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第1話

 ひとしきり悲鳴をあげた後、事情を聞いてきた母をどうにかごまかす。

 そして小さな机を部屋の中央に置いて向き合う。

 男はというと、最初の悲鳴に面食らって呆然としていたが向き合った今は落ち着いてこちらを見ている。

 赤色の髪を短めに切り、襟足が少し長い。

 顔は中性的だが女らしいとかなよなよした印象はなく、その紅い瞳からは強い意志が感じられる。


「で、あんたは何者なのよ?」


 刑事よろしく机を強く叩き、ズイと顔を近づけ聴く。

 男は落ち着き、男性にしては少し高めの、だが声変わりしたことが分かる声で答える。


「え〜と、俺は紅連。

 退魔士だ。

 お前こそ誰だ?

 そしてここは……?」


 えらそうに返してくる青年、紅連に若干イラついた尊だが冷静に応じた。


「私は尊。

 そしてここは私の部屋よ」


 その答えにまた紅連は首を傾げた。


「おかしい。

 俺は“ぬえ”と戦っていたはず……」


 言葉の中に出てきた“ぬえ”という単語と戦うという動詞に対して尊は違和感を覚えた。


(実は精神異常者ってオチじゃないわよね?)


 男の身なりについても異常だと思える箇所がいくつかあった。

 ズタズタになったシャツやズボンに対し、特徴的な紅いマントは傷1つついていないのだ。

 マントより気になったのは何故こんなにズタズタになっているのか? である。


「ただの泥棒ってわけでもなさそうね……

 紅連、あんたはどこから来たの?」


 こう聴いた時点で尊はある1つの予想をしていた。

 自分でも信じられない予想だが……


「俺は自分でも信じられないのだが……おそらく違う時代から来たのだと思う。 俺のいた時代は承和や天安と呼んでいたが……」


 尊は本棚の本の1つ『歴史を知ろう!』を取り出し、パラパラとめくる。

 あるページで尊のめくる手はピタッと止まった。

 顔には驚愕の表情が浮かんでいる。


「ウソ……でしょ? それって平安時代の元号じゃない」


 尊の予想、“目の前の男は別の時代から来た”というありえない予想は当たった。

 尊はまず必死に事態を受け止めた。


「オーケー。

 あんたが過去から来たってのは認める。

 泥棒じゃないってことも」


 それを聞いてきょとんとしていた紅連は頷いた。


「わかってもらえてよかった」


「で、あんたどうするつもり?

 当然帰る場所はない。

 身寄りもない」


 紅連は少し考え、思いついたように顔を輝かせた。


「ここに住ましてくれ」


 ある程度その提案を予想していた尊だが、やはりめまいを覚えた。


「あんたねぇ。

 仮にも年頃の男女が1つ屋根の下……ううん、同じ部屋で住めると思ってるの?」


 さすがに得体の知れない男を部屋に置くほど尊はお人好しではない。


「なら、寝るときは屋根にでも行くから。

 お願いだ」


 姿勢を直し、丁寧に頭を下げる紅連。 尊は1つ疑問を覚えた。


「あんたなんでそんなに適応早いの?

 私でもまだ戸惑っているのに……」


「俺は退魔士だから、あらゆる状況にすぐ対応できるように訓練されているんだ」


 紅連の言葉を聞き、また新たな疑問がわく。


「さっきも出てきけどたその退魔士って何?」


 紅連は眉をひそめた。


「退魔士を知らないのか……?」


 まるで知っているのが当然といった感じだ。


「知らないわよ」


 無知に思われたことにへそを曲げ、ぶっきらぼうに答える。


「退魔士とは世にはびこる妖怪を倒す者達のことだ」


 今度は尊が眉をひそめる。


「退魔士なんて今の世の中いないわよ? まして妖怪なんて……」


 紅連は目を見開く。


「なんだって?

