第5話
ガキン!!
鋼の触れ合う音が空洞内に響いた。
幾度となく繰り返される鋼の音。
「紫電・陸」
カイが呟くと、カイの足は電気を帯びた。
そのまま剣を構えるとカイの姿は消えた。
夜叉は剣を構え、辺りを警戒する。
フッと夜叉の後ろに姿を現したカイはそのまま剣を夜叉の首筋に当てた。
「そんなことをしても私は降参などしないぞ?」
「…………」
カイは無言を保っている。
夜叉はため息をつき、
「……紫電・陸」
夜叉の姿が消えた。
だがカイは慌てることなく、剣を構え直した。
(……どうすればいい?
夜叉に反応するスキを与えずに面を斬るには……。
やはり、あれしかないか?)
考えに気をとられていたカイは夜叉の接近を容易に許した。
「……!?」
反応が遅れたカイは、それでも体を捻らし回避しようとするが、夜叉の剣はカイの足を斬った。
だがカイは体勢を崩しながらも、剣を振るった。
その斬撃によって夜叉の面は少し欠けた。
瞬間、カイの頭に声が響く。
(斬って、カイ。
私はいいから斬って!!)
カイは驚き目を見開いた。
「ふふふ、命綱の足を断たれたな。
さぁ、どうする?」
嘲笑うかのような言い方だ。
カイはそれを無視し、目を閉じた。
「ついに諦めたか」
夜叉は剣を構えた。
するとカイは呟く。
「雷煌……!」
カイが消えるのと夜叉の面が割れるのはほぼ同時だった。
夜叉はのけぞり倒れた。
真っ二つに割れた面はカラカラとむなしげな音をたて、落ちる。
カイは夜叉の立っていた後ろに再び姿を見せ、倒れた。
そして面が割れるとその体は光に包まれた。
その後には金髪の可憐な顔付きの女性がいた。
そして割れた面がどこからか声を発した。
今までのような透き通るような声でなくしゃがれた男の声だ。
「まさか……俺が割られるとはな……まぁいい。
覚えておけ……俺は必ずまたお前のもとに現れる」
それだけ言い残した面は光の粒子となり消えた。
「なんとか……やれたか。
……くっ」
カイは意識を手放した。
************
そこは丘の上に建った大きな城だった。
大きな城に似つかわしい大きな庭で3つの影が見えた。
2つは剣を交わし、1つはそれを眺めている。
「カイよ……そろそろ終わりにしようか」
たっぷりと蓄えたヒゲと深い色をした瞳が印象的な壮年の男がしゃべった。
対峙した少年はそれにこたえる。
まだあどけなさが残るが、強い意志をこめた瞳と整った顔立ちだ。
「父上はやはり強いですね。
そろそろ僕にもコツを教えて下さい」
「焦るな、カイよ。
たゆまぬ訓練と上達する心……それに女性を大切にする気持ちが大切だ。
ミオナ嬢も退屈しているではないか」
いきなり話をふられたもう1つの影、ミオナは少し焦りながらも冷静にかえした。
「だ、大丈夫ですよ。
見ていても退屈はしません」
(父上の前では猫かぶんだな、ミオナは)
瞬間、ミオナからカイだけに向けて殺気が放たれた。
汗をどばぁと流し、固まるカイ。
「いずれにせよ今日は終わりだ、カイ。」
そんな2人を苦笑しつつ見ながらもカイの父上はその場を離れた。
笑顔でそれを見送る2人だがその姿が消えた瞬間、一方の顔の笑みが消えた。
もちろん、ミオナである。
カイに歩み寄り胸ぐらを掴む。
「誰が猫かぶってるですってぇ〜!?」
「な、なんで心の声が聞こえんだよ」
息も絶え絶えにいうカイ。
「あんたは顔に出るから分かりやすいのよ!」
さらに強まる力。
「す、すいませんでした!」
「ふん、まぁいいわ」
力を抜き、カイを離す。
