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第2話

 深夜、宇治区の郊外にある小さな公園。

 閑散とした雰囲気に包まれ、遠くからは暴走族と思われるバイクの音が聞こえる。

 公園の端に設置されたすべり台やシーソーは丁寧に整備されていることがわかる。

 そんな公園の静寂を破るような布を裂く音が響いた。

 若干だが大気もふるえる。

 公園の真ん中に空間を裂くかのような、否、空間が裂かれ切れ目ができた。

 切れ目からドサッと倒れてくる1つの影。

 影を吐き出した切れ目は再びその独特の音をとどろかせ、閉じた。

 そして公園は再び静寂に満ちた。


************


 京都精霊隊本部



 1つの影が漆黒の扉を叩き、中へと入った。

 窓から入る光で姿が露わになる。

 白い着物を着ていて、体型から女性だということがわかった。

 手には何枚かの紙束を抱えている。

 だが特徴的なのは顔にかぶった鬼の面だ。

 まるで今にも面単体で動きだしそうな雰囲気だ。

 その鬼の面は透き通るような声を発した。


「“ぬえ”様。

 時空に乱れが生じた所に送った小鬼の消滅が昨日確認されました」


 部屋は殺風景というよりなにもなく、最奥に大掛かりな机とイスだけがある。

 それに座っている人物は逆行でその顔が確認できない。


「そうか。

 ならば、今度は中級を一体送っておけ」


 影の声は低く、男だとわかった。

 なにもかもを見通すような声だ。


「わかりました。

 後はもう一件、また昨夜、時空に乱れが生じました」


「おそらくは……エスピニスだな」


 鬼の面は少し身をふるわしたが、冷静に言った。


「……おそらくは……そうでしょう」


「ふむ。

 そちらはしばらく泳がせておけ。

 2人は合流することになるだろう」


 だが鬼の面は釈然としない様子で反論した。


「恐れながら、彼らは我らの脅威となりえます。

 個別に排除した方がよろしいのでは?」


「落ち着け、“夜叉”。

 お前はエスピニスに執着しすぎだ。

 今は私の命令に従え」


 そう言われた鬼の面、夜叉はなおも食い下がろうとしたが思いとどまる。

 そして一礼して部屋を出た。

 残ったぬえは天井を仰ぎ、呟く。


「ついに紅連達が来たか。

 “あの方”が感づき行動をおこす前に先手をうたなくてはな……」


 イスに座っていた影はもう消えていた……


************


 精霊学園は大きく分けて2つのコースがある。

 具体的に言うと精霊を扱うコースと、供給されたエネルギーで動かされる機械について勉強するコースだ。

 尊は精霊コースを選択しており、主に各種精霊学と、英語、歴史を勉強している。

 そして今は炎種の精霊学を学んでいる。

 精霊学は基本、実技であり、少しの予備知識を学んだ後は様々な精霊との触れ合いにより、扱いを学ぶ。

 相変わらず尊にのみ姿の見える紅連は学校についてきて、授業を真剣に聞いていた。

 そして何故か紅連は炎の精霊にイヤというほど懐かれている。

 いかにも先生といったメガネにスーツの教師はそれを勘違いし、


「皆さん、ご覧ください。

 高神さんは素晴らしいですよ!

 あんなに精霊に懐かれて……」


 尊は皆の尊敬の目に対し曖昧に笑みで返すだけだった。


「めずらしいじゃん。

 尊が誉められるなんて……。

 あんたどんな仕掛けしたの?」


 授業が終わり、真っ先に美奈が話しかけてきた。


「な、なんにもしてないよ?

 たまたまだよ。

 たまたま」


 だが美奈はまだ納得としていないようだ。

 ジト目で続ける。


「あんたいつも寝てるから全然目立たないのになんかいきなりすぎない?

 怪しい……」


 尊は返答に困ったため愛想笑いをうかべて、


「ご、ごめん。

 ちょっとトイレ」


 それだけ言うと尊は脱兎のごとく教室を飛び出した。

 一気に階段を駆け上がり屋上につく。

 膝に手をつき息を整えながら紅連の方を向く。


「なんであんたはあんなに炎の精霊に好かれんの?」

 紅連も首をひねった。

 同じく階段を駆け上ってきたのに息1つきらしてない。


「多分……俺が炎体質だからじゃないかな?」


 聞き覚えのない言葉に興味を抱く尊。


「何?

 炎体質って」


「え〜と……俺はあんまうまく説明出来ないけど、小鬼を倒した時みたいに炎を操れるんだ、俺」


 紅連はポリポリと頬をかきながら言った。

 そして最後に、カイがいればなぁ、と呟き足す。


「誰? カイって」


 その呟きを聞き漏らさなかった尊は聞いた。


「ん〜、俺のパートナーかな?