じゃあ……いや、なんでもない。

 そうなのか。

 道理で妖気を感じなかったわけだ」


 紅連はしきりに頷き1人納得する。


「そういうこと。

 さて、長々と話したわね。

 聞きたいことはまだあるけどとりあえず夕飯の後ね」


 気づけば窓から見える外の景色はすっかり日が落ち、暗闇が支配している。

「絶対に物音をたてたらダメだからね」


 心配を消して下に降りようとドアノブに手をかけた時、地鳴りのような音が尊の後ろから聞こえた。


「ぐ〜れ〜ん〜?」


 早速約束を破った紅連を睨む尊。


「わ、悪い。

 腹が……昨日から何も食べてないんだ」


 申し訳なさそうに言う。

 尊はため息をつき、


「わかった。

 食べ物持ってきてあげるからおとなしくしてて」


 尊はドアを開け下に降りた。


************


 尊は自分の部屋で卵を割り、熱々のご飯にかけ、醤油をたらす。

 俗に言う卵かけご飯を作りながらむすっとふくれていた。


「最悪。

 まさか私の分まで食べちゃうなんて」


 母親に隠れ2人分の食事を持ってきた尊だったが、部屋に入り机に置いた瞬間、皿という皿から料理が消えていた。

 もちろん紅連が食べたからである。

 尊の分まで……

 だから仕方なく尊はこうして卵かけご飯をシャバシャバと掻き込んでいるのだ。


「あの……その……悪かったって。

 あまりにも腹が減ってたからつい」


 尊は必死に弁明する紅連を目の端で捉えながら卵かけご飯を完食した。


「もういいよ。

 特にお腹空いてたわけでもないし……

 今日は私の好きな唐揚げだったのになぁ」


 言葉とは裏腹にまだ紅連を許していないようである。

 痛烈な皮肉が紅連の心に確実に突き刺さる。


「ごめんなさい……」


 まるで悪戯をしてバレた子供のように上目遣いでチラチラとこちらを見る。

 その態度が尊の母性本能をくすぐったのだろうか?

 優しく言った。


「本当に怒ってないわよ?

 ただ私の夕食がなくなっただけなんだから」


 ……どうやらまだ機嫌は治っていないらしい。

 紅連は小さくなるばかり。

 さすがに見かねたのか尊も許す。


「ごめんごめん。

 今度こそ怒ってないから。

 ほら、さっきの続き、平安時代ってどんなだったの?」


 紅連は恐る恐る顔をあげ、尊の顔に怒りがないと判断して安堵のため息をもらす。

 そして言った。


「平安時代は妖怪が普通に出る危ない時代だったんだ。

 日が落ちたら家にこもらないと死ぬってくらいに。

 でもそんな中で1人の人間が特異な才能を持つ人間達を集め組織を作ったんだ。

 それが退魔士の始まり」


「それで?」


 頷きながら先を促す尊。


「それで都内は一応安定したんだけど、妖怪は次から次に襲いかかってくる。

 後手にまわってばかりいられないと判断した俺達は妖怪の親玉を倒すことに専念した。

 その妖怪が“ぬえ”ってわけ。

 で、妖怪を各地で追い詰めて俺も“ぬえ”を追い詰めた。 それからの記憶はあまりなくて、“ぬえ”の攻撃を受けたと思ったらここにいたんだ」


 事の全容を聞き終えた尊は腕を組みしばらく考えた。


「つまり、その親玉と戦っているうちに未来に飛ばされたってわけね。

 理由も分からない、と」


「面目ない」


 再びしょげる紅連。

 だが尊は大して悩む様子もなく言う。


「まぁなんとかなるでしょ!

 今は分からないかもしれないけどその内精霊隊の人らも気づくだろうし。

 あそこ、たしか時空について研究してる最中らしいから」


 しょげていた紅連は精霊隊という言葉に反応した。


「何?

