赤らめる。
「カイ! ミオナ!
……失礼しましたぁぁ!」
同じように急いで入ってきた紅連も2人の様子を見て目を点にし、一目散に逃げ出した。
これで慌てたのはカイだ。
「ちょ、尊、紅連!
誤解……誤解だよ!」
尊はまだ固まっていた。
どうやら年相応の経験はあまり積んでいないようだった。
************
「……と、いうわけなんだよ」
学校が終わり、尊の家。
カイはことの顛末を尊と紅連に話した。
「へぇ〜」
目を線のように細めながらハモる尊と紅連。
「信じてくれよ!
ほら、仮面」
カイは仮面を具現化させ見せる。
尊と紅連は、おおすごいすごい、とまたもやハモらせた。
カイは額に手をあて、悩んだ。
「真剣な話、カイそれって大丈夫なの?」
尊がやや深刻な口調で言った。
カイは不思議そうな顔をする。
「だってそれ元々敵なんでしょ?
そんな力使って大丈夫なのって」
「大丈夫だよ。
たしかにある程度危険はあるかもしれないけど、今はこれが最善の策なんだ」
「そうよ、カイなら大丈夫よ」
尊はミオナのフォローにもあまり釈然としなかったが、妥協があったらしく、今度はその矛先を紅連に向けた。
「で、紅連。
あんたはカイの大変な時にどこで何をしていたのかなぁ〜?」
怒らないから言ってごらん、と鬼の形相で言った。
紅連はウッと詰まったがすぐに気を取り直し、
「お、俺は遊んでいたわけじゃないぞ。
ぬ、ぬえに会っていたんだ」
「会っていたぁ!?」
尊、カイ、ミオナの声が重なる。
紅連はまたそれにたじろいだ。
「せ、正確に言うと現れたんだ。
俺は今日……」
************
紅連は途方にくれていた。
何故ならば今日、紅連は寝坊をし、尊に着いて学校に行けなかったのだ。
いつも尊についていくだけで、1週間という空白の期間も手伝い、紅連は学校への道が分からなかった。
実際はすぐ近くにあるのだが……。
「うう〜みんなどこ行ったんだよ〜……ん?
これは妖気?」
紅連がそう感じた刹那、
「そう、妖気だ」
紅連の隣に突如ぬえが現れた。
相変わらず黒の衣を纏っている。
紅連はぬえの出現にのけぞったが、すぐに警戒態勢をとる。
「紅連……龍火草に打ち勝ったようだな。
次は恐山だ。
そこで天海に会え。
……それとこの妖気は心配するな。
お前が出張る必要はない」
ぬえはそれだけ言って姿を消した。
************
「……というわけなんだ」
「なるほど。
じゃあ結界を張ったのもおそらくぬえだな……」
カイは納得した。
今日の出来事のわりに騒ぎがなかったことを不思議に思っていたのだ。
「ところで……」
紅連が遠慮がちに言った。
「尊、次は恐山への行き方を教えてくれないか?」
「いいけど……」
尊はチラッとカイを見る。
「行くのは最低1ヶ月後よ?」
紅連は首をかしげた。
「カイの職業を考えなさいよ。
それを考えたら絶対夏休みがいいわ」
「なるほど……」
紅連はあまり納得していないようだ。
「ところで、その天海って?」
尊の問いにカイが説明した。
「天海っていうのは、 退魔士の集団の副リーダーだよ」
尊はカイの説明に腑に落ちないことがあったらしく、どこで聞いたっけ、と本棚の前に立った。
「あった。
天海って徳川に仕えていたお坊さんだ」
尊の言葉に紅連とカイは目を合わせた。
そしてカイが言う。
「多分、偶然だよ」
「てゆうかそんな昔の人が今いるとは思えないけど……。
まぁいずれにしたって会えばわかる話だけどね。
とりあえずあと1ヶ月くらいは大人しくしてなさい」
尊は子供をあやすように言った。
しばらくは誰も喋らなかったが、不意にカイが立ち上がる。
「尊、机貸して」
「なんで?」
「明日のテストの答案作らなくちゃいけないから」
尊の顔は真っ青になった。
「マジ?
明日テスト?
べ、勉強しなくちゃ」
尊はそう言ってカイに机を明け渡し、自分は急いで1階に下りた。
カイは机に座り、何かを書き始める。
ミオナはそれを黙って見ていた。
そして残された紅連はぽつりと呟く。
「大変だなぁ、学生って」