カイは地に手をつき咳き込んだ。
「それより行くわよ」
「どこに?」
ミオナは上目使いに言うカイに一瞬ドキッとしながらも、強気に言う。
「あの部屋よ」
「あの部屋……?」
「秘密の部屋よ」
城には、遊びに来たミオナはおろか住人のカイですら入れない部屋がある。
2人はそこを秘密の部屋と称し、入ろうと努力している。
「でも、鍵閉まってるぞ?」
するとミオナは得意げに微笑み、鍵束を見せた。
カイは目を見開く。
「どこでそれを?」
ミオナは真顔で一言だけ言った。
「くすねた」
カイは汗を一筋ながした。
「……というわけで行くわよ」
「あっ、待てよミオナ」
城に入り、部屋に行き着いた2人。
鍵を開け、部屋に入ろうとしたがいきなりミオナの動きが止まる。
カイは不思議そうにミオナを見た。
「私はいいわ……。
さすがに他人の家の秘密の部屋に入るのは気がひけるから」
カイはわざわざ自分のためだけに鍵をくすねたミオナに感動を覚えた。
「ありがとう、ミオナ」
するとミオナの頬に少し赤みがさした。
「う、うるさいわね。
ただ私は部屋を開けたかっただけよ」
そう言ってミオナはそっぽを向いた。
(ツンデレ……)
カイがそう思った瞬間、ミオナからまた殺気が湧き、胸ぐらをつかまれた。
「何がツンデレよ……!?」
「だから……なんで心の声が……」
「あんた分かりやすいのよ!」
カイは納得できない、と呟く。
しかし今度は意外にも早く、解放された。
「早く行きなさい。
いつ人が来るかわからないから」
カイは頷いて部屋の中に入った。
部屋には窓がないため暗く、カイは仕方なしに灯りをつけた。
すると部屋の中があらわになる。
部屋の中は殺風景だった。
真ん中に大がかりな机が1つあるだけで他には何もない。
「……?」
カイは不審に思うが、すぐに目は机の上に向かった。
黒い皮の本が1冊置いてあるのである。
カイはそれを手にとり開いた。
1ページ目から剣技のことが事細かに書かれている。
内容はそれほど難しくなく、カイはひたすら没頭した。
「ねぇ、何があったの?」
言葉では気にしてないと言ったが、やはり興味はあるようだ。
「ミオナ、来てみ。
面白いことが書いてあるよ」
ミオナも誘惑に負け部屋に入り、カイの手元の本に集中した。
「ここに書いてあること、実際にやったら無敵になれるよ」
カイは若干興奮気味だ。
ミオナはついていけない、といった顔をして出ようとした。
ミオナは振り向いた途端に凍りつき、恐怖の表情が浮かんだ。
カイもミオナが固まった理由を探すために振り向く。
カイの表情も凍りついた。
そこには鬼も泣いて逃げ出すかのような顔をしたカイの父がいた。
「面白い、遊びをしているではないか。
ぜひ私も混ぜてほしいものだな……」
「ち、ちち父上。
これは……その」
ここでカイの父ははぁ、と溜め息をついた。
「まぁ、見てしまったものは仕方がない。
いずれにせよお前が成人したら見せるつもりだったからな。
カイよ、それが何かわかるか?」
「剣術の奥義書ですか?」
「違う!」
いきなりの大声にカイとミオナはビクッとした。
「それは、剣術の禁忌を示した書だ。
何かを代償にしなければそれにある技は使えん。
特にそのお前の見ているページの奥義は……」
カイはちらっと自分の開いているページを見た。
そこには“雷煌”と記され、技の出し方が載せられている。
「それは最大の禁忌だ。
1度でもそれをしようものなら、術者は確実に“退魔の力”を失うことになる」
カイはごくり、と生唾を飲み込んだ。