 精霊隊って」


「ああ、う〜ん……紅連達でいう退魔士みたいなもんよ。

 取り締まるのは人間や精霊だけどね」


 紅連はまだ納得しない様子で、


「精霊……?」


「精霊っていうのはこれ。

 出てきて、スパク」


 尊が声をかけたコンセントから黄色い小人が出てきた。


「なんだそれ?」


 小人を指差し言う。


「これが精霊よ。

 この子はスパク。

 雷の低級精霊で、このコンセントの電気を供給してくれてるの」


 指差された雷の精霊、スパクは己の存在を誇示するかのようにバチバチと体から電気を発する。


「おぉ、すげぇ」


「他にも色々いるから。

 もし興味があるなら本棚に『精霊図鑑』があるから暇な時にでも呼んでみたら?

 ありがとうスパク、もう戻っていいよ」


 スパクは再びコンセントの中に入った。 戻るのを確認した尊は紅連に言った。


「わかった?

 あれが精霊。

 で、なんだっけ?」


 本題から大きく脱線したため尊は会話の内容を忘れたようだ。


「え〜と、精霊隊がなんたらかんたらって……」


 紅連はすかさずフォローをする。


「あ、そっか。

 だからまぁ、今は時間が過ぎるのを待つだけだね」


「わかった」


手を軽く挙げ答える紅連。


「もうこんな時間か……。

 明日も学校だから早く寝よっと。

 紅連!」


 もう11時をまわったことに気づいた尊は紅連を呼ぶ。


「あとはお風呂に入って寝るから、さ、外に出た出た」


 追いやるように窓を開けて紅連を出す。


「え、本当に外で寝なきゃダメなのか?」


 季節は春といえど、やはりまだ夜は寒い。


「当たり前でしょ。 とりあえず早く出てよ」


 尊は紅連を外に追い出して鍵をしっかりかけた。

 紅連はまだガラスをドンドン叩いている。


「ちょっと止めてよ。

 お母さんに聞こえるでしょ。

 今日は我慢しておやすみ」


 尊は藍色のカーテンを閉め、風呂場に向かった。

 外のくしゃみの音を無視して……


************


 朝の木漏れ日がカーテンから部屋に入ってくる。

 午前7時、尊は枕元にセットされた目覚まし時計の鳴る前に目を覚まし、スイッチを押す。

 自然に起きたので最高の目覚めだ。


「うーん、いい朝だぁ!

 きっと今日の運勢はいいはずね」


 むくりと体を起こし、ベッドから降りる。

 一度大きな“のび”をした後、手早く制服に着替えた。

 着替え終わると今度は顔を洗うべく、洗面所へ向かう。

 洗顔も済ませ、階段を降り、玄関の左のガラス張りドアを開けるとリビングだ。

 そしてテーブルに座り、既に用意されていた朝食に手をのばす。

 冷めたトーストにイチゴジャムを塗りパクつく。


「お母さんは……もう行ったみたいね」


 尊の母は精霊隊で事務をしているため、朝が早い。

 父は精霊隊の実務についているため、めったに家にいない。

 つまり朝は尊1人なのだ。

 そうこうしているうちに用意された朝食を食べ終えた尊は通学用の黒のバッグをとり玄関に向かった。

 外に出て鍵を閉め、学校に向かう。


「尊ー!

 どこ行くんだよー!?」


 突如頭から降る声。


「あ、紅連。

 すっかり忘れてたよ。

 今から学校行ってくるから大人しく待っててね」


「えー!

 俺も行くー!」


 紅連はそう言うと2階の屋根から飛び降り、すたっと着地した。

 尊はその身体能力に目を見開く。


「ダメダメ。

 学校って所はそこの生徒しか行けない所だから」


 紅連を諭すように言う尊。


「じゃあ姿消して行くから」


 いきなりの発言に尊は耳を疑った。


「は?」


 すると紅連は怪しげな呪文を発し始める。


「よし、これで大丈夫」


「私には変わった所は無いと思うけど……」


 できた、と言う紅連に異変を感じなかった尊。


「あれ?

 ちゃんと成功したはずだけど……」


 首をかしげる紅連。


「とりあえず大人しく待ってなさい」


 そう言われても納得しない紅連。


「行きたい!」


「ガキか!?

 あんたは。

 とりあえずダメだからね!」


 食い下がる紅連を叱りつける尊。


「尊、何してんの?