 いつも2人組で退魔士の依頼をこなしていたんだ。

 まぁカイは退魔剣士だったんだけど」


 尊は納得し、あいまいな呟きをもらす。


 すると聞こえる学校に響くチャイム。


「あ、予鈴だ。

 教室戻らなきゃ。

 行くよ、紅連」


 尊は紅連を伴い屋上を後にした。


************


 宇治区郊外



 深夜から次の午後までかけて倒れていた影がむくりと起き上がった。

 周囲に人の気配はない。

 実は倒れているのを見た保護者達が近付かないようにしているのだが本人は知るよしがなかった。


「俺……は?

夜叉と戦っていて……どうなったんだ?」


 影は優しげな男性の声を出した。

 まだうつむいているため、確認できるのは金髪だということだけだ。

 その時、彼の胸元で何かが光った。


「妖気……!

 西か……」


 それだけ呟くと影はその場から消えた。


************


 学校が終わり、特にすることのない尊と紅連は家路についていた。

 尊が前を歩き紅連は辺りにあるもの全てに興味を抱きながら後ろからついてくる。


「すげぇ。

 動く鉄の塊だぁ」


 車に感嘆している紅連に尊は呆れたように、


「ちょっと、ありきたりなこと言わないでよ……」


「ありきたり?

 ……尊」


 突如調子を変える紅連の声。

 尊は前の一件を思い出し、


「人気のない場所に行けばいいの?」


「あぁ。

 頼む」


 尊はそのまま向きを変え、歩き出した。

 公園はこの時間、子連れが多いため避けて、着いたのは学校の裏にある池だ。

 そこも普段なら活動しているクラブがあるのだが、今はほとんどのクラブが大会前なので、郊外の施設に出ている。

 池はそこまで大きくないが、その周りを木が囲んでいて、まるで外界から切り離されたようだった。


「早く出てこいよ。

 今度は期待を裏切んなよ」


 紅連が言うと同時にガサガサと木をかき分け、それが姿を現した。

 体長はゆうに2メートルを越えていて、その頭には角が2本ついている。

 目は1つしかなく、ギョロギョロとせわしなく動いていた。

 赤褐色の肌は筋肉が盛り上がっており、小鬼と同じように棍棒を持っている。


「今度は一つ鬼か……。

 このやり方、おそらくぬえだな」


 その化け物、一つ鬼は一声雄叫びをあげると大地を揺るがしながら迫ってきた。


「鬼火」


 紅連が呟くと青白い火の玉が一つ鬼を囲った。

 一つ鬼は前進を止めて棍棒を振り回し、火の玉を落とそうとする。

 だが火の玉は意思を持つかのように棍棒をかわし、次々に襲いかかった。

 休むことない連続攻撃が一つ鬼に入る。

 断末魔の悲鳴をあげ、ついにその巨体は崩れ落ちた。


「ふぅ。

 結局まだ中級か……」


 紅連はため息をつき言った。

 その時続いて木をガサガサとかき分けて、影が乱入してきた。

 紅連はすぐに身構えるが、影の正体を見て構えをとき、口をぽかんと開けた。


「カ、カイ?」


 カイと呼ばれた影はこちらを向く。

 透き通るような白い肌。

 金髪を腰あたりまで伸ばし、根本を結んでいる。

 顔はよっぽど特異な趣味をもつ女性意外はほぼストライクといった顔だ。

 優しげな目。

 筋の通った鼻に、セクシーな口元。

 紅連と同じく、薄黄色のマントを羽織っていて、首には六角水晶のネックレスがかけられている。


「紅連……!

 よかった。

 1人でどうしようか途方に暮れていたんだ」


 声まで優しげである。


「あえてよかった。

 やっぱりカイもこの時代に来ていたんだな」


「ああ……そのようだね。

 詳しくはわからないけどどうやら未来に飛ばされたようだね。

 信じられないけど……そちらの子は?」


 ひたすらカイに見とれていた尊はいきなり話をふられ焦る。


「えっと……み、尊です。

  紅連の居候先の主です」


 カチンコチンになってしゃべる尊。


「へぇ、居候かぁ。

 ……俺もいいかな?

 迷惑かけないし」


「は、はい!