「触れない方がよいものもあるということだ。
……さて、禁を破ったのは事実だ」
「…………」
その迫力にカイは沈黙してしまう。
「わ、私そろそろ帰りますね」
ミオナは言うだけ言って脱兎のごとく逃げ出した。
「…………」
……余談だが、カイはその夜久しぶりに生まれてきたことを後悔した。
************
「ん……」
カイは目を覚ました。
(退魔の力が感じられないな……。
父はやはり本当のことを……)
カイ目を洞窟の中心へ向けた。
あまり気絶していなかったのだろうか、竜神こと龍と夜叉の放った化け物とはまだにらみ合っていた。
化け物は触手をユラユラさせながら隙を伺っている。
先に仕掛けたのは化け物だった。
触手を伸ばし、鞭のように龍に襲いかかった。
龍は髭を伸ばし、それに対抗した。
化け物は次にその鋭い爪を伸ばし、直接襲いかかってきた。
だが龍はそれを予想していたかのように体をくねらし回避した。
そのまま体を相手に巻きつけ締めつけた。
化け物は苦しそうな声を出す。
龍がカッと目を見開くと同時に化け物の体は3つに裂けた。
ぼとぼと、と体だったものが地面に落ちる。
『ふん、他愛もない。
…………!?』
3つに裂けた体が毒々しい色の泡に包まれた。
泡から新たな体が生えてくる。
結果、3つに分裂したのだ。
「なんだ?
あれは……」
「ん……」
カイが驚いていると後ろで呻き声がした。
むくりと夜叉だったもの、ミオナが起き上がった。
カイは駆け寄り状況も忘れ歓喜する。
「ミオナ!!
無事か!?」
ミオナは最初呆けていたが、徐々に目を開いた。
「カイ……!?」
大きな目が見開き、透き通った声が洞窟内に響いた。
カイは思わず抱きしめる。
「ミオナ!!」
ミオナはきょとんとしている。
「カイ、どうしたの?」
夜叉の記憶がないことが伺える。
「いや、あぁ。
そういうば龍は!?」
龍の方を向くと龍は苦戦をしいられていた。
次々と襲いくる触手に防戦一方のようだ。
その龍の足下(?)には未だ目を覚まさない紅連がいる。
「紅連……大丈夫なのか?」
すると紅連の体が赤光に包まれた。
龍に対峙していた化け物は一斉に触手を放つ。
だが放たれた触手は龍に当たる前に赤光によって遮られ、焼かれた。
「紅連……?」
『龍火草に打ち勝ったか……?』
触手を焼かれた化け物達は低く唸り、互いの体を寄せ合った。
毒々しい色の泡が再び3体を包む。
泡がなくなると、化け物はいままでより2回りほどデカくなっていた。
体は鋼鉄に覆われ、1つしかない目がせわしく動き、肩から触手をたゆらせている。
化け物はそのがっちりした体を動かし、今までより太くなった触手を紅連にぶつけた。
紅連は焦ることなく手を払う。
すると触手は焼き切れた。
「…………」
紅連は空中を歩くかのように、1歩1歩化け物に近付く。
化け物は何度となく触手を再生させ攻撃させたが、全て紅連に焼かれた。
そして化け物の目の前まできた紅連は手をかざし呟いた。
「炎勅……!」
紅連の手から龍の形状の炎が2つ出た。
それは雄叫びをあげながら化け物に向かっていく。
振り払おうとした触手はことごとく焼かれた。
そして2体の龍が化け物の場所を通り過ぎた時、化け物の上半身はなくなっていた。
腰の部分が軽く焦げている。
そして残った部分は激しい音をたて、前のめりに崩れた。
紅連を纏っていた赤光が徐々に消えていった。
「紅連!」
カイとミオナが駆け寄った。
虚ろな目をしていた紅連だがすぐに光が灯り、
「カイ?