 早く学校行こうよ」


 ガミガミと紅連を叱る尊にかかる声。 尊が振り返るとそこには尊より身長が幾分か低い女子がいた。

 尊は女子高生にしては身長が高く、160センチ後半はあるだろう。

 それより低いということは、一般平均の身長だということだ。

 切れ長の目に形のよい鼻。

 漆黒の髪を背中の半ばまで伸ばしている。


「あ、美奈(みな)。 ちょっと訳ありでね。

 こいつに説教してんの」


 尊は紅連をあごで差して言う。

 すると美奈はこれまた形のよい眉をしかめ、


「何言ってんのあんた。

 誰もいないじゃない。

 ほら、寝ぼけてないで早く行くよ」


 尊の手をとり歩を進める美奈。

 唖然と引っ張られるままの尊。


「やっぱり見えてなかったんだ」


 しっかりと後ろについて来た紅連が呟く。


「どうなってんのよ?」


 尊も呟いた。

 引っ張られる手を離し、自分で歩を進める尊。


 商店街を通り過ぎ、大通りに出た時、トコトコついてきた紅連の表情が険しくなる。


「尊、ちょっと人気のない場所に連れて行ってくれ」


 真剣な表情で言う紅連。


「何言って……」


「いいから早く!」


 突然のことに訝しみ、原因を知ろうとした尊だが、紅連はそれすら拒否し、尊をいそがせた。

 尊はまだ腑に落ちない様子だが、


「わかった……。

 美奈ごめん、先行ってて」


「? わかった」


 尊は美奈と別れ、商店街から少し離れた公園に赴いた。

 夕方は子供でいっぱいの公園も今はシンとして静寂を保っている。


「出てこい。

 そんなに妖気を垂れ流したらすぐばれるぞ」


 公園に着き、周りに人がいないのを確認した紅連は大声で叫んだ。

 静寂に紅連の声がこだまする。

 すると並木道に並んだ木の一本から一つの影が飛び出した。


「ヒッ」


 事態が呑み込めず呆然としていた尊はいきなり飛び出た影の姿を確認すると恐怖の悲鳴をもらした。

 小さな体に対し、異様に大きな頭。

 ギョロリとした目、尖った耳に突き出た2本の小さな角。

 そしてゴツゴツと体に不釣り合いな棍棒を持っている。

 だが紅連はそんな異形を見ても臆することなく、逆に鼻で笑う。


「ふん、ただの小鬼か。

 これくらいでわざわざ警戒するんじゃなかった」


 すると小鬼はノコギリのすれるような声を出し、襲いかかってきた。

 紅連は慌てずに手を前にかざす。


「朧火」


 紅連が言葉を発すると同時に手からサッカーボール大の火の玉が放たれた。

 放たれた火の玉はまっすぐに小鬼に当たる。

 当たると同時に火の玉は弾け、後には焦げた地面と小鬼のものだったと思われる服の切れ端のみが残っている。


「な、なんだったの?

 あれ」


 まだショックから立ち直れていないながらも尊は聞く。


「あれは小鬼。

 低級の妖怪だよ。

 この時代にはいないはずだよね?」


 紅連は尊の恐怖をなくすかのように頭に手を置きながら聞いた。


「あんなの初めてみたわよ……」


「やっぱりか。

 反応からして初めて見たってのはわかったけど……」


 紅連は少し考え黙りこむ。

 恐怖から立ち直り今の状況を把握した尊は、少し顔を赤らめ、


「もういいよ。

 ありがとう。

 ほんとに初めて見たよ。

 なんであんなのが出てきたんだろ?」


 尊も考え込む。

 しかしその時かすかにチャイムの音が聞こえてきた。


「え……?」


 尊は携帯を見る。

 今は8時25分。

 登校時間は30分まで。

 ここは商店街から歩いて5分の所にある。

 以上のことから導き出される答えは……


「ち、遅刻するー!!?」


 尊は紅連の手を引き、思いきり走り出した。

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