 フカフカのベッドを用意させてもらいます」


 緊張で声はふるえていたが、はっきりと答えた。


「尊、俺ん時は外に出ろって……」


 紅連はカイへの態度にむくれて言った。

 尊は紅連をキッと睨み、


「うるさい!」


 切り捨てた。


「ちくしょう。

 なんだこの差は」


 紅連は拗ねて地面にのの字を書いている。

 そんな紅連と尊を見てカイは少し汗を垂らしながらも、


「とりあえず場所を変えようか。

 いつまでもここにいたってしょうがないし」


 池に着いた時はまだ夕日が出ていたが今はすっかり暗くなっていた。


「はい。

 ほら紅連、行くよ」


 尊は

「どうせ俺なんて」と言いながら拗ねていた紅連のマントを引っ張って歩き出した。


************


 尊の家に着き夕食を終え、いつものように部屋の中央に小さな机を置き、3人は座った。

 ちなみに夕食はいくらなんでも3人分は怪しく思われるため、2人分を3人で分けた。


「いや〜、すっかり忘れてたよ。

 腕章の裏にある携帯食料」


 金の装飾が施された腕章の裏には豆粒大の玉が入っていて、それ一つで腹8分くらいになる優れものだ。

 紅連はその存在をすっかり忘れていたことが今の台詞からうかがえる。


「あんたが忘れてなきゃ私は卵かけご飯なんて食べなくてよかったんじゃないの」


 紅連の頭を軽くはたく尊。


「ごめんごめん。

 ところで何の話だっけ?」

 尊が話を聞きたいと言ってここに集まっていた。

尊はまず、2人の年齢を聞いた。

 結果としては3人が同じ年だということが判明する。


「昼間言ってた炎体質とかの話。

 カイがいれば分かるって言ってたじゃない」


「ああ、そんなことも言ってたな。

 カイ、説明してやってくんね?」


 紅連はカイを見て言った。

 カイは頷いて、


「まずは体質から説明するね。

 人はそれぞれ体質があって、炎、水、雷、土、風の5つの体質の中から1つを生まれながらにして持っているんだ。

 その中でも体内に特殊な力……体質と体外に出す力の媒介を持つ限られた人が退魔士になる。

 体外に出す力はいくら才能があってもその力は微々たるもので、退魔士は大抵手に呪符を埋め込んでいるんだけどね。

 紅連」


 カイがそう言うと紅連は手の平を尊の前にかざした。

よく見るとうっすらと手のひらに札のようなものが見える。


「この呪符が力が体外にでる瞬間に力を何十倍にもするんだ。

 で、紅連は炎体質ってわけ。

 ちなみに俺は雷体質の退魔剣士」


 そう言ってカイは腰にあった剣を顔の高さまで持ち上げた。

 尊は今までカイの顔に気を取られ、剣の存在など気にしていなかった。


「これにも呪符が埋め込まれてある……」


 尊は目を細め、剣を見た。


「退魔剣士の場合はこの剣に力を溜めて相手に斬りつけることで普通の剣撃の何倍も効果を上げることが出来るようになるんだ、わかった?」


 尊は頷き、


「わかった」


「よかった。

 ……紅連」


 カイはニコリと微笑み紅連を見やる。


「どうやってこの時代に飛ばされたのかわからないけど、帰る方法はまだわからないのかい?」


 紅連は不思議そうに聞き返した。


「何故帰らなきゃならない?」


 今度はカイが目を丸くさせた。


「何言ってるんだ?

 早く帰らないとまた都にも被害が及ぶ可能性が……」


「別にいいじゃねえか。

 こっちにもぬえはいるみたいだし、それに……」


 紅連はカイから目を背けた。


「まさか節姫のことを……」


 紅連は再びカイに目を合わす。

 尊は紅連の目に一瞬悲しみが浮かんだのを見た。


「いいんだ。

 あいつは俺がいない方が幸せになれる。

 こんなうだつのあがらない退魔士なんかより、どっかの貴族と一緒になった方がいいんだ」


 その一言一言に悲しみが見え隠れしている。

 紅連はそれだけ言うと尊におやすみと言い、窓から屋根に出ていった。


「節姫って……」


 尊はカイを見ながら呟く。


「こればかりは俺からは言えない。

 本人が直接言うしかないんだ。

 ……じゃあおやすみ、尊」


 カイは紅連に続いて窓から出ていった。


「なんか複雑そうね。

 はぁ」


 1人になった尊は誰に言うともなしに呟いた。


************


「節……」


 紅連は屋根に寝そべり、満天の星を見上げ、呟いた。

 カイは屋根に上がるなり、何も言わずに少し距離を空け、寝転んでいた。

 彼なりの優しさを感じながらも紅連の胸中は葛藤で満ちていた。

 その内容は誰にもわからない……。


「俺は……どうしたらいいんだ?」


************


「ほら、行くよ!

 紅連、カイ」


 朝、全ての支度を終えた尊は家を出て2人を呼んだ。

 昨夜のことは触れないということで、一同暗黙の了解を得たようだ。


「おはよう、尊」


 いつものように屋根から飛び下りてくる。


「さて、行きますか!」


「尊〜!」


 3件先の家から美奈が飛び出して来た。

  美奈はサッカー部のマネージャーをしているため、たまに朝練などで早いことがあるが、大抵は尊と登校している。

 ちなみに3才から家族ぐるみで仲が良い。


「おはよう、美奈」


「ふぅ。

 行こうか尊」


 2人再び歩き出した。

 商店街を過ぎ、もうすぐ学校というところで紅連の歩みがピタリと止まった。

 尊は声を出さずに怪訝な顔をして紅連を見た。


「カイ……」


 紅連は尊の方を見向きもせず、カイを呼ぶ。


「ああ、この妖気……」


 2人はそれだけ言うとすごい勢いで走り出した。

 驚いたのは尊だ。


「え?

ち、ちょっと?」


 尊も走り出す。


「尊!?

 どこ行くの〜?」


「ごめん!

 忘れ物!」


 急に走り出した尊を呼び止めた美奈に対して、尊は即興のウソをついた。

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