ミオナも……カイ、やったんだな」
紅連はそう言って力なく笑う。
「紅連……体に異変は?」
「ねぇよ。
むしろ力が溢れてくるぐらいだ」
カイが手を貸し、紅連は立ち上がった。
多少ふらついた紅連をカイとミオナが支える。
『龍火草によって急に上がった自分の力がまだ慣れていないのであろう。
直にその症状は治る』
龍の言葉に紅連は己の手を閉じたり開いたりして確認した。
「紅連、明葉ちゃんとヒオリが待ってる。
早く行こう」
「ああ、そうだな。
おい、竜神様!
俺達はもう行くからなぁ!」
紅連は龍に手を振り地上に向かった。
カイとミオナもそれに続く。
そして残された龍は物思いにふけった。
(あの人間……。
いくら龍火草とはいえあそこまで急激に“符力”が上がるとは……。
奴の中の“何か”が龍火草に呼応したのかもしれんな)
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『え〜、続いてのニュースは、今人気急上昇中のアイドル、まゆみさんのコンサートを見に来た男性2人が……』
尊が縫島と会い家に来てから、沈黙を埋めるのはニュースの声だけであった。
人気アイドルのコンサートで事故があったことを淡々と話している。
尊はあまりの気まずさにオロオロしていた。
「尊さん」
「はい!?」
不意にかけられた声に裏返った返事をしてしまう尊。
「……気まずいですから何か喋りましょう。
まだお父さんが帰ってくるまで時間もあることですし」
縫島はにっこり笑って言った。
思わずドキッとなる尊。
「は、はい!
え〜とですね……」
この後尊の父が帰ってくるまで話は続いた。
************
「じゃあ明葉ちゃん、また来るね」
洞窟の騒動のあと、出口で眠っていた明葉とヒオリを起こし、今に至る。
「はい、お元気で」
明葉はにっこりと微笑み言った。
「ああ、竜神様も復活したから雨も降り出すと思うよ」
「ありがとうございます。
気休めでも嬉しいです」
こんどは弱々しく微笑んだ。
「気休めじゃないんだけどな……。
じゃあ元気で!」
紅連が言うと、カイ、ミオナ、ヒオリもそれに続いた。
明葉もそれに応えた。
************
「久しぶりに光の巫女にあったが、元気に育っているじゃないか」
尊の家で縫島……ぬえが喋る。
相手は尊の父だ。
尊は父が帰ってくるとお役御免とばかりに自分の部屋へ引っ込んだ。
柔和な顔付きをした尊の父がそれに応える。
「ええ、私達の子供ですからね。
それより、本当ですか?
“過去からの救世主”が尊といるというのは」
「ああ、本当だ。
今は中国に行っているはずだが。
だが今はそっとしておいてくれ。
まだ奴にはバレていないからな……」
「……わかりました」
その時ぬえの携帯が鳴った。
「私だ。
……何?
そうか、それで夜叉の反応は?
……なるほど、わかった」
ぬえは携帯をしまい、盛大に溜め息をついた。
「どうしたのです?」
「いや、私の留守中に夜叉が何故か岐阜区に行ってな。
そこに紅連達の反応があったらしいのだが……。
ともかく、夜叉の反応が消えたらしい。
おそらくは紅連……いや、エスピニスが倒したのであろう」
「その割には困ったようには見えませんね。
むしろ嬉しそうだ」
ぬえは曖昧に返す。
だが内心ではこの目の前の男の観察力に舌を巻いていた。
(紅連よ……早く強くなれ。
夜叉が消えた以上、そう長くは隠し通せぬぞ)
ぬえは物思いにふけった。
だがそれも数瞬で、すぐに立ち上がった。
「ではこれで失礼するよ。
いきなり押しかけてすまなかったな」
ぬえはそう言い、扉に手をかけた。
「またいつでも来てくださいね」
階段の上から尊の声がした。
ぬえは笑い返し扉を閉めた。